2013年6月1日土曜日

今更「自衛隊はサリンを製造していた」とか“スクープ”しちゃう、週刊金曜日の情弱っぷり

なんか、起きてツイッターのTL確認したら、こんな記事の話題があったんすよ。


元自衛官が「内部文書」元に証言、「私は自衛隊で毒ガスサリンの製造に関わっていた」(1/5) (週刊金曜日) - Yahoo!ニュース
 世界を揺るがした地下鉄サリン事件より数十年も前から、陸上自衛隊がサリンの製造をしていたことが複数の資料と証言で明らかになった。サリンだけではない。VX、タブンといった猛毒の殺人ガスも……。非核三原則と同様、日本政府は毒ガスについても「持たず、作らず、持ち込ませず」などと表明していたが、自衛隊によるサリン製造が事実なら、毒ガスをめぐる戦後の歴史が塗り替えられる可能性がある。陸自・化学学校に所属していたという元自衛官の証言から連載を始める。(本誌編集部/片岡伸行、5月17日号)


わぁい週刊金曜日。どらごな週刊金曜日大好き(電波浴的意味で)。

なんというか、週刊金曜日もよほどネタ切れなのか、こんな賞味期限が10年以上過ぎたネタをスクープとして持ってきてるあたり、末期的状況を自分から吐露しているみたいなもんですが、まあそれはさておいて、「戦後の歴史が塗り替えられる」ほどの話なんでしょうか。

記事にはこんなことも書かれています。


しかし、陸上自衛隊もこのサリンを開発・製造していた(いる)と報じたメディアは当時なかった。当時のみならず現在もなお、自衛隊がサリンなどの毒ガスを製造していることは知られていない。化学学校の活動自体が闇に包まれている。


えー?
自衛隊が過去に研究用にサリン製造していたことを報じたメディア一覧を、鼻くそほじりながらPCの前から一歩も動かずに30分ほどでまとめてみました。


自衛隊のサリン製造を過去報じていたマスコミ報道一覧


毎日新聞 1995年3月29日

 山梨県上九一色(かみくいしき)村にあるオウム真理教の施設を捜索している搜査当局は二十八日までに、押収した薬品を使って、サリン製造実験を近く行うことを決めた。施設内の薬品だけでサリン生成が可能であることを立証し、殺人予備の容疑を固めたいとしている。実験は、科学警察研究所を主体に、自衛隊化学学校の応援を得て行われる見通し。
オウムがサリン作ったことを実証するために、押収した薬物からサリン製造実験。


毎日新聞 1995年3月31日

 防衛庁によると、自衛隊は化学兵器による攻撃への対処策として、化学防護を研究し、装備も開発している。特に隊員が装備するガスマスクや化学防護服の研究開発のため、実験室レベルでサリンなどの神経ガスを年間数十グラム単位でつくり、マスクや防護服の耐久テストに使用してきた。しかし、化学兵器としての大量・高純度のサリンなどガス製造の経験やノウハウは保有していない。

週刊誌FOCUS 1995年7月5日

初公開された「陸上自衛隊化学学校」 サリン、ソマンも作っていた組織の素顔 ※オウム騒動で、表舞台に登場。第101化学防護隊と化学学校が初公開
別に化学学校も闇に包まれていなかった。


読売新聞 2005年6月6日 夕刊

 その約30年前の1964年から、陸自が研究用にサリンを製造していた事実は、あまり知られていない。
 “自衛隊アレルギー”が強かった時代。「自衛隊と毒ガス」の関係は国会で追及された。列国の軍が開発を競った猛毒の実物を使った毒ガスマスクの国産化などの研究は、世間の批判を恐れ、秘密にされた。
 「国会を騒がせる化学職種なんかつぶしてしまえ」。陸上幕僚長の一声で、陸幕化学課は70年代、化学班に格下げされた。その後、化学室になったが、陸自に14あった職種の中で、化学は約400人の最小職種に据え置かれた。
 山里さんが警察庁幹部に頼まれ、水面下で捜査協力したのは松本サリン事件が起きた94年夏。現場で検出した試料のデータを実物と比べ、サリンと断定できたのは化学学校だけだった。
 95年1月には警察から山梨県上九一色村の教団施設の空撮写真をこっそり見せられ、「これが製造現場」と助言した建物は、後にサリン工場と判明。施設の一斉捜索では、警察の機動隊が踏み込む前に、陸自の専門家2人が安全確認した。
 あれから10年。化学職種は約1000人に増員された。「虫けらみたいな存在だった化学職種が、サリン事件で国民の役に立てた」。山里さんはそう思う。
普通に1964年からサリン製造していたことが書いてあった。週刊金曜日は「そのサリンを、地下鉄サリン事件より二〇年以上も前に陸上自衛隊で製造していたという」と書いていたが、正しくは30年以上前だったという。


読売新聞 2010年6月7日 夕刊

 4月中旬、さいたま市の陸上自衛隊中央特殊武器防護隊の訓練に参加した。強毒のサリンや炭疽(たんそ)菌など化学・生物兵器を使った無差別テロの被害から市民を守るのが任務だが、15年前、地下鉄サリン事件が起きるまで、部隊の名前も任務も知られることはなかった。
 「それどころか、国会では化学兵器製造する恐ろしい部隊のようにも言われ、その度に悔しい思いをしてきた」と、部隊幹部の菱沼和則2佐(51)は振り返る。

やー。いっぱい出て来ましたね。安楽椅子探偵で30分調べただけですよ。
こんなネットで分かることだけで、「毒ガスをめぐる戦後の歴史が塗り替えられる可能性がある」とか書いちゃう週刊金曜日さん、パネエ。

で、読売新聞の比較的新しい方の記事にも書いてありますが、シミュレーション技術も未発達の時代に、毒物の実物無しにどうやって防護性能を担保した装備開発や運用研究ができるんでしょうか。こういう研究があったからこそ、地下鉄サリン事件や東日本大震災の原発対応もできたはずなんですが。

しかし、こんな私みたいなトーシロが30分調べただけで違うと分かる程度のクオリティの低いスクープ記事出して週刊金曜日も何がしたいんでしょうか。
こんな記事書いた情弱ライターはとっとと首斬るのがよろしいかと思われますが、あ、これ書いた片岡伸行って副編集長だった……(哀れみの目)。

結論:廃刊されたほうがよろしいかと。