推進器を持たず、水の吸入・排出により浮力を調整してグライダーのように潜行する。
機械的な動作は少ないので、静粛性に優れる。
この形状が最も水中での滑空(?)性能が良い。遠くまで届く。
この形状ならば、センサ類を前に置ける。魚雷型では側面になってしまう。
しかし、この形状は地上・船上での運搬・取り扱いが面倒。
純粋に潜行するだけなら、月単位で運用が可能。
センサー類を搭載した場合、日単位。
上面に柔軟性のある太陽電池を取り付け、水深数センチのところまで浮上して充電する実験を今後行う。
速度は遅いが、例えば海流に定期的に乗せた場合、列島線を監視できる。
モデルを2機作成。最初は合成木材、2機目はFRP。
さらに大型のモデルを今後駿河湾で実証実験。
2013年10月29日火曜日
防衛技術シンポジウム2013 水中グライダー
水中グライダー
【写真速報】防衛技術シンポジウム2013 RWS関連
RWS聞いたことマトメ。
M2重機関銃、74式7.62mm車載機関銃、5.56mm機関銃、40mm自動擲弾銃銃を搭載可能。
センサーは光学、赤外線、レーザー測距儀。
重量は160キロ(銃・弾薬除く)
搭載車両は軽装甲機動車。他の車両は改造すれば搭載できる。
特に機動戦闘車に載せることを想定はしていない。
安定化装置を搭載。(補正軸について「4軸ですか?」と聞いたら、「そのくらい」という答え)
映像で動揺中の台座からの安定化デモ。銃身はかなり安定してました。
※【追加】重要なの入れ忘れてました
このRWSで想定する最大の火器はM2重機関銃。台のゴツさから機関砲も載せるか確認したんですが、
このRWSではM2が最大として作っているそうです。
2013年10月26日土曜日
秘密保護法案、同じ穴のムジナが反対したって、誰も信用しないんじゃね?
トップ・シークレット・居酒屋
特定秘密保護法案を巡る日本政府の動きが活発なこの頃ですが、ちょうど先日、 「トップ・シークレット・アメリカ 最高機密に覆われる国家」という本が翻訳・出版されました。ピューリッツア―賞を2回受賞したワシントン・ポストのベテラン記者と、元陸軍情報局の分析官による共著で、ワシントン・ポスト紙での連載記事が元になっています。本書では、911以降のアメリカの対テロ戦争で秘密情報が飛躍的に増大、細分化し、秘密によって情報が組織間で共有されず、アメリカ政府の決定や軍の作戦等に深刻な悪影響を与えている現実が明らかにされています。そして、それらの秘密情報をチェックする議会情報委員会や政府機関は、増加する秘密情報に追いつけず、その全貌は「神のみぞ知る」とまで表現されています。
このようなアメリカの秘密情報の扱いの問題は、秘密とする情報の放漫な拡大が却って国家の利益を損ない、一部の機関・情報関連企業による利権になっている点にあります。私は日本にも特定秘密保護は必要とする立場ですが、日本でも特定秘密保護法により、このような問題が生じるのではないか――と危機感を抱かせるに十分なインパクトが本書にはありました。ところが、マスコミの危機意識は別のところにあるようです。
この法案に反対するマスコミに朝日新聞がありますが、同じく法案に反対する弁護士と共に、法案の問題点として記事に挙げた例が、あまりにも的外れではないかと驚きました。
大阪府東大阪市の町工場の専務Aさんは、大学時代の友人と久しぶりに居酒屋で飲んでいた。互いの仕事の話題になり、友人がAさんに尋ねた。
「確か、お前の所は特殊素材作ってるんだよな」
「ああ、原発に使う世界最高強度の素材だよ」
「そんなすごいもん、どうやって作るんだ?」
Aさんは素材の情報が原発テロ防止に関わる特定秘密だと社長から聞いていたが、こんな専門的な話を友人が誰かに言うことはないと思い、製法の一端を話した。ところが――。
Aさんは、業務で知り得た特定秘密を漏らしたとして警察に逮捕された。最長で10年の懲役。友人も特定秘密と知りながら聞き出そうとしたと疑われ、長時間、事情を聴かれた。実はあの居酒屋で、非番の警察官が近くの席で飲んでいた。《原発? テロ防止に関わる情報かも》。ICレコーダーで会話を録音し、捜査していたのだ。
この事例、業務上知り得た情報を関係者以外に、それも他者の目がある所で話すという、企業の情報保全でやっちゃいけない典型例を簡単に破った専務の責任に帰すべき問題であり、法案の問題以前の話です。情報処理推進機構が公開している「情報漏えい対策のしおり」でも、『業務上知り得た情報を、許可なく、公言しない』と注意されているくらい、社会人にとって基礎的かつ常識的な話です。
このような単純かつ論外な事例で、法案の危険を煽る姿勢は如何なものでしょうか。この法案の問題は他にもあるのに、居酒屋で口が滑った程度の単純な話を取り上げることで、却って問題を矮小化しているのではないでしょうか。
権力と同じ不正を働く「権力の監視者」
話が少し変わります。私が大学院にいた時の話です。メディア論について講義を担当していた著名なジャーナリストでもある教授が、講義の冒頭で報道メディアの使命とは何かを語りました。それによると、報道の使命とは「権力の監視」であり、民主主義の担い手であるそうです。この教授の言葉について、確かにそうだがしかし――と、ずっと喉の奥で引っかかる違和感が拭えないでいました。
この違和感の正体について、最近の秘密保護法を巡る報道の中で、西山事件を例に上げるメディアやジャーナリストが相当数おり、彼らの発言を見ていくうちに、段々分かってくるようになってきました。では、西山事件についての記事や、著名ジャーナリストの江川紹子氏の発言を見てみましょう。
特定秘密保護法案の国会審議を担当する森雅子少子化担当相は22日の記者会見で、沖縄返還に伴う密約を報じて記者が逮捕された西山事件は同法の処罰対象になるとの認識を示した。これに対し、密約を報じた元毎日新聞記者、西山太吉氏は「森担当相の発言は全体的な捉え方をしておらず、的外れだ」と指摘した。
今なお、西山事件を不倫スキャンダルに仕立てた検察の手口に載せられたままの人が多いのだにゃ…。
— Shoko Egawa (@amneris84) October 22, 2013
外務省機密漏洩事件(いわゆる西山事件)で、裁かれるべき人は誰か。一人上げるとすれば、当時首相だった佐藤栄作氏でありましょう。彼が国民を欺き、その後の政府も国民から真実を隠し続けた。米側の情報公開がなされた後も嘘をついた。そこから国民も目をそらすスキャンダルに仕立てた検察も同罪。
— Shoko Egawa (@amneris84) October 23, 2013
外務省機密漏洩事件で、最大の被害者は政府に嘘をつかれた国民。ところが、国民の多くは、自らの「知る権利」が侵されていることより、検察が仕掛け、週刊誌やワイドショーが騒いだスキャンダルに目を奪われてしまった。二度と同じ轍を踏まないために、私たちはもっと賢くならなくては…と思う。
— Shoko Egawa (@amneris84) October 23, 2013
西山事件は毎日新聞の西山記者が、沖縄返還で土地返還関連費を巡る日本政府とアメリカの密約をスクープした事件ですが、その情報の入手に問題がありました。西山記者は外務省の女性事務官を酒に酔わせて泥酔状態にした上で肉体関係を結び、その関係から女性事務官から情報を引き出していました。
この手の男女の関係を用いた情報収集手段、古くから各国の情報機関が行っている、最も汚い類の情報活動と同じなんですが、それは……。
もし、報道機関が「知る権利」を盾に、西山事件のようなマキャベリズム的とも言うべき、手段を問わない情報収集を肯定するならば、アメリカの情報機関がやっているような同様の情報収集を、報道が否定する事って出来るんでしょうか。当時の日本政府が、西山事件の本質を密約問題から報道倫理問題に誘導しようとしたのは事実であり、政府の密約は国民への重大な裏切り行為であることには変わりません。しかし、人の尊厳を踏みにじる取材活動を正当化する人々が、同じ口で人の尊厳を踏みにじる情報収集を行う政府を批判するのは、どういうことなんでしょうか。メディアの「知る権利」の為にという抗弁と、政府の「テロ防止と国民の安全」の為という抗弁に、本質的な差異は少なくとも私には見いだせません。
権力の監視者、民主主義の担い手を自称するメディアやジャーナリストが、道義的に問題のある手法を正当化するのであるならば、メディアの行為を監視するのは誰になるのでしょうか。先日、週刊朝日編集長が「重大な就業規則違反」を理由に更迭される事態がありましたが、その理由について朝日新聞グループは「プライバシーに関わる」事として明らかにしていません。週刊誌などの報道によれば、女性契約社員に対して、正社員にする事と引き換えに執拗に関係を要求した等のパワハラ・セクハラ行為によるものだそうですが、こういう都合の悪い事を、権力の監視者様がプライバシー(もっと言えば、個人情報保護法)を盾に公開しないのは如何なものでしょうかと、社会の底辺の1ブロガーとして思うわけです。
信頼関係破壊を良しとする日本のメディア
最初の話に戻りますが、「トップ・シークレット・アメリカ」において、匿名証言者は数多く登場し、自分の行動が内部規則に違反することを理解した上で取材に応じています。匿名証言者自身もアメリカの秘密情報政策に危機感を抱き、問題を広く知ってほしいと願っている事から、あえて危険を冒して取材に応じているのです。その背景に窺い知れるのは、取材対象者と記者間の強い信頼関係ですが、取材対象を踏みにじる事を肯定する日本のメディアやジャーナリストとの間に、このような信頼関係は生まれるんでしょうか。ワシントン・ポスト: http://projects.washingtonpost.com/top-secret-america/
翻って日本はどうでしょうか。先に挙げた朝日新聞の記事中では、連載[http://digital.asahi.com/articles/list/prometheus.html 「プロメテウスの罠」]での取材事例を挙げて、秘密保護法が成立するとこんな取材ができなくなってしまうと書いているんですが、朝日新聞が総力を挙げた特集記事で、「米軍は4号機が危ないと考えている」とか「大統領は心配している」レベルの証言しか取れていない事実は、ものっそい寂しい物があります。日本の記者は、取材対象とこの程度の信頼関係しか結べないんだなと思うと、暗澹たる思いがあります。
キレイ事も大事だし必要だけどさ、もう少し鏡見てから言おうな? と思います。
【関連文献】
トップ・シークレット・アメリカ、アメリカの秘密保護の実態や、日本の秘密保護法を考える上でも、なかなか刺激に富む本です。
ところで、Yahoo!ニュース個人のオーサー一覧なんですが、
なんか、江川紹子氏には申し訳ない気持ちで一杯です。
2013年10月19日土曜日
戦車に代わり得るモノは何か? 機甲戦理論における戦車と将来戦
いやねえ、この話題、最近は避けてきたつもりだったんだけど、向こうから名指しされたらねえ。
久遠数多氏、「陸戦関係の記事を書くと、ご意見頂ける状態でした」とか言うていますが、そもそもの発端は氏が「H25概算要求-その5_10式戦車はせいぜい3両でOK」みたいなエントリを繰り返した挙句、「戦車増強論者に提示する5つの命題: 数多久遠のブログ」で、「反論ある方はぜひ答えていただきたい」とドヤ顔が見て取れる事仰ったので、戦車増強論者じゃないけど初めてエントリに付き合ってあげただけなんですが、そういう身から出た錆的な経緯はさっぱり失念なさっているようです。
私は戦車の定数削減に反対していますが、少なくとも増強を主張してはいません。ところが、なんか増強論者の様にカテゴライズされちゃってるので、「戦車は3両で充分」と小隊編成未満の年間調達数(1個連隊編成に20年もかかる)を提示してきた氏に対して、もう戦車不要論者と言っていいなとカテゴライズさせて頂いた訳です。
で、最近。ツイッター界隈が妙に戦車不要論で賑やかになってきた。ああ、またあの人やらかしたのかあ、と思いつつあんま関わらないようにしようかなー、と思っていたのですが……
わあ、軍事評論家の江藤巌先生もドン引きしちゃってるナリ……。久遠数多氏のあまりの戦闘的ファッションに、皆さんドン引きになっていたので、相手しなきゃいけないのかなあ、とウネウネ動き始めた次第です。
さて、ツイッターで局所的に話題騒然だった氏のエントリをじっくり確認すると、話題の中心はエントリの題でもある、「戦車に引導を渡す機動戦闘車」でした。
先日公開されたばかりの機動戦闘車ですが、氏の言う通りに戦車に代わり、引導を渡す存在になるのでしょうか?
ここではさんざ繰り返された「●●における戦闘では~」というミクロな視点ではなく、今回は機甲戦理論が歴史的にどう形成された過程を振り返り、戦車に求められているものは何だったのかを明らかにしたいと思います。その上で、機動戦闘車等の装輪装甲車で代替が可能なのかを考えていくとともに、将来戦理論においてどのような位置づけを戦車は担うのかも触れたいと思いますよ。
ところが、第一次大戦に至り、鉄条網と機関銃に騎兵は阻まれ、機動を完全に封じてしまう戦場が生起してしまった。機動が失われ、最も脆弱な兵器である人間が磨り潰し合う戦場が生まれた。この一次大戦の戦訓を踏まえ、人間が機動できない環境下でも機動し、敵戦力そのものより、指揮・統制を麻痺させる機甲戦理論が生まれました。その主たる先駆者はドイツとソ連です。ドイツの電撃戦により、一次大戦の教訓を火力主義として結実していたフランスは頼みのマジノ要塞線をさらりとスルーされ、1ヶ月で降伏に至ります。
機甲戦にはこのような歴史があるわけですが、戦車に替わって装甲車を使うという主張は、未だにこの歴史的経緯で、自説がどのような位置にあり、どの流れを汲むのかを明らかにしていません。
機甲戦理論は現在も形を変え、米海兵隊の機略戦等に発展しています。現代世界で最も機動を重視している軍隊である米海兵隊は空中機動化でも先端を走り、長い年月をかけオスプレイを開発しました。他にも機動性に優れた水陸両用車、LAV-25のような装輪戦闘車両も保有しています。ところが、こんなに機動重視の海兵隊であってさえ、未だに戦車戦力を手放していない。
なぜかって、そりゃ代替できるものがないからです。
ドイツ機甲部隊の生みの親、グデーリアンは「電撃戦」でこう書いています。
「機動を継続すること」、ここが戦車の最大の存在意義です。敵の抵抗に抗する装甲、敵の抵抗を粉砕する砲火力、いずれも欠けては機動は敵に阻まれ、継続できないのです。オスプレイ、水陸両用車、装輪戦闘車両、いずれも高い機動力を持ちますが、最初の突破口を開けたとして、その勢いを継続できるでしょうか。米海兵隊が戦車等の重戦力を保持しているのは、機動継続の意志があるからです。そして、海兵隊の後には、更に重武装の米陸軍がやってきます。戦車とともに。
つまり、戦車を理論的に代替できる存在は、未だに見つかっていないのです。
もし、小口径火砲に耐える程度の装甲の機動戦闘車によって、戦車を代替できると考えているのなら、それは根拠に欠けた話だと思います。もし代替が可能ならば、新たな理論を根拠付きで主張して頂きたいと思いますが、たちの悪いことに、久遠数多氏は戦車は機動戦闘車に代替されると主張する節において、一切の根拠を示していません。
何故、90式に替わる装備に位置づけられるのか、どうやって戦車に引導を渡すのか、HOWの点が完全に抜けきっており、全く主張として成立していないのです。
なお、将来戦における戦車の役割については、将来の戦闘様相として議論が進んでいるネットワーク中心の戦い(NCW)においても説明ができます。プラットフォーム中心の戦い(PCW)の頂点として生まれたイージス艦が、海戦におけるNCWの中核として機能する事実がまさにそれです。将来の陸戦様相は、現代の海戦の様相を呈すると予想されており、将来戦においても、生存性の高い戦車は生き残る可能性が高いと言えます。
最後に。
戦車不要論に対して反論を行う人に対し、戦車絶対主義かのような扱いをする意見がありますが、私は明確にこれを否定します。全ての兵科・職種には時代的意味があり、時代的必然から淘汰或いは変化していきました。私は現状の維持と漸進的発展を願っているのであり、革命ではありません。歴史的に形成された1つの主要な理論に対して、唐突にそれが不要であると主張する人は、メインストリームの理論に反発するエセ科学やホメオパシーと何が違うのでしょうか。過去の戦車不要論者達が統一的理論を形成せず、その場限りの説明に終始してきたことは、まさにエセ科学のそれと同じでしょう。
分かったから、その「効率的防衛」とやらのフレームを、現状議論されている将来戦理論との関連性・ケーススタディ・先行研究込みで示して下さい。まずはそれから。
また、機甲戦理論の成果、電撃戦については、文中であげたハインツ・グデーリアンの回想録「電撃戦」を参照。
ただし、実際の電撃戦で見られた混乱と破綻の予兆についての批判的検討として、「電撃戦という幻」をチェックしておくとなお良いと思います。理論と実際の違いは、どの業界にも……。
手軽に機甲戦理論の歴史的形成過程について知りたいなら、「機甲戦の理論と歴史 (ストラテジー選書)」
が良いと思います。オヌヌメ。
また、現代の米海兵隊のドクトリンについては、「アメリカ海兵隊のドクトリン」
を参考に。基本は電撃戦だと分かります。
このブログで、陸戦関係の記事を書くと、JSF氏やdragoner氏を始めとした、戦車大好き派の方々から多数のご意見を頂ける状態でした。
その主な理由は、私が戦車の削減を主張していたからですが、私が機動戦闘車を推していたからでもあります。
久遠数多氏、「陸戦関係の記事を書くと、ご意見頂ける状態でした」とか言うていますが、そもそもの発端は氏が「H25概算要求-その5_10式戦車はせいぜい3両でOK」みたいなエントリを繰り返した挙句、「戦車増強論者に提示する5つの命題: 数多久遠のブログ」で、「反論ある方はぜひ答えていただきたい」とドヤ顔が見て取れる事仰ったので、戦車増強論者じゃないけど初めてエントリに付き合ってあげただけなんですが、そういう身から出た錆的な経緯はさっぱり失念なさっているようです。
私は戦車の定数削減に反対していますが、少なくとも増強を主張してはいません。ところが、なんか増強論者の様にカテゴライズされちゃってるので、「戦車は3両で充分」と小隊編成未満の年間調達数(1個連隊編成に20年もかかる)を提示してきた氏に対して、もう戦車不要論者と言っていいなとカテゴライズさせて頂いた訳です。
で、最近。ツイッター界隈が妙に戦車不要論で賑やかになってきた。ああ、またあの人やらかしたのかあ、と思いつつあんま関わらないようにしようかなー、と思っていたのですが……
なんでこの人はいつも挑発的、挑戦的に書くの?自分だけには真理が見えたと思い込んでいるの? RT @macchiMC72 だから戦車と装甲車では防御力の桁が違うと何度言えば。 http://t.co/PalOLReIiw 105ミリ砲で装甲戦力の中核を担えると考えてるのかな。
— 変脳コイル猫 (@ROCKY_Eto) October 14, 2013
わあ、軍事評論家の江藤巌先生もドン引きしちゃってるナリ……。久遠数多氏のあまりの戦闘的ファッションに、皆さんドン引きになっていたので、相手しなきゃいけないのかなあ、とウネウネ動き始めた次第です。
さて、ツイッターで局所的に話題騒然だった氏のエントリをじっくり確認すると、話題の中心はエントリの題でもある、「戦車に引導を渡す機動戦闘車」でした。
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| 機動戦闘車 |
ここではさんざ繰り返された「●●における戦闘では~」というミクロな視点ではなく、今回は機甲戦理論が歴史的にどう形成された過程を振り返り、戦車に求められているものは何だったのかを明らかにしたいと思います。その上で、機動戦闘車等の装輪装甲車で代替が可能なのかを考えていくとともに、将来戦理論においてどのような位置づけを戦車は担うのかも触れたいと思いますよ。
機動が出来て、ずっと機動出来たらいいのに……
海空戦と異なり、陸戦での最小単位にして最も重要、かつ脆弱なのは人間です。陸戦の歴史は、人間という極めて制約の多い”兵器”の限界を、いかに超えるかの試行錯誤でした。その成果として生まれたのが、人間以上の機動を有する騎兵でした。ところが、第一次大戦に至り、鉄条網と機関銃に騎兵は阻まれ、機動を完全に封じてしまう戦場が生起してしまった。機動が失われ、最も脆弱な兵器である人間が磨り潰し合う戦場が生まれた。この一次大戦の戦訓を踏まえ、人間が機動できない環境下でも機動し、敵戦力そのものより、指揮・統制を麻痺させる機甲戦理論が生まれました。その主たる先駆者はドイツとソ連です。ドイツの電撃戦により、一次大戦の教訓を火力主義として結実していたフランスは頼みのマジノ要塞線をさらりとスルーされ、1ヶ月で降伏に至ります。
機甲戦にはこのような歴史があるわけですが、戦車に替わって装甲車を使うという主張は、未だにこの歴史的経緯で、自説がどのような位置にあり、どの流れを汲むのかを明らかにしていません。
機甲戦理論は現在も形を変え、米海兵隊の機略戦等に発展しています。現代世界で最も機動を重視している軍隊である米海兵隊は空中機動化でも先端を走り、長い年月をかけオスプレイを開発しました。他にも機動性に優れた水陸両用車、LAV-25のような装輪戦闘車両も保有しています。ところが、こんなに機動重視の海兵隊であってさえ、未だに戦車戦力を手放していない。
なぜかって、そりゃ代替できるものがないからです。
ドイツ機甲部隊の生みの親、グデーリアンは「電撃戦」でこう書いています。
装甲兵器による攻撃によって従来よりも機動性が高まり最初の突破が成功した暁に、なおその機動を継続することが可能なこと、この点こそ”奇襲戦法”の必須条件だと信じているのである。
「機動を継続すること」、ここが戦車の最大の存在意義です。敵の抵抗に抗する装甲、敵の抵抗を粉砕する砲火力、いずれも欠けては機動は敵に阻まれ、継続できないのです。オスプレイ、水陸両用車、装輪戦闘車両、いずれも高い機動力を持ちますが、最初の突破口を開けたとして、その勢いを継続できるでしょうか。米海兵隊が戦車等の重戦力を保持しているのは、機動継続の意志があるからです。そして、海兵隊の後には、更に重武装の米陸軍がやってきます。戦車とともに。
つまり、戦車を理論的に代替できる存在は、未だに見つかっていないのです。
もし、小口径火砲に耐える程度の装甲の機動戦闘車によって、戦車を代替できると考えているのなら、それは根拠に欠けた話だと思います。もし代替が可能ならば、新たな理論を根拠付きで主張して頂きたいと思いますが、たちの悪いことに、久遠数多氏は戦車は機動戦闘車に代替されると主張する節において、一切の根拠を示していません。
しかしながら、新大綱の次の大綱が発表される頃には、90式の退役を見越した装備調達になるはずで、その時には、ロシアが北海道への侵攻の構えでも見せない限り、機動戦闘車は、90式に替わる装備として位置づけられるでしょう。
現在は、まだ試作車が公開されただけの状態で、陸自の中でも、機動戦闘車の評価が出来ている訳ではありませんから、まだまだ紆余曲折はあるはずですが、開発が順調に進めば、機動戦闘車は、戦車に引導を渡す車両となるはずです。
何故、90式に替わる装備に位置づけられるのか、どうやって戦車に引導を渡すのか、HOWの点が完全に抜けきっており、全く主張として成立していないのです。
俺はもう、このマシン(戦車)には頼らない。未来は保証されていないけれど
現代における戦車が、非常に高価なユニットであるのは間違いありません。優先度も、その他の兵器と比べ、高いものではありません。しかし、他の兵器で代替できる、不必要であるというのなら、その根拠を現代戦における理論的枠組と共に提示の上、ご説明頂きたいものです。なお、将来戦における戦車の役割については、将来の戦闘様相として議論が進んでいるネットワーク中心の戦い(NCW)においても説明ができます。プラットフォーム中心の戦い(PCW)の頂点として生まれたイージス艦が、海戦におけるNCWの中核として機能する事実がまさにそれです。将来の陸戦様相は、現代の海戦の様相を呈すると予想されており、将来戦においても、生存性の高い戦車は生き残る可能性が高いと言えます。
最後に。
戦車不要論に対して反論を行う人に対し、戦車絶対主義かのような扱いをする意見がありますが、私は明確にこれを否定します。全ての兵科・職種には時代的意味があり、時代的必然から淘汰或いは変化していきました。私は現状の維持と漸進的発展を願っているのであり、革命ではありません。歴史的に形成された1つの主要な理論に対して、唐突にそれが不要であると主張する人は、メインストリームの理論に反発するエセ科学やホメオパシーと何が違うのでしょうか。過去の戦車不要論者達が統一的理論を形成せず、その場限りの説明に終始してきたことは、まさにエセ科学のそれと同じでしょう。
武器マニアの方々は、技本開発官の言葉で舞い上がってますが、日本の防衛を効率的に行うためには、機動戦闘車が戦車に引導を渡してくれることが適切でしょう。
分かったから、その「効率的防衛」とやらのフレームを、現状議論されている将来戦理論との関連性・ケーススタディ・先行研究込みで示して下さい。まずはそれから。
【関連書籍】
戦車とミサイルの比較について書こうとしたが、長くなるので辞めた。古いデータではあるが、ジェイムズ・F・ダニガンは「新・戦争のテクノロジー」において、戦車とミサイルの時間あたり投射量を比較し、戦車の優位性を示している。この点において、現代もミサイルの次発装填が人力・あるいは限界のある多連装ランチャ式に頼っている以上、状況は変わらない。また、機甲戦理論の成果、電撃戦については、文中であげたハインツ・グデーリアンの回想録「電撃戦」を参照。
ただし、実際の電撃戦で見られた混乱と破綻の予兆についての批判的検討として、「電撃戦という幻」をチェックしておくとなお良いと思います。理論と実際の違いは、どの業界にも……。
手軽に機甲戦理論の歴史的形成過程について知りたいなら、「機甲戦の理論と歴史 (ストラテジー選書)」
また、現代の米海兵隊のドクトリンについては、「アメリカ海兵隊のドクトリン」
深夜に狂って書いたとしか思えネぇノリだぜェ!
2013年10月18日金曜日
機動戦闘車、岩崎陸将式辞全文
なんか、機動戦闘車について、この人全然人の話聴いてねえんじゃね? という人見かけたので、YouTubeに上げた動画の岩崎陸将スピーチをテキストとして載せておきます。
司会:
機動戦闘車、入場
防衛省技術研究本部、技術開発官、陸上担当
陸将、岩崎親裕より挨拶をさせていただきます。
岩崎陸将:
おはようございます。
技術研究本部技術開発官陸上担当の岩崎であります。
本日は機動戦闘車試作車両の完成に伴う報道公開を計画致しましたところ、防衛記者会、防衛省市ヶ谷記者クラブ、また防衛省関係各社をはじめ、多数ご参加頂きましたことに、まずもって御礼申し上げます。
機動戦闘車は、平成20年度から4段階に分けて試作を実施して参りましたところ、先月末、最終形態の試作車両が完成し、本日の報道公開に至った次第であります。
この報道公開実施にあたり、開発官として一言ご挨拶を申し上げます。
さて、技術研究本部は、昭和27年に保安庁技術研究所として発足以来、現在は防衛省技術研究本部として、防衛技術のフロントランナーたるべく、陸海空自衛隊が使用する広範な装備品等について一元的に研究開発を行っている次第であります。
我が国の戦闘車両を顧みますと、61式戦車を皮切りに、74式戦車、87式偵察警戒車、89式装甲戦闘車、90式戦車、96式装輪装甲車、10式戦車などが開発されてきましたが、
このたび公開致します機動戦闘車は、105ミリ級の砲を搭載した装輪戦闘車両としては、我が国初のものとなり、陸上装備の中で重要な役割を果たすものと期待しております。
この機動戦闘車は戦闘部隊に装備し、多様な事態への対処に、優れた機動力をもって速やかに展開して、敵装甲戦闘車両等を撃破するために開発されました。
このような開発目的の下、大口径火砲の低反動化技術、車両の安定化技術、高剛性・耐弾性を確保した小型軽量車両技術、及び装輪車両に適合した射撃統制機能の適正化技術、の主要な技術的課題を段階的に克服し、この度の試作車両完成に漕ぎ着ける事ができました。
現時点におきまして、この機動戦闘車が世界において最高水準の105ミリ級の砲を搭載した装輪戦闘車両であると自負しております。
機動戦闘車の開発は、本日を1つの節目とするものでありますが、引き続き厳格な試験評価を行うと共に、得られました成果を今後の主要装備の技術開発等に反映させ、不断の進化・発展を図っていく所存であります。
あらためて機動戦闘車の開発成就を期待するものであります。
最後に、本日の報道公開へ多数の皆様がご参加頂きました事に、あらためて感謝致しまして挨拶と致します。
平成25年10月9日、防衛省技術研究本部、技術開発官、陸上担当、陸将岩崎親裕。
どうもありがとうございました。
後でゆっくりご見学下さい。
以上
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