2013年5月30日木曜日

ヒトに“効く“抗生物質 毒物リシンの話

最近、リシンを使った脅迫が相次いでいますね。

NY市長にリシン封書=銃規制推進で脅迫―警察職員、中毒症状 (時事通信) - Yahoo!ニュース

【ニューヨーク時事】米ニューヨーク市警は29日、ブルームバーグ市長と、市長が関係する銃規制推進団体に宛てた2通の封書から、猛毒リシンが見つかったと発表した。
でも、リシンって名前はたまに聞くけど、どんなのか知らない人も多い物質だと思います。
今回はテロに用いられるリシンについて、ちょっと書いてみたいと思います。



暗殺者御用達

1978年、ロンドンで亡命生活を送っていたブルガリア人のゲオルギー・マルコフがバスを待っていたところ、傘に偽装した仕込み銃で直径1.7mmの小さな弾丸を撃ち込まれ、4日後に死亡する事件が起きました。死後に解剖が行われましたが、弾丸に開いた直径0.4mmの穴はすでにカラで、毒物がなにかを特定することができませんでした。

マルコフが死亡する2週間前、同じくブルガリア人でパリで亡命生活を送っていたウラジミール・コストフは、地下鉄駅で背中に痛みを感じて後ろを振り返ると、傘を持った男が去っていくのを目撃しました。
コストフはマルコフの変死の報を聞くや、直ちに病院で診察を受け、背中から小さな弾丸を摘出しました。摘出された弾丸には体温で溶け出すワックスが塗られていましたが、弾丸の不良でワックスが溶け出さず、弾丸内部の毒物がそのまま残っていました。

そこに残されていた毒物こそ、リシンでした。
この時期、リシンを用いたと見られる暗殺事件が、少なくとも6回は確認されています。

リシンが暗殺に用いられる理由としては、数十マイクログラム(百万分の1グラム)という極めて微量でもヒトへの致死性を持つことと、毒の作用機序が長い間不明だったために、原因特定が困難だったからです。



対ヒト用抗生物質

リシンとは、トウゴマの種子に含まれるタンパク質のことで、強い毒性を持っています。
トウゴマの種子から採った油は、ヒマシ油と呼ばれていて、主に工業用に使われていますが、当然リシン成分が入っているので食用には使われません。もっとも、ヒマシ油のリシン含有量はそれほど多くないので、薬用に下剤として使われたりしています。昔は、ヒマシ油で揚げたテンプラを食べて、下痢を起こしたという例もあるそうです。


トウゴマ(Wikipediaより

さて、先ほどリシンはタンパク質であると書きましたが、通常、タンパク質は経口摂取しても消化器官で分解されてしまいます。実際、タンパク質の一種であるヘビ毒は血に入ると有毒ですが、経口摂取しても分解されて無毒という事が知られています(胃潰瘍や口内炎から毒が入る場合があるので、真似しないように)。

リシンの特殊なところは、エンドサイトーシス(endocytosis)という作用により、消化分解を経ずに体内に吸収されてしまう点にあり、その為に経口摂取でも毒性を維持できます。

細胞内に吸収されたリシンは、細胞内のタンパク質合成を阻害する働きを持ちます。タンパク質は生物の構造を構成する材料で、これの合成を阻害されると生物は生きていけません。

実はこの阻害作用は、人間が細菌性の病気に感染した際に用いる抗生物質と原理は同じものです。
細胞を持つ生物(ウィルスは違う)は細胞内でタンパク質を合成しており、ヒトからカビ、細菌に至る生物はこの点で共通しています。しかし、生物ごとに生体構造は異なるため、人間には無いが細菌に特有の生体構造にだけ阻害作用を持つ物質もあります。これが抗生物質です。

言わば、リシンはヒトに”効く”抗生物質となるでしょう。

抗生物質が実用化に漕ぎ着けたのが、二次大戦中のことですから、リシンの作用機序が長らく不明だった点も頷けます。



テロ利用への危険性

このリシンが近年になって再び注目されているのは、テロに利用される恐れが強いことが挙げられます。
その理由としては、先にも挙げた高い毒性の他に、原料となるトウゴマは世界中で栽培されており、ヒマシ油生産で生じたクズにはリシンが5%も含有されているなど、入手性が極めて容易である点が挙げられます。

冒頭に挙げたニューヨーク市長への脅迫文についても、アメリカでは過去に右派系民兵組織が、リシンを製造・所持していた事例があり、今回も同様にアメリカ国内で生産されたものと見られます。

また、より高度なリシンの使用法として、微粒子にリシンを付着させて広範囲にバラ撒くことで、毒ガスのような使用法も考えられます。こうなってしまうと、防護手段は限られてしまいますが、この手法が高度な技術が必要なため、今のところテロに使われることは無いと思われます、

リシンには特異的な解毒剤が無いため(開発中ですが、まだ認可されてません)、一番の防衛策は触れないことです。加熱や0.1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液で不活化できるそうです。

なお、リシンのややこしいところは、天然由来成分であるため、生物兵器なのか化学兵器なのか、国によって指定が違うところです。アメリカは生物剤だというスタンスなんですが、他の国では化学兵器だと考えているところもあるので、混乱が見られます。



ところで、なんでも天然素晴らしいロハスな人を最近よく見かけますけど、天然由来のリシンに対してはどう思われるんでしょうか。天然の100%ヒマシ油で揚げたテンプラを喜んで食いそうだよね。

ちなみにヒマシ油テンプラは、香りは良いらしい(喰うなよ)。




【参考Webサイト】
横浜市衛生研究所:リシン毒素について

【参考書籍】