2013年12月19日木曜日

中韓を嘲笑う前に、我が身を振り返ろうよ

少し前の話になるが、ある人(A氏)と何気なく政治について会話をしていた時、相手からこんな話題が出た。


「ところで、○○(ある野党政治家)って、在日らしいですね」


あまりに唐突で驚いたが、聞けばインターネットでその政治家の名前を検索すれば、在日外国人だという結果が出てきたからだという。確かに、その政治家の名前を検索エンジンにかければ、予測検索で「在日」「帰化」と言ったワードがすぐにサジェストされる。しかし、その政治家が在日外国人だという信用に足る記述はついぞ見たことがない。ネット上では他にも、左派・リベラルに近い政治家や文化人が在日外国人だとする書き込みも多く見られるが、彼らがそうだという話も同様に根拠が薄い。その話の根拠についてA氏に聞くと、ただネットに書いてあったから、というだけで、自分で来歴や家族関係を調べた訳ではないという。A氏は他にも、韓国や中国についての、ネガティブな話題を私に振って来た。

ここまで読んで、A氏は思慮も経験も足りない、ネット右翼被れの若者だと思われた方も多いかもしれない。ところが、A氏は初老と呼べる年齢で、海外経験も豊富で多くの外資系大手企業で勤務した経験を持つ取締役社長であり、左派・リベラルの文化人が(侮蔑を込めて)主張する「低所得・低学歴の若者」というネット右翼像からかけ離れていた人物であった。経営について深い洞察力を有しているはずのA氏が、ネット上の根も葉もない噂を何の疑問もなく他人に開陳した事に驚いたが、ある特定集団についてのネガティブな噂を、幅広い層の日本人が受容し、好んで「消費」されているのではないか、とこれ以後危機感を持つようになった。


中韓叩き記事が売れる今、戦争煽り記事が売れる戦前

現代中国に詳しいノンフィクション作家の安田峰俊氏が、最近の週刊誌事情について、こんなことをツイートされていた。

最近、複数の週刊誌関係の方に共通して出た話。「中韓叩き記事、正直僕らも大してやりたくないけど毎週のアンケートの人気高くて外せない。ここ一年ほど特に顕著」「『中韓はこんなに劣っている』か『日本は実はこんなにすごい』が受ける。毎回似た中身でも」。フリーの中国ライターには有難いけれどさ

2chのまとめサイトもそうだけど、情報の受け手がみずから望んで偏った情報を求めているんだもの。売る側はそういう人にお金落としてもらうために、偏ってるのを承知で煽り情報を売る。うーむ


そしてITか紙媒体かというギャップも意外とない。家でPCに張り付いてるアラサーニートも定年前後の不安におびえるおっちゃんも、「あまり考えずに気持ちよく消費する娯楽情報」についてはみんな(=少なくともビジネスが成り立つ規模の人数)欲するところは大して変わっちゃいねえとも言えるのよな


最近の週刊誌は、中国・韓国を叩く記事ばかり売れて、週刊誌側もそれを分かって中韓叩き記事ばかりを載せており、その傾向がこの1年が特に顕著だという。確かに、中国・韓国との外交問題による反発感情を受けてか、最近はその手の記事が誌面に載るのを多く見るし、書店に行けば中韓叩きの本と、日本がいかに素晴らしいか・他国から賞賛されているかという内容の本ばかりが平積みされているのが目立つ。相手を貶し、自分(が属する集団)を称える本が売れる傾向は、はっきり言えば自慰的で気味が悪い。

このように特定の記事ばかり売れるので、マスメディアもそれに追随した例は過去にもあった。先日の池上彰氏の戦争番組でも触れられていたが、第二次世界大戦前のマスコミは威勢のよい好戦的な記事が売れるからと、好戦的な戦争を煽る記事ばかり書いて国民を煽り続け、マスコミは未曾有の好況に湧いていた。当時のマスコミについて、社会学者で京都大学大学院の佐藤卓己准教授によれば以下の様な状況であった。

雑誌が売れて売れて仕方ない、しかも統制のおかげで返品がまったく無い、つまり出版社にとっては儲かって笑いが止まらないという状況でした。一方、新聞界でも、読売新聞の発行部数が100万に到達した時期であり、国民が戦況報道を求めて新聞に飛びついた時代です。メディア経営にしては好景気のバブル時代だったということです。



戦前の主要雑誌年間発行部数推移(佐藤卓己「教育将校・鈴木庫三の軌跡」より引用)

戦争を煽り続けた報道でバブルを味わったマスコミ人は敗戦後、軍にその責任をおっかぶせ、自分たちは言論統制の被害者であると装ったのだ。

また、現代中国の話ではあるが、ジャーナリストの福島香織氏のツイートによれば、中国でも日本をネタにした好戦的な記事はウケているらしい。
中国人が戦争をどう思っているかということについて、彼の意見が多数派を代表するものではありませんが、環球時報の1面に対日軍事強硬記事とかのると、売り上げがぐんと伸びるのは事実です。環球時報の編集者が言っとったよ。環球時報は低層社会に人気のある安価な新聞。


環球時報の話のみで、中国のメディアが全てが対日強硬論で売れていると言うつもりはない。しかし、日本の週刊誌に溢れる日中軍事衝突のシミュレーション記事を見て、これと同じことが中国でも起きていたら、と考えるのはあまり気分のいいことではない。現代史家の秦郁彦氏によれば、第二次世界大戦前の長い期間、日本とアメリカ双方のメディアでは、日米もし戦えばといった日米戦シミュレーション記事が賑わっていたとされる。秦氏はそれらの報道が当時広まりつつあった地政学概念と結びつき、日米必戦の雰囲気が醸成されたのではないかと指摘している。この指摘と、かつての日本のマスコミの大衆迎合の事実を合わせて考えると、それが意味するものは重い。



心地よい隣人のネガティブ情報

しかしながら、最近の中韓叩き記事はいささか事情が異なる。戦前はマスコミが記事需要を判断して自発的に煽ったものだが、近年の中韓叩きはネットが先導し、マスコミがそれを追随する形となっている。「在日特権を許さない市民の会」の会長も、元は韓国叩きサイトの管理人で、出版社から著書が刊行されるようになったのは最近のことである。

韓国叩きサイトが目立つようになったのは、2002年の日韓ワールドカップ前後からであるが、今や10年以上の蓄積によって、検索エンジンで「韓国」を検索すると、ネガティブ情報ばかり表示されるまでになった。安田氏も指摘しているように、「あまり考えずに気持ちよく消費する娯楽情報」として、韓国のネガティブ情報はネット上でその地位を確固たるものにしている。近年は尖閣問題・反日デモによる反中国感情も加わり、中国のネガティブ情報も消費されるようになったと見られる。仲間内でする他人の悪口は心地よいもので、その悪口の真偽も問われる事は無い。冒頭のA氏も、なんとなくネットで出会った情報をよく考えずに気持よく消費し、私との話題にも心地よい話題として取り上げようとしていたのではないか。



全国紙も中韓を侮る姿勢

もっとも、ここまであげてきた例は個人の会話だったり、ゴシップネタ・叩きネタは日常茶飯事の週刊誌の話だ。ところが、最近は中韓叩きが全国紙にまで見られるようにってきている。その最たる例が産経新聞だ。

安倍政権を「軍国主義の復活」などと非難する韓国だが、軍事費が国家予算の10%に上るなど自らは軍備増強にまっしぐらだ。ただその中身は何ともお寒い。新型の国産戦車「K2」は開発開始から18年を経てもエンジンが作れず、部隊配備は延期に次ぐ延期。水陸両用の装甲車は川で沈没するなど技術不足による欠陥品ばかりで、首都防衛の機関砲がパクリのコピー品で使い物にならないことも明らかになった。大阪では町工場が人工衛星を作る技術を持つが、“お隣り”は国家の威信をかけた軍備もパクリや偽造、ポンコツのオンパレードだ。(岡田敏彦)


かつての産経新聞と言えば、冷戦期は日本の全国紙きっての韓国擁護論陣を張っており、韓国の軍事政権に批判的でともすれば北朝鮮擁護も見られた他の全国紙と異なり、一貫して韓国擁護の“親韓”新聞だったが、今は韓国叩きの先頭を走っている。パクリ、ポンコツのオンパレードと扇情的な本文に加え、見出しには「無謀ウリジナル、放熱できぬ戦車」とある。この”ウリジナル”という言葉は、韓国がなんでもオリジナルを主張するのを揶揄したネットスラングであるが、ネットスラングを説明無しで載せており、明らかにネットを意識した記事となっている。

自衛隊に納入した機関銃5,000丁以上のデータを、メーカーの住友重機械工業が1970年代から改ざんしていた事が発覚したばかりなのに、こういう記事載せる産経新聞はブーメランが怖くないのかと心配になるが、この記事の問題はこれ以外にある。韓国が装備品をパクリ・剽窃しているのは事実で、それが多くの問題を生んでいるのも事実だ。だが、かつて韓国の電気製品をパクリだと陰口叩いていた日本の電機メーカーのうち、サムスン電子に対抗できるメーカーは1社も残っているだろうか? このことは、あらゆる分野に言える。我々が嘲笑っているうちに、抜かれつつあるのは、国家の存続を左右する国防の分野も例外ではない。



防衛研究開発費で既に中韓に抜かれている日本

中国もロシア製兵器のコピーを臆面もなく行い、中露間で問題となったが、それでもまた新たにロシアから兵器を購入している。中韓は共に装備の国産化に関しては手段を問わないマキャベリ的姿勢であり、他国製兵器のリバースエンジニアリングから、情報活動による他国からの設計情報入手を含めた広範な活動を行っており、それを国産兵器開発にフィードバックしている。その結果、中国は戦闘機、艦船、戦車等の主力装備の開発能力を獲得し、韓国は武器輸出額をわずか5年で10倍にまで拡大させた。パクリを含めた、彼らの手段を問わない努力を上から目線で嗤うのは正しい姿勢だろうか。

パクリや情報活動なんて卑怯な手段で得た技術は身につかない、と反論する人もいるかもしれない。だが、自力の軍事技術の研究開発(R&D)においてすら、中韓は日本を越えようとしている。下のグラフは、各国の国防研究開発費の推移を表すものだ。2007年の段階で、日本は韓国に抜かれている。韓国は今後もR&D費を増額する方針であり、右肩下がりの日本との差はますます開くだろう。また、中国は国防予算とR&D費は別立ての為、その正確な額は推測になるが、既に相当前には日本を抜いていると見られ、現在は日本の遥か上の水準に達していると思われる。


各国の国防研究開発費の推移(防衛省技術研究本部資料より



民間におけるR&D費は、企業の今後の成長性・競争力の指標となっているが、それと同じことが国防にも言える。たゆまぬ技術開発と研究により、軍事技術をより洗練・発展させる事は、自国の戦力を向上する事に繋がる。年々、R&D費が減少している日本を尻目に、R&D費を増額させている中韓。日本の軍事技術の優位性は過去の蓄積で持っている状況であり、このままでは早晩、中韓に抜かれ、優位性は失われる事になるだろう。いつか、見下して嗤っていられた時代を懐かしむ日が来るのかもしれない。



隣国を嗤う前に我が身を見直そう

冒頭のA氏のような人が、日本企業の経営者で一般的なのかは分からない。だが、A氏が中韓を嘲笑する話を私に振って来たのは、他の経営者との会話で通じるネタだったからとしたら、それは憂慮すべき事態ではないか。「あまり考えずに気持ちよく消費する娯楽情報」に曝され続け、偏った情報ばかりを摂り続けて、正常な判断が出来るのだろうか。全国紙ですら中韓を嘲笑する記事を出すようになった今、多くの購読者が同じ認識を持ち、実態を知ろうともしないで侮り続けていたら、この先どうなるのだろうか。少なくとも、良い結果は生みそうにない。

日本が衰退の方向に向かっているのは事実である。こんな状況にありながら、他国を見下し、いかに日本が優れているかの本が売れている現状は、まさに現実逃避と言えるだろう。だが、その先に待ちかまえているのは破滅でしかない。まず、目の前の問題を解決し、競争者の実力を把握して、追い抜かれない努力をする方が良い未来に繋がるのではないでしょうか。


※中国のR&D費について、「10年前には日本を抜いている」としましたが、正しくはもっと以前から抜かれていましたので、表現を訂正いたしました。


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