2012年4月22日日曜日

書評:秦郁彦『陰謀史観』(新潮新書)

長い間放置プレイ状態で、Bloggerに移転後もなーんにもしていなかった当ブログでありますが、「週刊オブイェクト」が再開されたので、こっちもそろそろ動かなきゃいかんのかなあ、と思いつつも長い文章書くの嫌だなあ一生楽して生きたいなあ働きたくないでござるなどと、妄言スパイラルに陥る前に、じゃあ最近読んだ本でもレビュー&紹介するか、と思い立ったので早速実行するのです。

 最初の書評はこちらです。



 秦郁彦先生の近著、『陰謀史観(新潮新書)』です。
 秦郁彦先生と言えば、右に真珠湾ルーズベルト陰謀説があれば誌上で批判し、左で家永三郎が日和ったら「変節組」とdisり、海外で根拠レスな昭和天皇dis番組が作られようとすると手紙を出して大幅修正させ、自身が癌に罹ると『病気の日本近代史』なんて本を上梓したりと、政治思想や洋の東西、人間非人間に関わらず戦い続ける日本近現代史の論客でありますが、80歳にもなろうという現在もなおその闘魂は健在なようで、今回は「陰謀史観」にターゲットを絞り、そのものズバリな本を出してきました。

 『陰謀史観』は全5章から構成されており、新書という形態もあってか、ベストセラー『昭和史の謎を追う』 等の既刊でも取り上げられていた、田中上奏文や真珠湾ルーズベルト陰謀説等が語られ、秦郁彦著作を読んできた人にとっては既知の内容も多く含まれます。
 また、帯には「東京裁判、コミンテルン、CIA、フリーメーソン」なんて書かれていますが、CIA・フリーメーソンは第五章で駆け足的に触れられている程度であり、取り上げているのも幕末以降の近現代史的内容なので、総論的な「陰謀史観」として期待していると肩透かし喰らうと思います。読むにあたっては、以上の点を注意して下さい。

 本書では、中西輝政、渡部昇一、西尾幹二、江藤淳、藤原正彦、小堀桂一郎、田母神俊雄と言った右派論陣を俎上に載せ、中西以外の全員は「歴史の専門外のアマチュアの論客」であると断じ、また「彼らがこの種の「正論」を引っさげ、アメリカへ出かけて論戦しようと試みた形跡はなく、日本人の一部有志に訴える「国内消費用」の自慰的言論に終始した」(138頁)、とかバッサリ切り捨てているあたりがいかにも秦節でありますが、本全体では個別の陰謀史観単体を扱うのではなく、当時の風聞、ペーパープラン、電文等の諸々の情報から、陰謀論を生み出す背景的なものの説明に、特に前半は多くを割かれています。そういった意味では小ネタ満載ではあるのですが、いかんせんまとまりに欠けるのではないか? とは思うものの、対峙する陰謀史観が、かなり細々とした状況証拠や推測を元に構築されているので、これは致し方のないことかなあ、などと思うのです。あと、80頁で「連合艦隊旗艦大和」なんて出てきますが、これ長門の間違いでしょう。話の本筋に影響与えないレベルのミスですが、やっぱ気になったので一応。


 実を言うと、陰謀史観モノとしては、ちょっと期待が外れた感があったのですが、陰謀史観とは違うところで考えさせるところが幾つかありました。
 一章から二章にかけて、日露戦争前後から真珠湾攻撃までに日米両国で官民様々なレベルで相当数行われていた日米戦シミュレーションが紹介されているのですが、これが当時萌芽しつつあった地政学と結びつくことで、日米双方に必戦論が醸成されてしまい、最後には本当の戦争になってしまったのではないか、という疑問を呈しているところです。この指摘は自分には結構考えさせるところがあって、個人の行動から国家の意思決定まで、かなりの部分が長年の空想から生じた強迫観念で行われるのではないかと、根拠レスながら思ってしまうだけの何かがあります。ここいら、今後とも考えていきたいとこです。


 本書、今までの秦郁彦著作を「陰謀史観」をターゲットにして再編した、と言ったところが妥当かと思いますが、近年の田母神論文等を巡る論争(学術的にはまるで相手にされていないが)の論旨や論拠、その問題点を知る上でのブックレットとしては有用なものと思います。秦本を読んでいない人にこそオススメしたいとこですね。




おすすめ度:★
(五段階評価)