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2017年2月4日土曜日

マティス国防長官、「狂犬」呼称は適切?

米トランプ政権の閣僚として初の来日となったマティス国防長官のキャラクターが話題です。マティス長官の"Mad Dog"という異名から、日本のメディアでは「狂犬」として紹介される一方、7000冊を超える蔵書を持つ読書家であることが、相反する要素を持ち合わしているとして受け止められているようです。

初外遊の日韓歴訪を開始したジェームズ・マティス米国防長官(66)は、アフガニスタン戦争やイラク戦争で実戦を指揮し、「狂犬」の異名で知られる一方、「国防総省随一の戦略家」とも評される。

しかし、報道やネット上の反応を散見すると、これらの個性が十分理解されていない面もあるのではないかと感じました。そこでこの記事では、「狂犬」という呼び名が持つ意味、そして読書家である事が意外な一面として捉えられている事について、考えていきたいと思います。


「魔犬」海兵隊出身

まず、「狂犬」という異名について、少々誤解があるのではないでしょうか。「恐れられている」という否定的な側面を紹介する報道もあれば、 "Mad Dog"を「狂犬」と訳すのは誤訳とする報道もあります。はては「狂犬」を失礼とする意見も見られました。

しかし、ここで注意すべき点は、「犬」という呼び名は、マティス長官の出身であるアメリカ海兵隊においては、特別な意味を持っていることです。そこを踏まえないと、"Mad Dog"の意味を誤読してしまうと思います。

第一次世界大戦中の1918年。大戦に参戦したアメリカ海兵隊は、パリに迫るドイツ軍とフランスのベローの森で対峙します。この時、度重なるドイツ軍の猛攻に耐えたことで、海兵隊はドイツ軍側から「魔犬(Teufel hunden)」と呼ばれることになります。ドイツ軍が名付けた魔犬の呼び名は、当の海兵隊側が気に入ったことで、"devil dog"を自称するようになり、それは当時の海兵隊採用ポスターにも見られます。


1918年の米海兵隊募集ポスターで登場する"魔犬"(右)

つまり、海兵隊にとっては、犬は自身を表す象徴的な存在であり、現代でも使われている呼び名でもあります。海兵隊出身者であるマティス長官が「犬」と呼ばれることに関しては、'''敵に恐れられているという名誉の証であって、不名誉でもなんでもない'''のです。そもそも、"Mad Dog"という呼び名は、当のトランプ大統領の就任前のツイートにも見られます。




「犬」という訳に反発する向きもありますが、海兵隊出身のマティス長官にとって、「犬」は象徴的な存在であることは無視出来ません。また、"Mad"を「狂」と訳すことにも異論はあるでしょうが、そもそも海兵隊自身が"devil"「魔」です。「猛犬」という訳もあるでしょうが、「狂犬」という訳を誤訳とは見なすのも難しいのではないでしょうか。


現在も海兵隊のマスコットであるブルドッグ(DIMOCより)

読書家の軍人

日本の一般的なイメージとして、戦士としての軍人と教養が結びつきにくい、ということがあるかもしれません。このことが、強硬な一面と読書家という一面を併せ持つマティス長官の個性に注目する一因でもあるのかもしれません。

しかし、高級軍人が高い教養や学識を持つことは、意外なことではありません。マティス長官と同世代のアメリカ陸軍の軍人に、デヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将がいます。ブッシュ政権下でイラクでの治安戦に成果を上げ、オバマ政権下ではCIA長官を務めたペトレイアス大将は、治安戦に対する造詣が深く、プリンストン大学で博士号を取得した経緯から、"warrior scholar"(学者戦士)との呼び名がありました。


「学者戦士」デヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将

ペトレイアス大将の学識の深さは、アメリカ軍人の中でも際立っている特別な例ですが、「戦士」である軍人が高い教養や学識を持つことは、現代のアメリカ軍にあってそう珍しいことではなく、修士号以上の学位を持つアメリカ軍高官は珍しくありません。世界的に見ても、防衛省が2007年に発表した報告書では、「幹部自衛官における修士以上の学位の保有者は、全体の数%であるのに対し、諸外国の士官については、現段階で確認できたものとして、全体の半数近くに達する例もみられる」としています。マティス長官が読書家である事が意外性を持って日本で伝えられているのも、こういう背景があるのかもしれません。

また、ローマ帝国の五賢帝の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスが著した「自省録」が座右の書であることも興味深く報じられていますが、西欧・米国で高い地位にある人にとって、古典の教養を持つことが重要であるのはよく言われていることです。そもそも、高い地位にある人物が、史実でもない娯楽歴史小説を「座右の書」として自己紹介している日本の方が特殊なのかもしれません。マティス長官が特別なのかと言われると、確かに高い教養の持ち主かもしれませんが、高級軍人では決して珍しい存在ではないのではないでしょうか。

そもそも、教養の高さとタカ派的態度は相反するものではありません。そして、まだ就任して一ヶ月も経っていないマティス長官ですが、来日時の言動については、以前の国防長官の路線からそう外れるものでもありません。日本としては、「狂犬」や「読書家」といったイメージに引きずられることなく、今後もトランプ政権の動向と併せて注視していくべきではないでしょうか。

【参考になる資料】

野中郁次郎「アメリカ海兵隊―非営利型組織の自己革新 (中公新書)」

2013年9月2日月曜日

【告知】Yahoo!ニュース個人に「自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味」掲載

Twitterでも告知しましたが、Yahoo!ニュース個人に記事を投稿しました。

自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース

先日、2回連続でブログに載せた海兵隊記事を1つに統合し、リライト及び写真追加したものです。
まだ見てやるぜという方は見ていってやって下さい。

2013年8月25日日曜日

自衛隊に海兵隊機能を持たせる前に、そもそも海兵隊ってなんなのさ?<前編>

最近、自衛隊に「海兵隊機能」を持たせる、という報道が相次いでなされています。

朝日新聞デジタル:自衛隊に海兵隊機能 新防衛大綱の中間報告 - 政治

自衛隊に海兵隊機能、無人機も導入へ 防衛大綱中間報告 - MSN産経ニュース

報道では海兵隊機能について、V-22オスプレイや水陸両用車の配備によって、離島奪還のための水陸両用作戦機能を強化することと説明しているようです。ですが、装備などのハードウェア面のみで海兵隊機能と言うのは、些かの違和感があります。

今回は、自衛隊が範としようとしているアメリカ海兵隊から、「海兵隊機能」とは何なのかについて、考えて行きたいと思います。

ドーンブリッツ2013で海兵隊員と打ち合わせを行う自衛隊員(海兵隊サイトより)

第4の軍


まず、アメリカ海兵隊とはどのような組織なのでしょうか。海兵隊は海軍に属する組織だと思われがちですが、海軍からは法的に独立した組織であり(調達など、海軍が行う業務もありますが)、陸海空軍に続く「第4の軍」として機能しています。

現在の海兵隊は陸戦要員となる海兵隊員に加え、戦車、航空機などを自軍で保有しており、海兵隊のみで陸海空軍の機能を備える自己完結性と緊急展開能力がその特徴となっております。しかし、海兵隊が現在に近い形になったのは歴史的に見れば第二次大戦の前後からで、海兵隊は誕生からの長い間、海軍と陸軍の間でその存在意義が問われていた存在でした。

1775年に誕生したアメリカ海兵隊は、海軍艦艇内の規律を保つ警察要員、または上陸時の警護要員としての役割が与えられており、ペリーの浦賀来航時にも200名の海兵隊員が護衛として上陸しています。植民地獲得競争の時代には、植民地における米国人の保護や海賊退治などが主任務で、戦争に海兵隊が大々的に参加するようになったのは第一次大戦になってからです。
第一次大戦でドイツ軍がパリに迫った際、陸軍の補助として参戦していたアメリカ海兵隊が、ベローの森にてドイツ軍の猛攻を防ぎきった事で海兵隊は賞賛されます。しかし、陸上で陸軍と変わらない戦闘をするならば、それを海兵隊がやる必要性はありません。第一次大戦後の軍縮では、海兵隊は大きく削減され、陸軍との予算を巡る争いの中、海兵隊の存続を危ぶむ声が海兵隊内部から出ました。



新たな使命の創造


第一次大戦後、海兵隊は自身の存在意義、新たな任務を見出します。第一次大戦の勝利により、ドイツから南洋諸島を獲得した日本が、太平洋におけるアメリカの新たな脅威となり、将来の日本との戦争に備えたオレンジ計画が準備されます。その策定の中、海兵隊のエリス少佐が、太平洋に点在する日本軍の拠点を順次奪取し、島嶼伝いに直接日本本土を叩く方針を示します。この方針を実現する為の手段として考えられたのが「水陸両用作戦」で、海兵隊がその任を担うものとされました。海兵隊は陸軍にも海軍にも出来ない、水陸両用作戦という新たな任務にその存在意義を見出すことになり、その実効性は第二次大戦における日本との戦闘の中で証明される事となります。

第二次大戦後、海兵隊は水陸両用作戦にとどまらず、新たな任務を見出していきます。朝鮮戦争やベトナム戦争を経験し、船艇による上陸作戦のみならず、ヘリコプターを利用し紛争地に迅速に展開する即応軍として海兵隊は変化していきます。即応性を新たな存在意義とした海兵隊は、「アメリカの911(日本の110番に相当する緊急通報番号)フォース」と呼ばれるまでに至っています。

このように自身の存在意義を問われ続けてきた海兵隊は、自身を絶えず革新することで存在意義を見出していく組織文化を持っており、このことをして「海兵隊は使命を創造する」と評価されています。


<続くよ>


【関連書籍】