2014年8月8日金曜日

「元艦長に聞く、潜水艦の世界」講演要旨

7月19日、神保町の書泉グランデで、「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船~その戦略と発展状況」の出版を記念して、著者の山内敏秀氏の講演会が開かれました。

山内氏は海上自衛隊入隊以降、潜水艦畑を歩まれてきた方で、潜水艦についての著書も出されていますが、今回は中国の海上権力についての本を出版されました。その出版記念で、著書の内容とはいささか異なりますが、御自身が艦長まで経験された潜水艦について語って頂くという企画です。

潜水艦の情報は限られているだけに、またとない機会だと行ってきました。潜水艦の運用から、最近話題のオーストラリアとの潜水艦協業、あるいは中国海軍の潜水艦という話もあり、中々耳にしない情報なだけにこちらにレポを残したいと思います。


【講演要旨】

潜水艦乗りが共通して持つ感性は何か。それは音に敏感な事。(dragoner注:音の話ばかりですす。これ重要)


P-3C導入時のエピソード

P-3Cが導入されて間もない頃の訓練で、敵役の潜水艦1隻が4回くらい訓練で撃沈判定を受けた。
あまりに悔しかったので、P-3C乗員を飲み屋で酔い潰して聞き出した所、原因が判明した。
無音潜航にも種類があって、それ以前も無音潜航。哨戒無音先行等があったが、P-3Cの一件以後は「特別無音潜航別報」(なんでもかんでも停止)という無音潜航を作った。



同じモーターでも違う音がする

同じメーカーが作った、同じモーターでも駆動音が違う。音の違いで艦が分かってしまう。特別無音潜航別報が発令されたらなんでもかんでも止める。
潜水艦で特別無音潜航すると、食事係まで連絡がいく。無音潜航する間に食べる量の食材を出して、あとは倉庫・冷蔵庫・冷凍庫を密封する。



特別無音潜航で開けっ放しになるドア

艦内の床には無音シートが敷き詰められている。そして、艦内の部屋のドアは開けっ放しにして、動かない様にロックする事で開け閉めの音を出さないようにする。乗員の私物なども皆固定する。

スイムダイブ(出港後、一番最初のダイブ。「スリム」かもしれない)で急速に潜航し、一番深いところまで入る。水圧により船体の軋む音が聴こえるが、水圧により船体が弾性変形している音なので、聴くと安心する。急速に潜航するので船体が大きく傾くが、私物でコーヒー缶を持ち込んだ隊員がいて、固定不足で転がり、ガランゴロンと船内中に響いた。


音でどこまで分かるか

マンガでシャーシャーというスクリュー音の擬音があるが、あれは意外と正確。1分間に何回音を聞くかで、商船か軍艦かを推測できる。3枚スクリューの商船の場合、1分間に聴こえた音の数を3で割ると軸の回転数になる。

ソナー員によれば、この船はプロペラの先が欠けている、この船はエンジンの調子が悪い、という事まで分かる。



「マダイが愛を囁いている」

海には魚鳴音(ぎょめいおん)が多い。魚の無き声のことで、海ではいろんな魚が鳴いている。ソナー員がある時こう報告した事がある。「マダイが愛を囁いている」。

魚は敵がいる時の鳴き声、エサがいる時の鳴き声で違う声を出している。
「カーペンターフィッシュ」と潜水艦乗りに呼ばれる魚鳴音があるが、何の魚なのか判らない。カーペンター(大工)なのは、大工がカナヅチを叩いているような音から。アメリカの潜水艦乗りに聞いても、「あれはカーペンターフィッシュだ」という答えだった。



トランジェントノイズ

音の分析にはある程度の長さの時間が必要だった。1分間の中に音が入ってくれないと分析できないので、突発的な音の分析手法に悩んでいたが、ある分析手法を考えて解決した。

この時期(7月)の対馬海峡でよく聴く音があり、正体が判らないのでDATに録音して分析した。
正体はハゼの仲間が浮袋をふくらませて、メスをおびき寄せる音だった。

昔、娘が小学校の夏休みの宿題をやっていないというので、家の近くの音を条件を変えてDATに録音し、それを馴染みの業者に解析させてもらった。そこで、ドップラーノイズからサイレンを鳴らしているこの救急車は時速何キロで走っているか、等を分析した宿題を書かせて提出させた。
先生のコメントがクラスで唯一無かった。



中国の潜水艦の音

本に中国の潜水艦のことも書いた。
中国の潜水艦も止まる時は静かになる。走っている時は闇夜に金太鼓鳴らしているくらいの音。
漢級が領海に進入した事件があったが、あれは漢級が母港を出港した時点で日米は分かっている。

2009年にアメリカの音響観測艦インペッカブルに中国船が接近して妨害した事件があったが、あれはインペッカブルによる中国の晋級弾道ミサイル潜水艦の音紋調査だった。
晋級の音は隠し切れないので、中国船が近くで騒いで周囲雑音を作り出す事で音紋調査を妨害していた。

商級の攻撃型潜水艦が配備された頃、横浜のノースドッグに短い期間で33回、米海軍の音響観測艦が来た事があったが、ある日突然全艦いなくなった。

夏級の音は160dbもある。鉄道橋の下で100dbなのだから、これはものすごい音。



海上自衛隊の潜水艦の低騒音化

海自でも潜水艦の雑音低減対策をしている。ハード的な低減法は幾何級数的に費用がかかってしまい、あるレベルを超えると1db減らすだけでとんでもない費用がかかる。
音を海中に伝播しないようにするということは、船体と海の間を切ってしまう事だ。

音の研究について、少なくとも2000年前後は自動車業界が一番進んでいた。協力を求めようとしたが、トヨタは敷居が高いので見せてくれない。ゴーンが来る前の日産はおおらかで、同じ横須賀同士という事で見せてくれて、音の収集・分析ノウハウを頂いた。

潜水艦の音の出処を調査したところ、通風器を固定するボルトが長すぎて船体にあたり、通風器が回転するとボルトを伝って音が艦体から水中に出ていた。これは建造した造船所に行って、修繕工事をさせた。

今の海自の潜水艦はフローティングデッキ(音的に宙に浮いてしまった、船体と切り離された構造)を採用しており音は小さい。今はいかに海中に雑音を放射しないかが焦点。

水上艦も含め、ある一定の期間を過ぎるとどういう音が出ているかを検査する。1000ヘルツ以下の音が遠くまで伝播するので、調べられている。



潜水艦と二酸化炭素

大気中の二酸化炭素濃度はいくつでしょうか。1973年に私が習った時は200ppm(0.02%)でした。今は400ppmにまで二酸化炭素が増えているのを実測で感じる。

ハッチを閉めて、艦内気圧を高める、密閉を確認。
そこで二酸化炭素濃度が1%出ると、頭の動きがボーっとしてくる。濃度が増えると人体に影響。
艦内気圧も上がっているので、高気圧化における血中高炭酸ガス濃度という現象が起きる。

海上自衛隊の検知管は3%以上の濃度を検知出来ない。測ったらずっと3%ということもあったが、3%ということにしておいた。
二酸化炭素濃度3%という空間では、すぐタバコの火が消える。タバコをゆるやかに吸えない環境。

水酸化リチウム(炭酸ガス吸収剤)を床にマットを引いて、その上に撒く。細かい粉塵が出て、咳き込む事もあった。
後に電動の炭酸ガス吸着装置が装備され、搭載したフネに乗っていたが、使った経験は一回も無かった。吸着装置を回すために電気を使うため、電気の無駄と使わなかった。



潜水艦とタバコ

潜水艦乗りはタバコを吸う人が多い。76年頃、フネでパイプが流行った。乗員の3分の2も吸っていて、艦長もマッカーサーばりのコーンパイプ持っていた。ハッチをくぐった瞬間、煙で前が見えなかった事もある。

艦内が禁煙になることもある。その時は潜水艦がシュノーケルを出して換気を始めようとする瞬間までタバコ加えた人がいた。

シュノーケルを出すと、艦内の弁を全て閉め、ディーゼル・エンジンを回すと艦内の空気が全部ディーゼルに吸われていき、それから弁を開けると新鮮な空気が入ってくる、これを5回繰り返すと艦内の空気が入れ替わり、タバコが吸える。



潜水艦のトイレ

艦内に排泄物を貯めておくサニタリータンクは2つあり、潜行中はタンクに高圧空気を注入して海中に排出する。その排出後、サニタリータンクに入れた高圧空気は、再び艦内に戻ってくる。
潜水艦乗りは変な匂いがすると言われるが、いくら洗っても服に染み付いている。
トイレでトイレ内の圧力が低いと、タンクから逆流する事がある。


潜水艦と健康

潜水艦乗りは耳抜きが重要。これがうまくいかず、鼓膜が破れた幹部がいた。
風邪をひくと大変なことになる。耳ぬき出来ない。

虫歯も辛い。艦内の気圧が低下すると、虫歯穴が痛みだしてくる。
呉には潜水艦に理解ある歯医者がいた。歯の治療は何回も通院しなければいけないが、航海に出る潜水艦乗りはそれが難しい。予約が一杯でも優先してすぐに治療してくれた。とにかく虫歯の穴に詰めものして、帰ってから詰め直すなどしてくれた。



脱出訓練

脱出訓練では、潜水艦内の乗員を救う。
1939年の潜水艦スコーラスの沈没事故では、初めてサルベージ(船体引き揚げ)によらない、レスキューチャンバーによる救出が行われた。これは沈没した潜水艦にチャンバーを密着させ、ハッチから救出する仕組み。

もう一つの救出法(脱出法)はスタンキーフード。乗員がスタンキーフードを被って脱出する。今は江田島に施設があるが、昔はハワイの100フィート水槽で行っていた。
スタンキーフードが破れてしまった時は、生身の人間が上がっていく。息を吐き続けながら、吐いた泡より遅いスピードで浮いていかなければならない。(dragoner注:そうしないと水圧の変化により、肺が破裂する)
100フィート水槽には、巨大なセクシーな女性のピンナップが描かれている。水槽から上がると教官がいて、「どうだった?」と聞かれる。そこで「なにが?」と聞くと、もう一回潜らされ、親指を立てると合格になる。



潜水艦と食事

3自衛隊で、陸だけ食事は当番制を取っている。イベントで行く機会があっても、陸で食べていけない。
行くなら海。私は陸で言う「温食」という言葉を知らなかった。海は必ず温かい食事を出す。海はメシにうるさい。
ご飯を必ず胚芽米にする艦長がいた。肉も霜降りは駄目、赤みだけのステーキだった。

なにがなんでもパン派の艦長もいて、パンをカビさせないため、アルコールを噴霧し密閉保存していた。

調理を専門にする隊員はすごい努力をしている。雪印などで常温90日もつロングライフ牛乳があるが、あれはもともと潜水艦用に開発されたものだった。
同じようなものにロングライフ豆腐があったが、日本で売れず、アメリカで売れた。

潜水時、赤の蛍光灯下では、何を食べても味がわからない。



艦長になっていいこと

艦長になる、と自分の都合で艦橋に降りたり出たりする事が出来た。
しかし、艦長は寝れない。艦長は潜水艦でたった1人の1段ベットだけど、それでも寝れない。
水上艦と違い、潜水艦では艦長が戦術単位の指揮官。今は衛星電話があるので、直接司令部から命令がくる。昔は電報を受信出来なかった事にすることもあった。


【質疑応答】

質問:帝国海軍の潜水艦には軍医が乗艦していたが、海上自衛隊ではどうなのか?


医者はいないが、看護長はいる。看護長が薬事法違反だが、薬を出している。
薬事法違反になるので麻酔は使えなかったので、指を裂傷した人を4人で押さえつけて縫った事がある。
ただし、アメリカでの訓練等の長期航海に出る時は、医官が臨時勤務で乗艦する。
冬場には風疹で困る事があった。艦内に感染症持ち込まれるとすぐに広まる。
酷い時は半分がインフルエンザでやられた。風疹で副長がヘリで運ばれた事もある。



質問:オーストラリアへの潜水艦輸出が最近言われているが、どういった所を魅力に感じているのか。


海上自衛隊の潜水艦より静かな潜水艦は原則ない。
外に伝搬する通路を全て切ってある。
また、ヨーロッパの潜水艦は北大西洋の冷たい海で活動しているが、日本の潜水艦は寒い所から温かい所まで活動している。南の海でシュノーケルで外気を入れると、室温が42、3度、湿度100%。コンピュータがダウンしたこともあった。今は改善している。


質問:先ほど喫煙の話がありましたが、大戦中の米潜水艦は艦内の水素濃度が1%を超えると禁煙になったというが、海上自衛隊ではあったのか。


保守管理で月1で均等充電というのをやる。バッテリーを空っぽにして、一気に充電する。
この間は水素が出るので禁煙だが、停泊時にやるので乗員は外に出ている。
通常の航海で水素が出るような充電はしない。



質問:原子力潜水艦を持つべきだと思いますか。


潜水艦である程度秘匿性を保ちつつ推進出来るのは15ノット以下。
原子力潜水艦は機関を止めても、高温高圧蒸気のパイプの音は決して消す事が出来ず、通常潜に比べ静音性に劣る。
フォークランド紛争でイギリス海軍が費やしたリソースの大部分は、アルゼンチン海軍の通常動力潜水艦を警戒した膨大な対潜努力。このロスが測りきれない効果を持つ。



質問:潜水艦の増勢の方針についてどう思われますか。


元潜水艦乗りにも喜んでいる人がいるが、喜べない。潜水艦要員養成の事を考えていない。
潜水艦16隻は重要海峡に3ローテーションで貼り付ける為という理由付けがされているが、今回の増勢でもそうなのか。

防大60年の歴史で、潜水艦適性があるのを優先してとったのは私がいた防大14期のみ。
潜水艦教育訓練隊の物理的なマスが飽和している。物理的な能力拡充無しに潜水艦拡充が決まっている。



質問:中国の潜水艦について


中国の潜水艦は海底のドロ巻き上げながら高速で動いている。
黄海の水深4,50メートルのところを、海底から10メートルで高速で突っ走っているので、潜水艦が通ると、海底のドロを巻き上げ黄色い帯が出て空から分かる。

潜水艦に関しては中国海軍のやっていることが分からない。何の脈絡もない。
中国では「上に政策あり、下に対策あり」という言葉があるが、上のベストチームがやったものは素晴らしいが、下の造船所に降りると同じ潜水艦でも悪くなるという事があるのではないか。
しかしながら、要員養成は間違いなく中国の方が日本よりちゃんとやっている。

また、中国PKOやリビアからの自国民避難など、これまで独立して動いていた中国海軍が、外交部や交通運輸部、商務部と連携をとるようになった事は注目される。




以上で講演は終了です。

潜水艦は注目されているが秘密が多い分野なだけに、実際に指揮を執られていた方の生の声は非常に貴重で、教育リソースが不足している状況で潜水艦を増勢する事への憂慮等は知る方だからこそ出た声で、これは広く知られて欲しく思います。

また、中国についても様々言及して頂きました。中国の海上権力の本の出版記念だから、ある意味本筋ですが……。中国海軍の軍備整備で潜水艦が脈絡無いというのは同感で、近年顕著な空母や駆逐艦、フリゲート艦の整備と比べて、中国の潜水艦の整備方針は異質です。ちょっとよくわかんない。

中国軍についての本についてもご紹介頂き、「中国の海上権力」共著者の浅野亮同志社大学教授の「中国の軍隊」も薦められておりました。両方とも入手して、サイン頂きました……。



関連書籍】

「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船~その戦略と発展状況」

「中国の軍隊」