2013年10月11日金曜日

化学兵器禁止機関のノーベル平和賞受賞と、ノルウェーの戦略

2013年のノーベル平和賞は、化学兵器禁止機関(OPCW)に授与されることが、ノーベル賞委員会から発表されました。

(CNN) ノルウェーのノーベル賞委員会は11日、2013年のノーベル平和賞を化学兵器禁止機関(OPCW、本部オランダ・ハーグ)に贈ると発表した。 化学兵器の除去に長年努めてきた活動が評価された。 OPCWは現在、シリアが保持する化学兵器の検証や廃棄に当たっている。1日には査察団がシリア入りし、ミサイルの弾頭や空爆で使用する爆弾、化学薬品の充てん装置など、化学兵器の廃棄を監督している。


ところが、この選考に対してロシアから異議が上がっています。

化学兵器禁止機関がノーベル平和賞を受賞したことに、ロシアのコブゾン下院議員は厳しい意見。インタファクス通信の取材に、「化学兵器禁止条約という仕組みを利用することを思いつき、アサド政権を説得して加盟させたのはプーチン氏だ。思いついた人がもらえず、仕組みが受賞した」と批判しています。


内戦が続くシリアでの化学兵器使用情報を受け、アメリカ・フランスによるシリアへの軍事介入が迫っていた9月9日、シリアの化学兵器を国際管理の下に移し、化学兵器禁止条約(CWC)に加盟させることをロシアのラブロフ外相が提案し、シリアが提案に合意しました。この合意により、シリアへの軍事介入は回避され、シリア国内での化学兵器問題も解決への道筋が開かれます。

このシリア問題の好転は、ロシア政府による提案・説得によって成し遂げられたのは事実で、化学兵器管理の実行組織に過ぎないOPCWが受賞するのはおかしいというロシアの不満も当然の事に思えます。しかしながら、チェチェン紛争やグルジア紛争に関わったプーチン大統領らロシア高官にノーベル平和賞を授与する事は相当の批判が予想され、ノルウェー・ノーベル委員会としては避けたかった事でしょう。そういう意味で、ロシアへの授与を回避するためにOPCWへ、という判断があったとしても不思議ではありません。


ノルウェー・ノーベル委員を任命するノルウェー議会議事堂(Wikipediaより)

ノーベル賞6分野のうち、唯一選考がノルウェー・ノーベル委員会によって行われる平和賞は、政治色が強いと言われています。その選考も、平和賞以外はスウェーデンの学術機関により選考されるのに対し、平和賞はノルウェー国会からの任命を受けたノルウェー・ノーベル委員会が行います。なお、現在のノルウェー・ノーベル委員会の委員5名は、いずれも国会議員・または閣僚経験者です。ノルウェーの政治的思惑が働くのは、ある意味で必然とも言えます。

しかし、過去のノーベル平和賞の選考でも、様々な批判や物議を醸しています。記憶に新しいのは、2010年の中国の人権活動家の劉暁波への授与で、中国とノルウェー間の外交問題にまで発展しました。他にもオバマ米大統領、ジミー・カーター元米大統領、ヘンリー・キッシンジャー米大統領補佐官、PLOのアラファト議長らへの授与も問題視されています。特にキッシンジャーとアラファト議長への授与は、いずれも受賞後に紛争が再開しており、平和賞に泥を塗る形になってしまいました。しかしながら、このような問題化する恐れがあることが分かっている選考を行う事は、逆説的に言えば、ノルウェー・ノーベル委員会は、政治的・外交的批判を恐れて選考しているのではないと言えます。

それでは、なぜノルウェー・ノーベル委員会は物議を醸す選考を行うのでしょうか。この理由として、選考により受賞者の理念や平和運動を後押ししよう、という意図が働いていると見る向きがあります。

例えば、2009年のオバマ大統領の受賞は核軍縮への取り組みを理由にしていましたが、就任1年目の受賞であり、実績も無いのに時期尚早ではないかとの批判がありました。しかしこれは、オバマ大統領に平和賞を与える事で、核軍縮の潮流を後押しする狙いがあったとされています。

他にも、1997年の地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の受賞は10月に発表されましたが、発表後の12月にICBL最大の成果である対人地雷禁止条約(オタワ条約)が署名されました。オタワ条約は大国の署名が得られず、その実効性が疑問視されていましたが、ICBLの平和賞受賞により大きな注目を集め、現在は150ヶ国以上が署名しています。

結果的に失敗に終わったキッシンジャーやアラファトへの授与についても同様に、ギリギリで成立した危うい和平プロセスを、永続的に続けるための圧力としての意図があると言えます。そういう意味で、今の不透明なシリア情勢において、確実に化学兵器廃棄プロセスが働くように、実行機関であるOPCWに受賞を与えたとも考えられます。

軍事アナリストの小泉悠氏は、シリアが化学兵器廃棄を履行するか、また、実際の破棄プロセスが上手く回るかは以前不透明であり、依然としてアメリカ・フランスはシリアにCWCを履行させる為の軍事オプションも排除していない事から、シリアの化学兵器問題は大きな国際問題であり続けているとしています。(詳細は小泉悠氏の「シリアの化学兵器問題:CWCは「魔法の杖」にあらず」参照)つまり、シリアの化学兵器問題はスタートラインを切ったばかりであり、「これから」の問題なのです。

ノーベル平和賞はノルウェー・ノーベル委員会、ひいてはノルウェー議会にとり、国際平和へのインパクトを与える強力な「武器」となっています。持たざる国であるノルウェーにとって、国際平和への関与で存在感を出す為の最強の手段だと言えるでしょう。

OPCWのノーベル平和賞受賞により、今後のシリアでの化学兵器廃棄プロセスにも注目が集まると思います。OPCWはノーベル平和賞の威光を受けて、無事に化学兵器廃棄を成し遂げる事ができるでしょうか。ノルウェー・ノーベル委員会の判断が、良い方向に働くことを願っております。