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2015年3月12日木曜日

書評:「アイラブユーゴ」「アイラブユーゴ2」

ここんとこ、レビュー記事ばかりなのはどうかと思われるかもしれませんが、本書は社会評論社のハマザキカク氏より2巻をご献本頂いたにも関わらず、Twitterのみでの紹介は不義理もいいとこですので、しっかりブログにてレビューを残したいと思います。



アイラブユーゴ、表紙並べると1つの写真になる構成


さて、私のように90年代後期に小難しい事が分かるようになってきた世代にとって、旧ユーゴスラヴィアは血みどろの内戦と虐殺といった暗いイメージばかり付きまといます。もう少し世代が上なら、1984年のサラエボオリンピックのイメージかもしれないし、もっと遡れば、社会主義国でありながら他とは一線を画す外交を展開する国といったイメージもしれません。あるいは、今の世代ならオシムやハリルといった日本代表監督を輩出したサッカーなんでしょうか?

ともあれ、私にとってのユーゴ原体験というのは、内戦とか民族浄化とか、どうしようもなく暗い話ばかりです。他方、旧ソ連もダークとは言えないにしても灰色のイメージが長らく付きまとっていましたが、2000年代以降はずいぶんと情報が入るようになり、イメージも幾分和らいだものになっています。マクシム・コロミエーツとか、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの著作を読んで、なるほどソ連(軍)にもこういう事情や苦悩があったのかと理解出来るまでにはなりました。90年代に言われてた大戦中の話なんて、もう悪の帝国ブッチでしたからね、ソ連。最近、また逆コース辿ってますけど。


話をユーゴに戻しましょう。


2000年代に名誉回復(?)を果たしたソ連に対し、ユーゴは微妙です。つい最近になってTwitterで知りましたが、1995年に放映された名作ドキュメンタリー、NHKスペシャル「映像の世紀」第10集『民族の悲劇 果てしなく』の中で、旧ユーゴ構成国のクロアチアのプロパガンダとして紹介された映像が、実は右傾化プロパガンダを批判する映像作品だったとか。



togetter:Nスペ「映像の世紀」でクロアチアのプロパガンダとして紹介された映像、実は逆に右傾化やプロパガンダを批判するビデオクリップだった件


プロパガンダ批判がプロパガンダそのものとして公共放送で紹介されていたわけですが、20年間真逆のものと信じていたので軽い衝撃でした。この件については、何故真逆の意味に報じられたか検証してくれれば嬉しいのですが……。(※:ハマザキカク氏よりコメント頂いたところ、あのプロパガンダ映像には更に別の見方があるそうです。よく知られていない国の事だけに、わずかな断片情報だけでも大きな影響を与えうる事の見本のようです)

このように、我々日本人にとってのユーゴ感というのは、公共放送であるNHKが本来とは真逆の意味で伝えていたように、実際のユーゴとは違う、あるいは一部分だけを捉えた、陰鬱なイメージが未だに蔓延っているのではないかと思います。


さて、本書は1巻がユーゴスラヴィアの民族・言語・宗教・政治について、2巻は幾分か生活にシフトして経済や産業、インフラ、スポーツについて紹介しています。

このシリーズに共通しているのは、政治や社会、経済といった事象の解説であっても、人を中心とした写真を多く配している点です。政治を扱った1巻でも、ティトーを中心とした人々から、パルティザン、抗議の学生、兵士たち、TVの女子アナと、政治家に留まらない様々な階層のユーゴスラヴィア人の写真を配しています。これらの写真はほぼカラーによるもので、色彩豊かな人々と街が与える印象は、これまでの暗いユーゴイメージを覆すインパクトがあります。

出典が何だったかは思い出せないのですが、冷戦中に笑うソ連の子供の写真を見たアメリカ人が「ソ連でも子供は笑うのか」と驚いた話によく似て、当たり前の事でも普段接する報道によって想像力が及ばない・阻害される事がままあるのだなと痛感します。特に新聞は白黒写真での配信が未だに多いので、色彩が伝わる事がありません。ユーゴ内戦で象徴的にメディアに出てきた、ユーゴスラヴィア共産主義者同盟中央委員会が入っていた高層ビル(UŠĆE Tower)も、当時の廃墟から打って変わって、現在は綺麗なビルになっているとは知りませんでした。その他、無味乾燥に見えた社会主義によく見られる集合団地も、多様なデザインに溢れていたのかと驚かされます。


UŠĆE Towerの現在の姿

カラー写真を多く配し、ユーゴの「カラー」を描き出す構成もさる事ながら、解説本文も手を抜いていません。ユーゴの成立から政治体制、社会の基本的説明から、ユーゴでの原子力研究やユーゴスラヴィア航空の事など、他で中々目にする事の無い情報も記されており、日本語で読めるユーゴ資料としても価値があると思います。


アイラブユーゴを読んだ事で、これまでの陰鬱なイメージに占められていた私の中のユーゴ感に大きな変化があった事は言うまでもありません。正直な所、多くの日本人(私も)にとって、ユーゴは興味の対象の焦点にある国とは言い難いと思います。にも関わらず、このように興味を引く体裁でユーゴ本を出し、ユーゴのイメージ変革を促してくれた事は誠にありがたいと思っております。


統一国家として消滅し、日本では忘れ去られつつあるユーゴスラヴィア。もし貴方の記憶にある内戦の火煙と陰鬱な表情の国ユーゴが薄れつつあるなら、多様な民族からなる人々が自分たちの掲げる社会主義の理想(頻繁に変わるけど)の下で暮らしていた国でもあったと、記憶をリフレッシュしてみるのも良いかもしれません。


【関連】




2014年6月7日土曜日

【書評】「舞廠造機部の昭和史」が面白い

先月刊行されたばかしの本ですが、岡本孝太郎「舞廠造機部の昭和史」(文芸社)が面白かったです。



この本は、舞鶴海軍工廠造機部(艦艇の機関を担当する部署です)部員の親睦会である、「鶴桜会」の会誌をまとめて出版したもので、平成元年に鶴桜会から出版されていたものの復刊のようです。

海軍工廠は各鎮守府直轄の軍需工場で、舞鶴海軍工廠は舞鶴鎮守府が設立された明治34年(1901年)に舞鶴造船廠としてスタートしたものが、明治36年(1903年)の「海軍工廠条例」で、それまでの造船廠、兵器廠、需品庫を合わせて舞鶴海軍工廠へと改編されました。この条例により、横須賀、呉、佐世保、舞鶴の各鎮守府に海軍工廠が置かれる事になります。

舞鶴鎮守府は4鎮守府のうち最も後発で、海軍軍縮条約時代には要港部に格下げとなり、それに伴い工廠も工作部となるなどの紆余曲折もありましたが、昭和14年に再び鎮守府・工廠に復帰します。

舞鶴海軍工廠の特色として、舞鶴の限られた土地に設立された為、主として駆逐艦の建造を担っていた点です。ほとんどの駆逐艦は舞鶴工廠で1番艦が建造されるなど、駆逐艦の建造で主導的な役割を果たしていました。

さて、本書は「昭和史」と銘打っているものの、中身は明治の設立から終戦の解散までカバーしています。恐らくは最初に出版されたのが平成元年だったので、敢えて「昭和史」というタイトルを付けたのだなと思います。明治から時代を追ってエピソードを紹介しており、会誌に掲載された回想の再録という形態もあってか、話にまとまりが欠けていて、特定の艦や技術について詳細に知りたい方には不向きかもしれません。ですが、技術の試行錯誤や時代の空気の変化を感じさせるエピソードなど、小ネタの宝庫で読み物としても面白いです。

舞鶴工廠の強みだった駆逐艦建造や、機関、溶接技術についてのエピソードが多く収録されています。例えば、高速発揮時の駆逐艦島風では、速すぎて両舷の手摺りが折れないように全て内側に倒し、艦橋から艦尾に張ったロープを乗員が掴んで艦上を移動していた等、艦の要目を見ても知る事の出来ない話が多数あるのが嬉しいですね。

戦艦や空母のような大型艦と違って、あまり注目されてこなかった駆逐艦ですが、艦隊これくしょんブームで各駆逐艦にも注目される中で、駆逐艦専門工廠だった舞鶴工廠の本が復刊されたのは大変良い事だと思います。アマゾンでは品薄のようですが、他のオンライン書店で在庫があるとこもあるので、興味を持たれた方は是非読んでみて下さい。




【関連リンク】


Amazon.co.jp:岡本孝太郎「舞廠造機部の昭和史」

楽天ブックス:岡本孝太郎「舞廠造機部の昭和史」






舞廠造機部の昭和史
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著者:岡本孝太郎
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2014年1月31日金曜日

【書評】井上孝司「軍事とIT 空の巻」

ツイッターの方で既に呟いていますが、テクニカルライターの井上孝司氏がマイナビニュースに連載している「軍事とIT」が、空関係の記事をまとめて電子書籍化されました。




ところが、Amazonで初っ端からトンチンカンな星1レビューが付いており、これは酷い風評被害だと私の方でレビューを書きました。その転載です。


<以下転載>

著者の井上氏は元日本マイクロソフトのITエンジニアで、現在はテクニカルライターとして、OSからネットワーク、仮想化等の幅広いIT領域についての著述活動をされている。近年の兵器開発では特に電子装備において、商用の既成品を用いる所謂”COTS"が行われるようになり、軍事技術と民生用ITの境界が曖昧になりつつあるが、そのような軍事技術とITの切っても切れない関係を、ITに造詣の深い井上氏が解説するのだから、これ以上の人選は無いだろう。


本書はマイナビニュースに連載されていた記事のうち、空関係の記事をまとめた電子書籍で、F-35戦闘機、イージス艦によるミサイル防衛、無人機の3章で構成されている。これらの兵器システムにITがどのように関与し、従来兵器からどのように進歩したかがわかりやすく解説されており、また全ての章で要となるネットワークの解説にも多くを割いている点も見逃せない。兵器単体だけでなく、それがネットワークの中でどのような意味を持つのか、ネットワークをどう利用するのかといった事は、現代戦の勝敗を決定づける重要な要素だが、ネットワークの専門家でもある著者だけに、そこもしっかりとカバーされていて安心して読める。


軍事とITはややこしい分野で理解が難しいが、初学者向けのIT関連テキストも数多く執筆されている著者だけあって、初心者が躓くワードに対しては噛み砕いた解説を行うなどの気配りが行き届いている。逆に言えば、ある程度軍事やITに詳しい人には冗長にも思えるかもしれないが、改めて平易な言葉で解説されると、自分が知っていたつもりになっていた事柄が、とんでもない誤解をしていたと気付かされる事もある。変化のスピードが早い領域なだけに、知識のリフレッシュを図る上でも目を通したい。


日本に軍事関連雑誌は多々あるが、そこで連載されているコラムや解説記事は、雑誌掲載されただけで単行本化される事はほとんど無かった。今回のように、連載が電子書籍化という形で低コストでまとめて読めるのは大変嬉しいし、この流れが軍事雑誌界隈にも浸透する事を望みたい。著者にとっても、出版社にとっても、なにより読者にとってもメリットは大きいと思うのだけど……。


<転載終わり>


これはぜひ読んで頂きたいですね。マイナビニュースでまだ読めるけど、社会人ならマストバイ。安いし、場所取らないんだから。



2013年6月30日日曜日

書評:広中一成「ニセチャイナ」(社会評論社)

久しぶりに書評をしたい、多くの人に紹介したいと思わせる本でしたよ、「ニセチャイナ」。

広中一成「ニセチャイナ」(社会評論社)

この表紙のイロモノっぷりに騙されてはいけない。

本書は20世紀中国に数多く存在した政権のうち、「親日傀儡政権」のみを特集した一般書という、かなり珍しい本。一般書だけあって、本文ではですます調が徹底され、徹頭徹尾読みやすさに気を払われているのも高ポイント。

「20世紀中国政権総覧」シリーズの第一巻として企画された本書では、満州事変以後に日本が占領地内に擁立した傀儡政権のうち、代表的な6カ国(満州国、蒙古聯合自治政府、冀東防共自治政府、中華民国臨時政府、中華民国維新政府、汪兆銘政権)の成立から崩壊に至るまでの歴史を、当時の写真等の図表を交え振り返ります。

1939年の日本領及び傀儡政権(Wikiより引用

日本の傀儡政権と言えば満州国が有名ですが、本書では前述の通り、満州国含め6カ国を取り上げます。満州国以外はマイナーと言ってもいいのに、それを6カ国も紹介ですよ、6カ国も。でも、日本が敗戦する前に消えた、吸収された傀儡国家も入れれば、もっと多くの傀儡政権が。どんだけ傀儡政権抱えてんだよ、帝国日本。

本書がなんと言っても面白いのは、混迷の渦中にある中国で、傀儡国成立に携わった日中の人間のモザイク模様。どいつもこいつも一癖も二癖もある。

皇帝への復権を諦めていない溥儀、チンギス・ハーンの偉業に憧れ満蒙再興を目指す蒙古人、チベットで権力闘争に負けて中国に逃げてきた活仏、反日よりも日本の近代化に学ぶ方が賢明と考えた中国要人らの意思に、占領地の治安を確立させたい陸軍、対ソ連戦を見据えた石原莞爾ら陸軍参謀、新国家建設を夢見た理想主義者(指揮者小澤征爾のオヤジ達だ)、グローバル人材の成れの果ての様な大陸浪人達。
それらの多種多様な思惑が、絡んで生まれ出た傀儡国家の数々。
まさに混沌としか言い様がない。

出てくる皆が皆、無茶をやらかす。内戦状態の中国は言うに及ばず、政府・軍・関東軍とコンプライアンス不在の日本の状況がそれに拍車をかけていく。
そもそも、

満州を日本のものにしようぜ!
国内外の反発強いから独立国にするべ
ソ連コワイ!  対ソ戦に備えて満州国強化だ!
独ソ不可侵条約! うちも日ソ中立条約だ!
ドイツがフランス負かした! フランス領ベトナムおいしいです^q^
連合国とアメリカ怒ってる
アメリカに宣戦布告だ!

という満州事変以後の流れ。
いつ見ても分裂症気味というか、国家戦略としての統合を欠いていらっしゃるというか、その場凌ぎの泥縄対応だったんでしょうけど、それを一つの流れとして見ると、やはり理解できませんね。
教条主義化したコンプライアンスというのも考えものですが、存在しないとやはり恐ろしいものです。

こんなことで割を食うのはもちろん現地の中国人に、日中戦争で疲弊しきった上にアメリカと戦争までやることになった日本人。
満州国では中国人が田畑から追い出され、その跡を日本人に開拓させてみたものの、太平洋戦争勃発で開拓団の成年男子は徴用された上、ソ連侵攻で残された女子供は決死の逃避行と誰得状態。また、貧弱な傀儡政権の財源確保に阿片の売却益を充てようとしたら、その利益の大半は日本側機関に中抜きされ、市中にはアヘン中毒者が溢れる有様。

こんな破綻国家丸出しの傀儡国家達も、日本の敗戦と共にあっさり消え去ります。
本書では傀儡国家成立の過程を丹念に紹介する反面、解散の記述は至極あっさりしたもので拍子抜けするんですが、きっと本当に多くを記述できる経緯もなく、あっさりと消滅したんでしょう。
個人的には傀儡政権要人のその後が気になりますが、そこらへんは第2巻以降でカバーされているものと期待しております。



個人的に本書を読んでて一番の驚きは、傀儡中国における住民の教化機関、中華民国新民会の元幹部、岡田春生氏のインタビューが収録されていたことです。ご存命だったとことにも驚きましたが、一般書の体裁を取る本書で氏のインタビューがある事により驚きました。
岡田春生氏の著書「新民会外史 黄土に挺身した人達の歴史」は、 新民会の活動を伝える数少ない資料です。書店やアマゾンで手に入るような本でなく、置いてある大学図書館も限られており、読まれた方も少ないと思うのですが、日本の対中宣撫工作活動に興味のある方は、一読をオススメします。

新民会外史は稀少本もいいとこで手に入りにくいですが、最近は日本占領地域・傀儡政権下での宣撫工作機関を扱った本が相次いで出版されておりますので、ここでいくつか参考までにご紹介します。


知られざる県政連絡員―日中戦争での日々
県政連絡員とは、日本占領地域での宣撫工作を担った機関のうち、軍に属していた機関のことで、後に合理化の一貫で新民会に統合された組織です。
新民会との統合を巡っては、新民会と吸収された側の県政連絡員との内部対立が大きかったことが知られていますが、新民会よりもマイナーな県政連絡員の実情を教えてくれる、数少ない本です。

「華中特務工作」秘蔵写真帖: 陸軍曹長 梶野渡の日中戦争
ニセチャイナ著者の広中氏による著書。
こちらは、実際に工作に関わった陸軍担当者への聞き取りと、大量の写真により構成されたビジュアル読本です。
岡田氏へのインタビューもそうですが、近い将来に失われるであろう当事者の記憶を、聞き取り調査で掘り下げ記録する姿勢には頭が下がります。

これらの本と併せてニセチャイナを読むことで、面白みもより深まるものと思います。



ニセチャイナは20世紀中国の日本の傀儡政権を扱った一般書としては、類書が無いものです。
そのテーマも合わせ、混乱期の中国とそれに付け込む日本の有象無象達の動きは読んでいて大変面白いと同時に、その傀儡政権・日本の政策の細部の粗雑さと、全体の非人間性に背筋が寒くなること請け合い。

また、日中戦争の延長としての太平洋戦争という意味合いを理解する上でも大きな助けになると思います。傀儡政権の建国の為の陰謀から、財源として密輸や麻薬売買を躊躇なく行う日本が、いかに国際社会から信用を失って、戦争に突き進んでいったかが分かる。
自国の愚かな過去を知ることは悪いことじゃない。



ニセチャイナはアマゾンでも在庫なしの状況が続いていますが、本屋で探して買え。必買。あと、楽天ブックスでは在庫無いけど注文は受け付けてます。

ニセチャイナ 中国傀儡政権(20世紀中国政権総覧)

シリーズ出版を計画しても、途中で出版自体がポシャることの多いこのご時世、買って読むんだ。
なによりも、続刊を楽しみにしているオレのために。






2012年4月22日日曜日

書評:秦郁彦『陰謀史観』(新潮新書)

長い間放置プレイ状態で、Bloggerに移転後もなーんにもしていなかった当ブログでありますが、「週刊オブイェクト」が再開されたので、こっちもそろそろ動かなきゃいかんのかなあ、と思いつつも長い文章書くの嫌だなあ一生楽して生きたいなあ働きたくないでござるなどと、妄言スパイラルに陥る前に、じゃあ最近読んだ本でもレビュー&紹介するか、と思い立ったので早速実行するのです。

 最初の書評はこちらです。



 秦郁彦先生の近著、『陰謀史観(新潮新書)』です。
 秦郁彦先生と言えば、右に真珠湾ルーズベルト陰謀説があれば誌上で批判し、左で家永三郎が日和ったら「変節組」とdisり、海外で根拠レスな昭和天皇dis番組が作られようとすると手紙を出して大幅修正させ、自身が癌に罹ると『病気の日本近代史』なんて本を上梓したりと、政治思想や洋の東西、人間非人間に関わらず戦い続ける日本近現代史の論客でありますが、80歳にもなろうという現在もなおその闘魂は健在なようで、今回は「陰謀史観」にターゲットを絞り、そのものズバリな本を出してきました。

 『陰謀史観』は全5章から構成されており、新書という形態もあってか、ベストセラー『昭和史の謎を追う』 等の既刊でも取り上げられていた、田中上奏文や真珠湾ルーズベルト陰謀説等が語られ、秦郁彦著作を読んできた人にとっては既知の内容も多く含まれます。
 また、帯には「東京裁判、コミンテルン、CIA、フリーメーソン」なんて書かれていますが、CIA・フリーメーソンは第五章で駆け足的に触れられている程度であり、取り上げているのも幕末以降の近現代史的内容なので、総論的な「陰謀史観」として期待していると肩透かし喰らうと思います。読むにあたっては、以上の点を注意して下さい。

 本書では、中西輝政、渡部昇一、西尾幹二、江藤淳、藤原正彦、小堀桂一郎、田母神俊雄と言った右派論陣を俎上に載せ、中西以外の全員は「歴史の専門外のアマチュアの論客」であると断じ、また「彼らがこの種の「正論」を引っさげ、アメリカへ出かけて論戦しようと試みた形跡はなく、日本人の一部有志に訴える「国内消費用」の自慰的言論に終始した」(138頁)、とかバッサリ切り捨てているあたりがいかにも秦節でありますが、本全体では個別の陰謀史観単体を扱うのではなく、当時の風聞、ペーパープラン、電文等の諸々の情報から、陰謀論を生み出す背景的なものの説明に、特に前半は多くを割かれています。そういった意味では小ネタ満載ではあるのですが、いかんせんまとまりに欠けるのではないか? とは思うものの、対峙する陰謀史観が、かなり細々とした状況証拠や推測を元に構築されているので、これは致し方のないことかなあ、などと思うのです。あと、80頁で「連合艦隊旗艦大和」なんて出てきますが、これ長門の間違いでしょう。話の本筋に影響与えないレベルのミスですが、やっぱ気になったので一応。


 実を言うと、陰謀史観モノとしては、ちょっと期待が外れた感があったのですが、陰謀史観とは違うところで考えさせるところが幾つかありました。
 一章から二章にかけて、日露戦争前後から真珠湾攻撃までに日米両国で官民様々なレベルで相当数行われていた日米戦シミュレーションが紹介されているのですが、これが当時萌芽しつつあった地政学と結びつくことで、日米双方に必戦論が醸成されてしまい、最後には本当の戦争になってしまったのではないか、という疑問を呈しているところです。この指摘は自分には結構考えさせるところがあって、個人の行動から国家の意思決定まで、かなりの部分が長年の空想から生じた強迫観念で行われるのではないかと、根拠レスながら思ってしまうだけの何かがあります。ここいら、今後とも考えていきたいとこです。


 本書、今までの秦郁彦著作を「陰謀史観」をターゲットにして再編した、と言ったところが妥当かと思いますが、近年の田母神論文等を巡る論争(学術的にはまるで相手にされていないが)の論旨や論拠、その問題点を知る上でのブックレットとしては有用なものと思います。秦本を読んでいない人にこそオススメしたいとこですね。




おすすめ度:★
(五段階評価)