2017年2月23日木曜日

「物言う軍人」。軍人としてのマクマスター新大統領補佐官

辞任したマイケル・フリン国家安全保障担当大統領補佐官の後任として、H.R.マクマスター陸軍中将が指名されたことが報じられています。

【ワシントン=黒見周平】トランプ米大統領は20日、新たな国家安全保障担当大統領補佐官にハーバート・マクマスター陸軍中将(54)を充てると発表した。
前任のマイケル・フリン氏はロシアとの密約疑惑で就任から1か月足らずで更迭された。トランプ氏は外交・安全保障の司令塔が空席となった異例の事態を早期に解消するため、米軍内で評価の高いマクマスター氏を起用したとみられる。

同じトランプ政権の要人では、先日来日したジェームズ・マティス国防長官は、「狂犬(Mad Dog)」「戦う修道士」との呼び名も相まって話題でしたが(「狂犬」の呼び名については、拙稿「マティス国防長官、「狂犬」呼称は適切?」を参照頂きたい)、マクマスター中将もなかなか興味深いキャリアと個性の持ち主の人物です。

トランプ政権の動向を世界中が注視している中、アメリカの外交・安全保障に大きな影響を及ぼす新たな大統領補佐官にも注目が集まっています。そこで、今回はマクマスター中将の経歴や個性について、ざっと紹介したいと思います。


指揮官として

マクマスター中将のキャリアの中で著名なのは、1991年の湾岸戦争での「73イースティングの戦い」と呼ばれる戦いでの活躍です。マクマスター大尉(当時)は、自身が搭乗するM1A1戦車、愛称"マッド・マックス"を始めとした戦車9両を中核とするイーグル(E)騎兵中隊を率いて、イラクの精鋭部隊である共和国親衛隊のT-72戦車を有する4倍の勢力を持つ敵部隊に一方的な勝利を収めます。この勝利は「湾岸戦争で最も劇的な勝利」と呼ばれ、マクマスター大尉が頭角を表すきっかけになります。

マクマスター大尉が搭乗・率いたM1A1エイブラムス戦車。残念なことにV8ではない
このような輝かしい戦車戦の戦果を持つ一方で、2005年には第3機甲騎兵連隊長として、イラク北部の都市タル・アファールの治安を安定化した功績を挙げるなど、通常戦闘一辺倒ではない軍人である事が窺えます。しかし、このような功績を挙げても准将への昇進を2年連続で将官で構成される委員会に拒否されるなど不遇が続きましたが、"学者戦士"として知られるディビット・ペトレイアス大将(オバマ政権時にはCIA長官)が委員長になると昇進を果たし、将官となります。


物言う軍人

治安戦について高い学識を持つペトレイアス退役大将と同じく、マクマスター中将も"学者戦士"と呼ばれ、軍にいながら積極的な著述活動も行っています。特に知られている1997年に発表した著書"Dereliction of Duty"(責任放棄)では、ベトナム戦争におけるアメリカの戦争指導を分析し、統合参謀本部がアメリカ政府首脳部の誤りを分かっていながら、それに迎合して率直に意見を述べる事を怠ったことが、ベトナム戦争の敗北に繋がったと批判しています。このマクマスター中将の主張に対しては異論も多いものの、軍人として政府に「率直に物を言う」姿勢が明確に現れています。

また、ブッシュ政権のラムズフェルド国防長官の時代に顕著だった、アメリカ軍のテクノロジー傾倒について批判的なのも特徴です。テクノロジーを単に否定するのではなく、軍事における不確実性を表す「戦場の霧」をテクノロジーが解消するという議論について、テクノロジーにより「戦場の霧」が減少したことは認めつつも、イラク戦争を例に出し、戦争の本質としての不確実性は消滅していないと主張しています。また、大のPowerPoint嫌いなことも知られています。(同様にマティス国防長官もPowerPoint嫌い)

このような自らも主張する軍人足らんとするマクマスター中将ですが、自著の主張を実践するなら、政権と意見を異にした場合は「物を言う」立場になるでしょう。その場合、トランプ大統領らと衝突することになるかもしれません。

トランプ政権に多く物を言い、安全保障政策の修正する役割を果たすのか(ただし、マクマスター中将の方針が正しいかは別)、あるいは相容れず去ってしまうのか、それとも様々な制約から「物言わぬ軍人」になってしまうのか。マクマスター中将が今後も目の離せない人物なのは間違いないでしょう。


【参考】

河津幸英 「湾岸戦争大戦車戦(下) (史上最大にして最後の機甲戦)」イカロス出版
調査研究報告書『平和構築と国益 豪日協力モデルによる挑戦』特定非営利活動法人・国際変動研究所
菊地茂雄 「「イラクの自由」作戦の米軍のトランスフォーメーションに対する影響」防衛省防衛研究所
菊地茂雄「「アドバイザー」としての軍人」防衛省防衛研究所

2017年2月4日土曜日

マティス国防長官、「狂犬」呼称は適切?

米トランプ政権の閣僚として初の来日となったマティス国防長官のキャラクターが話題です。マティス長官の"Mad Dog"という異名から、日本のメディアでは「狂犬」として紹介される一方、7000冊を超える蔵書を持つ読書家であることが、相反する要素を持ち合わしているとして受け止められているようです。

初外遊の日韓歴訪を開始したジェームズ・マティス米国防長官(66)は、アフガニスタン戦争やイラク戦争で実戦を指揮し、「狂犬」の異名で知られる一方、「国防総省随一の戦略家」とも評される。

しかし、報道やネット上の反応を散見すると、これらの個性が十分理解されていない面もあるのではないかと感じました。そこでこの記事では、「狂犬」という呼び名が持つ意味、そして読書家である事が意外な一面として捉えられている事について、考えていきたいと思います。


「魔犬」海兵隊出身

まず、「狂犬」という異名について、少々誤解があるのではないでしょうか。「恐れられている」という否定的な側面を紹介する報道もあれば、 "Mad Dog"を「狂犬」と訳すのは誤訳とする報道もあります。はては「狂犬」を失礼とする意見も見られました。

しかし、ここで注意すべき点は、「犬」という呼び名は、マティス長官の出身であるアメリカ海兵隊においては、特別な意味を持っていることです。そこを踏まえないと、"Mad Dog"の意味を誤読してしまうと思います。

第一次世界大戦中の1918年。大戦に参戦したアメリカ海兵隊は、パリに迫るドイツ軍とフランスのベローの森で対峙します。この時、度重なるドイツ軍の猛攻に耐えたことで、海兵隊はドイツ軍側から「魔犬(Teufel hunden)」と呼ばれることになります。ドイツ軍が名付けた魔犬の呼び名は、当の海兵隊側が気に入ったことで、"devil dog"を自称するようになり、それは当時の海兵隊採用ポスターにも見られます。


1918年の米海兵隊募集ポスターで登場する"魔犬"(右)

つまり、海兵隊にとっては、犬は自身を表す象徴的な存在であり、現代でも使われている呼び名でもあります。海兵隊出身者であるマティス長官が「犬」と呼ばれることに関しては、'''敵に恐れられているという名誉の証であって、不名誉でもなんでもない'''のです。そもそも、"Mad Dog"という呼び名は、当のトランプ大統領の就任前のツイートにも見られます。




「犬」という訳に反発する向きもありますが、海兵隊出身のマティス長官にとって、「犬」は象徴的な存在であることは無視出来ません。また、"Mad"を「狂」と訳すことにも異論はあるでしょうが、そもそも海兵隊自身が"devil"「魔」です。「猛犬」という訳もあるでしょうが、「狂犬」という訳を誤訳とは見なすのも難しいのではないでしょうか。


現在も海兵隊のマスコットであるブルドッグ(DIMOCより)

読書家の軍人

日本の一般的なイメージとして、戦士としての軍人と教養が結びつきにくい、ということがあるかもしれません。このことが、強硬な一面と読書家という一面を併せ持つマティス長官の個性に注目する一因でもあるのかもしれません。

しかし、高級軍人が高い教養や学識を持つことは、意外なことではありません。マティス長官と同世代のアメリカ陸軍の軍人に、デヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将がいます。ブッシュ政権下でイラクでの治安戦に成果を上げ、オバマ政権下ではCIA長官を務めたペトレイアス大将は、治安戦に対する造詣が深く、プリンストン大学で博士号を取得した経緯から、"warrior scholar"(学者戦士)との呼び名がありました。


「学者戦士」デヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将

ペトレイアス大将の学識の深さは、アメリカ軍人の中でも際立っている特別な例ですが、「戦士」である軍人が高い教養や学識を持つことは、現代のアメリカ軍にあってそう珍しいことではなく、修士号以上の学位を持つアメリカ軍高官は珍しくありません。世界的に見ても、防衛省が2007年に発表した報告書では、「幹部自衛官における修士以上の学位の保有者は、全体の数%であるのに対し、諸外国の士官については、現段階で確認できたものとして、全体の半数近くに達する例もみられる」としています。マティス長官が読書家である事が意外性を持って日本で伝えられているのも、こういう背景があるのかもしれません。

また、ローマ帝国の五賢帝の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスが著した「自省録」が座右の書であることも興味深く報じられていますが、西欧・米国で高い地位にある人にとって、古典の教養を持つことが重要であるのはよく言われていることです。そもそも、高い地位にある人物が、史実でもない娯楽歴史小説を「座右の書」として自己紹介している日本の方が特殊なのかもしれません。マティス長官が特別なのかと言われると、確かに高い教養の持ち主かもしれませんが、高級軍人では決して珍しい存在ではないのではないでしょうか。

そもそも、教養の高さとタカ派的態度は相反するものではありません。そして、まだ就任して一ヶ月も経っていないマティス長官ですが、来日時の言動については、以前の国防長官の路線からそう外れるものでもありません。日本としては、「狂犬」や「読書家」といったイメージに引きずられることなく、今後もトランプ政権の動向と併せて注視していくべきではないでしょうか。

【参考になる資料】

野中郁次郎「アメリカ海兵隊―非営利型組織の自己革新 (中公新書)」