2013年5月30日木曜日

ヒトに“効く“抗生物質 毒物リシンの話

最近、リシンを使った脅迫が相次いでいますね。

NY市長にリシン封書=銃規制推進で脅迫―警察職員、中毒症状 (時事通信) - Yahoo!ニュース

【ニューヨーク時事】米ニューヨーク市警は29日、ブルームバーグ市長と、市長が関係する銃規制推進団体に宛てた2通の封書から、猛毒リシンが見つかったと発表した。
でも、リシンって名前はたまに聞くけど、どんなのか知らない人も多い物質だと思います。
今回はテロに用いられるリシンについて、ちょっと書いてみたいと思います。



暗殺者御用達

1978年、ロンドンで亡命生活を送っていたブルガリア人のゲオルギー・マルコフがバスを待っていたところ、傘に偽装した仕込み銃で直径1.7mmの小さな弾丸を撃ち込まれ、4日後に死亡する事件が起きました。死後に解剖が行われましたが、弾丸に開いた直径0.4mmの穴はすでにカラで、毒物がなにかを特定することができませんでした。

マルコフが死亡する2週間前、同じくブルガリア人でパリで亡命生活を送っていたウラジミール・コストフは、地下鉄駅で背中に痛みを感じて後ろを振り返ると、傘を持った男が去っていくのを目撃しました。
コストフはマルコフの変死の報を聞くや、直ちに病院で診察を受け、背中から小さな弾丸を摘出しました。摘出された弾丸には体温で溶け出すワックスが塗られていましたが、弾丸の不良でワックスが溶け出さず、弾丸内部の毒物がそのまま残っていました。

そこに残されていた毒物こそ、リシンでした。
この時期、リシンを用いたと見られる暗殺事件が、少なくとも6回は確認されています。

リシンが暗殺に用いられる理由としては、数十マイクログラム(百万分の1グラム)という極めて微量でもヒトへの致死性を持つことと、毒の作用機序が長い間不明だったために、原因特定が困難だったからです。



対ヒト用抗生物質

リシンとは、トウゴマの種子に含まれるタンパク質のことで、強い毒性を持っています。
トウゴマの種子から採った油は、ヒマシ油と呼ばれていて、主に工業用に使われていますが、当然リシン成分が入っているので食用には使われません。もっとも、ヒマシ油のリシン含有量はそれほど多くないので、薬用に下剤として使われたりしています。昔は、ヒマシ油で揚げたテンプラを食べて、下痢を起こしたという例もあるそうです。


トウゴマ(Wikipediaより

さて、先ほどリシンはタンパク質であると書きましたが、通常、タンパク質は経口摂取しても消化器官で分解されてしまいます。実際、タンパク質の一種であるヘビ毒は血に入ると有毒ですが、経口摂取しても分解されて無毒という事が知られています(胃潰瘍や口内炎から毒が入る場合があるので、真似しないように)。

リシンの特殊なところは、エンドサイトーシス(endocytosis)という作用により、消化分解を経ずに体内に吸収されてしまう点にあり、その為に経口摂取でも毒性を維持できます。

細胞内に吸収されたリシンは、細胞内のタンパク質合成を阻害する働きを持ちます。タンパク質は生物の構造を構成する材料で、これの合成を阻害されると生物は生きていけません。

実はこの阻害作用は、人間が細菌性の病気に感染した際に用いる抗生物質と原理は同じものです。
細胞を持つ生物(ウィルスは違う)は細胞内でタンパク質を合成しており、ヒトからカビ、細菌に至る生物はこの点で共通しています。しかし、生物ごとに生体構造は異なるため、人間には無いが細菌に特有の生体構造にだけ阻害作用を持つ物質もあります。これが抗生物質です。

言わば、リシンはヒトに”効く”抗生物質となるでしょう。

抗生物質が実用化に漕ぎ着けたのが、二次大戦中のことですから、リシンの作用機序が長らく不明だった点も頷けます。



テロ利用への危険性

このリシンが近年になって再び注目されているのは、テロに利用される恐れが強いことが挙げられます。
その理由としては、先にも挙げた高い毒性の他に、原料となるトウゴマは世界中で栽培されており、ヒマシ油生産で生じたクズにはリシンが5%も含有されているなど、入手性が極めて容易である点が挙げられます。

冒頭に挙げたニューヨーク市長への脅迫文についても、アメリカでは過去に右派系民兵組織が、リシンを製造・所持していた事例があり、今回も同様にアメリカ国内で生産されたものと見られます。

また、より高度なリシンの使用法として、微粒子にリシンを付着させて広範囲にバラ撒くことで、毒ガスのような使用法も考えられます。こうなってしまうと、防護手段は限られてしまいますが、この手法が高度な技術が必要なため、今のところテロに使われることは無いと思われます、

リシンには特異的な解毒剤が無いため(開発中ですが、まだ認可されてません)、一番の防衛策は触れないことです。加熱や0.1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液で不活化できるそうです。

なお、リシンのややこしいところは、天然由来成分であるため、生物兵器なのか化学兵器なのか、国によって指定が違うところです。アメリカは生物剤だというスタンスなんですが、他の国では化学兵器だと考えているところもあるので、混乱が見られます。



ところで、なんでも天然素晴らしいロハスな人を最近よく見かけますけど、天然由来のリシンに対してはどう思われるんでしょうか。天然の100%ヒマシ油で揚げたテンプラを喜んで食いそうだよね。

ちなみにヒマシ油テンプラは、香りは良いらしい(喰うなよ)。




【参考Webサイト】
横浜市衛生研究所:リシン毒素について

【参考書籍】

2013年5月28日火曜日

シリアでの戦車被弾映像の解説動画を作りました

以前のブログ記事「戦場の怖さが分かる動画と情報リテラシー」 に関連して、分かりやすく戦車の被弾状況についての解説動画を作り、ニコ動とYoutubeにアップしました。例によってYoutubeのが綺麗です。

次回は人視点を中心に作りたいとおもいます。

2013年5月23日木曜日

吹っ飛ぶ広報室 自衛隊広報の黒歴史

最近、有川浩原作の航空自衛隊広報を舞台にした「空飛ぶ広報室」ってドラマやってますよね。

有川浩「空飛ぶ広報室」幻冬舎

広報は自衛隊にとり、国民に自衛隊を知ってもらう為の重要な活動であると共に、なによりも新しい隊員を呼び込む為のイメージ作りでもある訳です。
自衛隊もお役所だし、パブリックイメージ、とっても大事。

でも、民間企業もタマにやらかすのと同じように、「これはアカン……」、と思わせる、やっちまった感溢れる広報の成果も存在するものまた事実……。

今日はそんな自衛隊広報の黒歴史を見て行きたいと思います。





空自編


自衛隊映画「ベストガイ」。


ベストガイ(BEST GUY)とは、1990年に製作された日本映画である。

概要
航空自衛隊の千歳基地を舞台にした「トップガン」である。以上。



アカン。

「東京ラブストーリー」のカンチ役でブレイクする前、まだビッグネーム化していない若き織田裕二主演ですが、どんな役も織田裕二になってしまうとしか言い様がない迫真演技はこの頃から健在。

織田裕二演じるF-15パイロット(コールサイン:「ゴクウ」)が、ドヤ顔でシトロエン乗り回して基地に赴任してきたり(身分証忘れて基地に入れず、フェンスを越えて警務隊に捕まる)、ロッカールームで防大出のライバルパイロット(コールサイン:「イマジン」)にメンチ切ったりする様を、素のままの織田裕二演技で見れる本作。
「トップガン」のパクリシナリオと相まって、今これを見返すとこっ恥ずかしさともどかしさで、軽く死ねます。


でもね。映画のストーリー部分は散々ですが、空撮は結構よく撮れていまして、本家「トップガン」より良いシーンもあり、空自広報が仕事した部分はかなりの良い仕事だと思うのです。

でも、やっぱり映画としては駄作で、興行成績もよろしくなかった。

公開された1990年当時はバブル景気絶頂期、自衛隊員募集の状況が悲劇的だったと言われておりますが、この映画によって自衛隊員の募集に効果があったかは定かではない。
航空自衛隊の花形とも言えるF-15パイロットの映画なのに、その後の空自広報で使われたという話も聞かない。


予告を見返すと、予告なのに盛り上がらない感がすごい。





海自編



記憶にある方も多いかもしれません。2003年度の海上自衛隊の街頭CM「シーマンシップ」です。
このCM、渋谷駅前の街頭ビジョンで流す、自衛隊として初の試みで、その後も陸海空の自衛隊で映像が制作されています。

その2007年度の海上自衛隊版がこれ。


Oh……。山寺宏一(新デスラー総統)のハイテンションなナレーションがつらい……。

この映像については、新聞にこんなこと書かれています。

海自が奇抜な新コマーシャルフィルム 幹部も絶句、350万円で製作

 海上自衛隊が、「秘密戦隊ゴレンジャー」などで知られる「戦隊シリーズ」をイメージした奇抜なPR用のコマーシャルフィルム(CF)を製作した。「若者や子供の世代の興味を引くよう意識した」というが、その奇抜さに、幹部会議では全員が一瞬言葉を失ったほど。(中略)

 海自として初めて企画競争入札を導入し、広告会社や映像制作会社など10社のアイデアの中から採用した案をもとに、約350万円をかけて製作した。  陸自と空自は「あんな奇抜なものは、うちではとてもできない」と口をあんぐり。海自トップの吉川栄治・海幕長(59)は「これからの時代は、我々年寄りの感覚よりも、若い世代の視点でやった方がいい」と苦笑まじりに話す。
読売新聞 2007年4月9日夕刊より

幹部会議で一同絶句とかすごい状況ですが、シーマンシップの時も同様の報道がされていたと記憶しています。
ある種の炎上マーケティングなのかは知りませんが、幹部会議で絶句されるモノにOK出すのってどうなんでしょうか。

Twitterでも書きましたが、私は昭和の旧日本軍の悪弊について、相当多くの人間が「あっ、これもうダメや……」と思っていたフシがあるにも関わらず、戦争を粛々と遂行していった事だと考えていますが、海自もそれと同じ轍を踏んでいるんじゃなかろうかと思います。
こういう所で偉い人「アカン」と思ったら、ストップかけるべきだと思いますよ。勘違いした広告代理店の言いなりはいかんですよ。

あと昔、海上自衛隊が黒田勇樹を広報ビデオに使っていたことがありましたが、その後に俳優からハイパーメディアフリーターになってしまったの見ると、海自の広報って呪われているんじゃないかと思ってしまいます。




陸自編


あくまで個人的な感想ですが、3自衛隊の中で一番広報が上手いのは、陸上自衛隊だと思います。
もっとも人数確保しないといけないだけに、やはり広報にも力を入れているのだな、と分かります。

ですが、陸自広報にも相当な黒歴史がありますが、今は法に触れるのでその詳細をお伝えすることができません

一つ言えるのは、「少女と戦車」でググっても、“ガールズパンツァー”の事ばかり出てくるという事実に対し、自衛隊はガールズパンツァーに感謝すべきだと思います。

以上。




防衛省編


最後は防衛省です。
3自衛隊を束ねる広報は、非常に重要な役割を持つのは言うまでもありません。
その自衛官募集ポスターがこれ。


1991年度 防衛庁自衛官募集ポスター

ファッ!?

コラじゃねえっすよ。公式っすよ。
しかもこのポスターな、昭和じゃなくて平成で、ベストガイより1年後のなんだぜ……。

このポスター、恐ろしいことに2000年くらいまで防衛庁(当時)の公式サイト上のライブラリで見れたんですが、今は跡形もありません。

ツイッターで「自衛隊の黒歴史書くよ」と予告した時、シーマンシップとかは皆さん当てた方も多くいらっしゃいましたが、これは言及ゼロでした。
知られざる地雷かもしれん。

なにげに右のピンクスーツ、さりげなく乳袋になってますね。



……いかがでしたでしょうか。自衛隊広報黒歴史の世界。
まだまだ探せばネタは出てくるかもしれませんが、今日はこのへんで。




ベストガイのDVDが、アマゾンにまだ9つも新品があることにたまげた。

2013年5月20日月曜日

韓国軍とマイクロソフトのライセンス妥結は、割れやOS代の事じゃないんだってば

韓国軍とマイクロソフトの揉め事とその妥結について、2chまとめサイトのタイトルが相変わらず酷い煽りになっていた。

U-1速報:「違法OS代金を踏み倒した韓国軍が超高額でOSを強制購入」 MSに完全譲歩させた韓国軍に待ち受ける落とし穴

この2chまとめの元ネタは、2013年5月17日の朝鮮日報の以下の報道だ。


韓国軍:ソフト違法使用問題で軍とMS社が歩み寄り 約2000億ウォン(約183億円)と推定されるソフトウエアやサーバーの使用料をめぐって1年以上も続いていた韓国国防部(省に相当)とマイクロソフト社の争いが、16日に妥結した。


昨年の春から、マイクロソフトが韓国軍に要求していた「使用料」について、両者の間で妥結したと言うニュースだ。
このニュースについて、韓国で未だ申告な問題であるソフトウェア資産の違法コピー(割れ)問題に絡めたのか、「違法OS代金」というタイトルをまとめサイトでは付けている。

だが、この「使用料」とはなんなのか、まともな理解をしているコメントはほとんど無い。どう読んでも、違法にコピーしたサーバーOSの代金の事だと思い込んでいるコメントばかりだ。

しかし、この「使用料」問題は、実は日本でも頻繁に起きている。
「使用料」がなんなのか理解しないまま、2chスレに「違法コピー」「違法ソフト」だのというコメント書いた連中が社会人だとしたら、韓国軍と同じようにMSに正規の料金を払っていないのかもしれない。
同じ穴のムジナというか、目くそ鼻くそを笑うレベルの滑稽な話だ。

朝鮮日報の記事にも書いてあるが、MSが特に問題にしているのは「クライアント・アクセス・ライセンス」(CAL)の事だ。
このCAL、実はとても厄介な概念なのだ。
日本でも企業とMSの間で支払いに関するトラブルが起きたとしたら、それはCALの支払いに関係するものがほとんどではないかと思う。

CALを一言で表すと「サーバーに接続する権利(ライセンス)」の事だ。ソフトウェアではない
1ライセンスにつき、数千円程度(日本の場合)する。

今や、どこの企業でもサーバーを業務で使用しているし、多くの社員は日常的に自身のPCから、社内サーバーへアクセスしている。もし、そのサーバーがWindows OSで動いていたら、企業はCAL料金をMSに払わなければならない。OSのソフトウェア代金とは全く別に、だ。

CALはサーバーに接続する全ユーザー、又は全クライアントに課せられる。
今、PCを使わない職場なんて無いだろうから、原則的には全従業員、又は会社の全てのデバイス分のCAL代金が請求される

CALの料金の基本的な考え方として、ユーザーCALとデバイスCALの2つある。

ユーザーCALは、サーバーに接続するユーザーの数に基づいた料金が請求される。

ユーザーCAL(マイクロソフト ライセンス情報より)

デバイスCALはサーバーに接続するデバイス(パソコンから携帯電話、タブレットまで含まれる)の数に基づいた料金が請求される。

デバイスCAL(マイクロソフト ライセンス情報より)

企業は自社の運用状況を考慮して、2つのCALのどちらかを選択して購入する。1人の社員が何台もデバイスを使っている企業ならユーザーCALを買うと得で、交代勤務制で1台のパソコンを複数人の社員が利用する場合はデバイスCALが得になる。

一見すると、企業が自社に有利な料金体系を選択できる。でも、これが落とし穴。

企業の社員数や所有デバイスなんて頻繁に変わる上、企業が購入時点で安いCALを買ったせいでユーザーCALとデバイスCALが混在していたりすると、一体どのようなライセンスが紐付けられているのか把握が困難になる。大企業や大組織であるほど、CALの管理は混迷していく。

その結果、企業とMSの間で、ライセンス数について認識の差が生じ、トラブルになる。
たいていの場合、MS・代理店と企業の担当者同士が協議し合い、価格の現実的な落とし所が妥結される。ところが、現実的な落とし所を見出だせずに、ゴタゴタが続く例もしばしばあるのだ。




話を韓国軍に戻そう。

少なくとも、まとめサイトが根拠にしている唯一のソースである朝鮮日報を読む限り、MSの請求の焦点はCALの未払いにある。また、韓国軍は違法ソフトウェアを使用していないとの結論が出たとされており、今回のMSとの妥結はCAL問題についてとみられる。
この記事を元にして「不正コピーだ!」と叩いたのならば、CALを理解していないか、日本語記事の読解力が無いかのどちらかだ。

ただ、解せない点もある。
1年前にMSが韓国軍に料金を請求した際、21万クライアントで2100億ウォン(現在のレートで約192億円)という請求内容だったという報道がなされた(記事リンクは消失してますので、ソース確認したい方は検索をお願いします)。ということは、1クライアントにつき、約9万円。 あれ? 日本のCALの10倍以上の値段じゃね? いくら韓国でのMS製品価格の設定が高くても、これはちょっと高すぎるんじゃないか。

現在の報道でも、MSの被害額が年間約2000億ウォンとされていて、1年前の報道とほぼ同じ額だ。ただ、今回韓国軍とMSが合意した金額は公表されていない。
恐らく、MSが当初要求した2100億ウォンはCALと違法ソフトウェア代金の合算で、違法ソフトウェアが無いとされた現在でも、報道が1年前の金額を使っているだけな感じがする。
断言はできないけど、そんなところが妥当だなと思う。

今回、どのくらい韓国軍がCALを誤魔化していたのか、その詳細は報道からは分からない。
ただ、 今までMSと韓国軍の間で、CAL数について話し合ったことは一度も無いとの報道もあったので、韓国軍もかなりテキトーなことを、意図的にしていた可能性が高いと思う。
韓国軍の管理が杜撰で、違法な状況にあった事は非難されて当然だろう。

でもね、今回の件はCALに関する合意であって、「違法OS」ではない。
その区別も付かずに「違法OS!」とか騒いでる人の会社って、CAL代どうしてんだろうか気になるところです。
多分、韓国軍と同じ状況になっているかもね。


Big Gates is watching you.
(ゲイツ様がみてる)



2013年5月18日土曜日

10式戦車同士の訓練はとても楽だよという話

戦車に限らず、軍隊をどのように訓練するかという問題は、昔からある大きな問題の一つでした。

実戦に近い訓練を行えば効率が良いのは理屈としては正しいですが、限りなく実戦に近づけば死傷者が出かねず、平時に訓練で部隊が消耗してしまうのは大変よろしくありませんし、実弾撃つと費用もバカになりません。

なるべく実戦に近い訓練をする為に、昔はペイント弾をガス圧で発射する訓練もありましたが、実銃と形が大きく異る上、汚れて後始末が面倒という問題がありました。
ところが、近年になってレーザー交戦訓練装置(バトラー)と呼ばれる装備が普及しました。

バトラー装着した自衛官。赤丸が受光部、黄色が発信機(元画像:Wkipediaより 


これは、銃口にレーザー発振機、人間の身体要部に受光器を取り付け、引き金を引くと射撃音の再生と、レーザーの照射が行われるものです。発振されたレーザーを受光部が感知すると、レーザーを照射された受光部に応じて、死亡や負傷の判定がなされるという、実戦さながらの訓練が行える装置です。

受光部

レーザー発振機

このバトラーによる訓練は、重量がある点と、濃霧・森林が濃い場所ではレーザーが減衰するなどの問題がありますが、射撃音や死亡・負傷の判定など、実戦に近い訓練を可能にしました。


また、最近ではエアガンを利用した訓練も行われています。
エアガンメーカーの東京マルイとの協力で、89式小銃のエアガンを閉所戦闘用訓練教材として、主に屋内での訓練に使用されています。

89式小銃エアガン(民間販売モデル)
このエアガンによる訓練は屋内などの短距離のみに限られますが、バトラーよりも当たり判定が細かいため(当たった場所が痛いから)、バトラーでは分からなかった知見、例えば肘への被弾が非常に多いことなどが得られたようです。


さて、本題の戦車の話をしましょう。
戦車でも訓練にバトラーが用いられます。人間用と同じようなレーザー発振機と受光部に加え、発射煙を発生させる装置、被弾したことを示す回転灯などから構成されています。
この戦車用バトラーにつきましては、Military Powersさんのページで詳しく紹介されていますので、ぜひとも御覧下さい。

しかし、この戦車用バトラー、かなり大掛かりな装置で、いちいち訓練の度に取り付けるのは面倒です。

その為、10式戦車ではバトラー訓練装置を別途付けることなく、戦車内在型訓練機能として、レーザー訓練機能が最初から付与されております。
この機能は戦車のレーザー検知器と測距用レーザーを利用するもので、測距用レーザーを訓練相手の10式戦車に照射して被弾を判定するものです。

分かりやすいように動画をアップロードしました。
この訓練展示では、10式戦車は砲身内から煙と音を出しますが、これは実弾の発砲に伴うものではありません。その為、発砲の衝撃もほとんどありません。

例によって、YouTube版の方が高画質で、手ぶれ補正も行われています。





平成18年の「公共調達の適正化について」に、この戦車内在型訓練装置の機能試験についての契約が記載されており、10式戦車の主契約者である三菱重工業と契約が締結されております。

しかしながら、この機能は10式戦車同士の訓練で使用に限られます。発煙装置などは取り付けの必要は無いと思われますが、他の部隊との訓練の際には、バトラーに対応したレーザー発振機を取り付ける必要があると考えられます。


2013年5月16日木曜日

知られざる(知らない方がよい)自家製兵器の世界

「中東の春」なんて名付けた奴は、どこのどいつでしょうか?

2010年の終わり頃から始まった中東の政変は、現在もシリアで内戦として継続しております。先日の記事で、シリア内戦における戦車と人間との戦いの映像を紹介しましたが、この紛争は他にも大量に動画がネット上で見れます。

そこで目に付くのが、反体制側である自由シリア軍(FSA)による自家製兵器の数々です。
現在のシリアには海外から大量に武器が流入しており、中東周辺ではどんな中古武器にも高値で取引されているそうですが、それでもなおFSA側の武器は不足しているのか、様々な自家製兵器の数々があります。

今回は多彩な自家製兵器の数々について、写真や動画で見て行きましょう。



自家製弾薬


弾薬の有無は、戦闘能力の有無と言っても過言ではありません。
弾薬の製造はFSAでも重要のようで、大量の工作機械を使って製造されます。

FSA 弾薬工場

しかし、シリア軍(SSA)の封鎖下にある街も多い中、資材は限られています。FSAでは鉄屑を集め、溶かして原材料として利用しています。


鉄屑

鉄屑を溶かして弾の原料へ

弾殻は旋盤を用いて成型されます。これは、通常の弾薬製造と同じです。

旋盤で砲弾に加工


 そして完成した迫撃砲弾の数々。

完成した迫撃砲弾


実射の様子
一見、マトモに見える迫撃砲弾で、かなり使われているようなんですが、やはり品質に問題があるのか、爆発事故起こしている悲惨な映像がちらほらあります……。



自家製擲弾銃

ビルが障害となる市街戦では、極端な弾道を描く兵器は重宝されます。FSAでも、自家製の擲弾銃を使っていました。


自家製擲弾銃

構造は至ってシンプルで、中折れ式散弾銃の銃身の先に擲弾を入れる容器をくっつけたものです。


爆発する擲弾は導火線式

空砲を散弾銃に装填し、容器内に擲弾を装填。発射前に擲弾の導火線に火を着けます。


発射される擲弾
導火線に着火後、速やかに狙いを定めて引き金を引きます。すると、散弾銃の空砲に点火・爆発し、その圧力で擲弾が発射されます。簡単な仕組みですが、手で投げるより遠くまで擲弾を飛ばせそうです。
なお、導火線に着火後にグズグズしてたら、自分のとこで爆発しますので注意。



自家製リモート・ウェポン・システム

続いてはちょっとしたハイテクです。自家製のリモート・ウェポン・システム(RWS)です。
RWSとは、遠隔操作式の無人銃システムのことで、敵の銃火に身を晒さずに攻撃でき、近年の市街戦用戦闘車両に装着される例があります。


米軍のRWS M153 PROTECTOR(Wikipediaより

FSAも市街戦での使用を想定してか、自家製RWSがいくつか見られます。まずは、車両搭載型。


自家製装甲車と自家製RWS

……乗用車に鉄板を装着して対弾性を確保し、上部に銃座を据え付けています。見た目はアレですが、中から液晶画面を見ながら、プレイステーション風のゲームパッドで銃座を操作出来ます。


ゲームパッドで銃座を遠隔操作


さらに、設置型のRWSも存在します。



設置型RWS

三脚銃座に自動小銃を設置し、ライフルスコープの接眼部にはカメラを装着、銃座は自動車用バッテリーからの電気で回転し、有線操作で敵を狙撃できます。


操作盤

ちょっと凄いのが操作盤で、木製の枠に液晶ディスプレイと操作ボタンを組み込み、蝶番でノートPC風になっています。ホームメイド感が凄い逸品。


液晶に表示される照準

なんか、工業高校の文化祭に置いていそうなブツですが、この通り照準可能です。操作盤の形状から、恐らく上下左右の2軸に照準可能と見られます。

遠隔で銃を操作

この通り、自分の身を晒さずに銃を操作することで、自身の生存性を高めています。



自家製MLRS

戦闘は火力です。短時間で大量の火力を投入できる兵器は、戦闘では高い威力を発揮します。
FSAでも、ピックアップトラックの荷台にロケットランチャーを装着して、機動力を持った多連装ロケットシステム(MLRS)を作っています。自家製で。


自家製MLRS

結構、様になっています。では、実射はどうでしょうか。


発射したロケットの発射炎にトラックが炙られる

トラック炎上
自分が発射したロケットの炎をモロに食らって、大炎上してしまいました。車体に対し、直角で発射するなどの工夫が必要かもしれません。



自家製カタパルト(投石器)

なんだか、ダメな雰囲気が漂ってきましたが、まだまだ続きます。次は、自家製カタパルトです。
カタパルトって、アレですよ。大砲が登場する以前の、攻城兵器の主役だった奴。

カタパルトのレプリカ(Wikipediaより)
おもっくそ中世以前の兵器ですが、何故かこの手の兵器の動画が、大量にシリア内戦では見られます。

カタパルトその1

おっさん達が、バスケットゴールみたいな物体に取り付けられたハンドルを回し、オモリを上にあげています。


発射
オモリが落下する力を利用し、反対側から射出されます。

次は車載のカタパルトです。

パチンコ型カタパルト
ピックアップトラックにY字状の金属を取り付け、ゴムの力で爆弾を発射します。

導火線に着火
 投擲する爆弾の導火線に着火後、


数人がかりでゴムを引く!
数人がかりでゴムを引き、十分にゴムを伸ばしたところで手を離し発射します。
これ、着火したあとにゴムが切れたらどうするんだとか、色々気になります。少なくとも、私はこれを引っ張るのは遠慮したいです。



まだまだ続くカタパルト。今度は 手榴弾を保持して……


手榴弾を保持し

引張ります。

発射!


なんでこんなにカタパルトが使われているのか、なにがFSAをここまで駆り立てるのかは正直なところ想像でしかないのですが、ここまで見てきた一連の自家製兵器から見て取れるのは、「敵に身を晒すこと無く攻撃したい」という願望です。

FSAが対峙するSSAは、軍事大国が犇めく中東においても、有数の戦車保有数を誇る軍隊で、正面から殴りあっては、FSAは多くの損害をこうむることが目に見えています。

ビルを一つ隔てた通りに爆弾を投げ込みたいという要望は、実はどこの国の軍隊も持っているもので、FSAなりに実現できる解を探している最中なのかもしれません。

こんなの見てると、内戦なんてするもんじゃないと思い知らされます。戦争もだけど。

<参考になりそうな書籍>

2013年5月15日水曜日

火力戦闘車とスピードのお話

自衛隊火力の主力である155ミリ榴弾砲 FH70がもうそろそろ退役が始まる時期になります。
その後継として、平成25年度から開発が始まっている火力戦闘車は、牽引砲だったFH70と異なり、最初から装輪車体(重装輪回収車の流用)に99式自走榴弾砲の砲システムを組み込んだ、装輪自走として開発が進められています。

火力戦闘車イメージ(引用元

まだ開発が始まったばかりで情報が少ない火力戦闘車ですが、実は十年以上前から似たようなプランが提案されておりました。
今回はその資料を参考にして、火力戦闘車ってどんなん装備? ということについて考えて行きましょう。


まず、火力戦闘車の事前評価書を見てみると、運用構想と開発予定についてのスライドがあります。
運用構想図及び開発線表
運用構想図のうち、赤線で囲まれている部分が、火力戦闘車の運用上求められる能力です。すなわち、射撃・陣地転換の迅速化、戦略機動性の向上、ネットワーク化です。とどのつまり、求められているのはスピードと言えるでしょう。


長射程化につきものの時間の問題


榴弾砲に限らず、ミサイル等も含めた火力が長射程化するにあたって、問題が一つあります。
それは、敵を観測した時点での敵位置と、着弾時の敵の現在位置に大きな差が存在するということです。射程が長くなると、弾を撃ってから着弾するのに時間がかかるので、射程が長くなれば長くなるほどこの差は大きくなります。

この問題を解決するために取られている手段は2つあります。1つは、弾自体に誤差を修正する機能を持たせる方法です。
この方法は、自衛隊でも弾道修正弾や高精度火力戦闘システムとして研究されており、発射された弾自身が翼を操作して弾道を修正する機能を持ちます。



上の動画は迫撃砲用の弾道修正弾について、防衛技術シンポジウムでの解説を撮影したものです。GPSにより修正するものと、レーザーの反射を拾って誘導されるものの2方式ありますが、いずれも発射後に受け取った情報を元に、弾道修正を試みるものです。


もう一つの誤差を解決する方法は、観測から着弾までの時間を短縮することです。
従来、観測された情報を伝達する手段は無線による音声であり、それにより諸元を計算・入力して射撃を行うもので、人の作業が多く介在しているためにリアクションタイムがかかりました。
そのため、観測時点と着弾時点とで、敵の位置に大きな誤差がありました。未来位置を推定して射撃をしても、やはり誤差は生じます。そこで、観測から着弾までのリアクションタイムを短縮することで、誤差を減らそうというアプローチが取られます。

ネットワーク化はそれを達成する為には有効な手段です。人の声による伝達では敵の座標を知らせるにも時間がかかりますが、ネットワークで文字情報として送り、自動的に諸元が計算・入力されるようになれば、リアクションタイムは短く出来ます。

また、将来的にはレーザーレンジファインダーやGPSを組み合わせたシステムにより、レーザーで距離を測ると同時に相手の位置を割り出して、すぐさま情報を砲に送ることも可能になり、ますますリアクションタイムは短くできるものと思われます。

火力戦闘車のネットワーク化は様々なメリットがありますが、主眼はリアクションタイム短縮にあるでしょう。



生き残るのに重要な時間

火力戦闘車で謳われている「射撃・陣地変換の迅速化」は、生存性に大きく関わってきます。
現在では対砲レーダーはどの国も持っており、発射とともに自分の正確な位置を露呈してしまうことになります。そのために、自走砲のようにある程度の装甲を備えるか、射撃後に素早く移動する能力が必要となります。 





上の動画は総合火力演習での火砲の実演の様子ですが、展開や撤収のリアクションタイムが、自走式に比べて牽引砲が長いことが分かります。

火力戦闘車では、自走式にすることで牽引にかかる時間を無くすとともに、操作の自動化が大幅に行われるようになると考えられます。

冒頭で触れた、10年以上前に提案されていた将来榴弾砲システムでも、それを窺わせる部分があります。

将来りゅう弾砲イメージ
将来りゅう弾砲は、上のイメージのように、重装輪回収車に火砲を搭載したもので、現在の火力戦闘車と基本は同じです。
これは、防衛関連企業で構成される防衛装備工業会の弾薬部会が、2002年11月に提案したもので、ネットワーク機能や省人化(操作人員がFH70の8名に比べ、半数の3~4名)が謳われています。

ここでの目標として、Shoot &Scoot を3分以内に行うものとされています。つまり、射撃から移動を3分以内で行うというものです。この数値は、30秒で撤収が行われる最新の自走砲よりは遅いものの、米軍のM109自走砲の7分と比べれば半分以下の数値で、牽引砲の後継としては早いものになると考えられます。
つまり、時間が短縮された分だけ、生存性が向上したと言えます。

また、火力戦闘車は2.5m以内に車体幅が抑えられるとしており、これにより道交法による面倒な手続きを抜きにして公道移動が可能になるため、戦略的移動能力が増すことになり、これもまたスピードの向上と言えます。


このように、スピードこそが攻撃の精度を高めると共に、生存性を高めるのに重要な要素だと言えるでしょう。今後の装備開発でも、いかに古い装備と比べて時間が短縮できるかが、その装備の性能を測る指標になるでしょう。

2013年5月12日日曜日

木更津駐屯地航空祭に行って来きたら、”対”戦車道だった件

昨日は雨模様でしたが、今日は快晴でしたので、陸上自衛隊木更津駐屯地の航空祭に行って来ました。



木更津駐屯地は、陸上自衛隊の第1ヘリコプター団や第4対戦車ヘリコプター隊が駐屯する航空基地で、製鉄プラントが近くにあるので、製鉄プラントと自衛隊員・装備という、他にあまり無い組み合わせが見られます。



本日は快晴で、ヘリの奥に東京スカイツリーが見えました。



こちらは陸上自衛隊高等工科学校のドリル部です。木更津総合高等学校のチアリーディング部なども来ており、式典の合間にパフォーマンスを行なっておりました。



風があったためにパラシュート降下は実施されませんでしたが、訓練展示・飛行展示などが実施され、非常に盛況でした。



まだ導入されて間もない、新練習ヘリのエンストロム 480です。これは初めて見ました。



そして痛オメガこと、特別塗装(シールですが)のOH-1です。描かれているのはオリジナルキャラクターの「木更津柚子」(4人姉妹の末っ子だそうで)。
個人的には、公募で決まった「ニンジャ」という愛称が、いつからオメガになったのかが気になります。


痛コブラこと、特別塗装のAH-1Sです。描かれているのは、「木更津若菜」(3女)。


木更津若菜のモデルの女性隊員(コンパニオンなどではないそうです)がマジそっくりなんですが、どうしたことでしょうか。









映像じゃ分かりづらいとこもあったので、写真もあげますが、AH-1Sの機種にある TSUと呼ばれるセンサと、下部にあるガトリングガンがガナー(射手)、パイロットの視線と連動して動くことが可能で、迅速な照準やガナー負傷時にパイロットが射撃することが可能となります。

この木更津駐屯地の痛ヘリの数々ですが、今回を持って終了となるそうです。ちょっと残念ですね。


わかり易く説明する面白い試みで、中止になるのは非常に惜しいと思います。
また復活してくれたら嬉しいんだけどなあ…。