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2014年4月18日金曜日

南スーダン国連PKO宿営地攻撃と、迫るPKO撤収

昨年末、クーデター未遂事件を発端とした南スーダンの騒乱で、国連南スーダン派遣団(UNMISS)に派遣されていた自衛隊部隊が、現地に展開する韓国軍の要請で銃弾1万発を提供した事が大きく報じられました(当時の状況については、拙稿「南スーダンで進展している虐殺の危機」参照)。しかし、今年に入ってからはウクライナ情勢の方に関心が移ったのか、南スーダンの問題はあまり報じられなくなりました。


南スーダン地図。自衛隊は南部の首都ジュマ付近に駐留(防衛省資料より)

しかしながら、南スーダンでは締結されたはずの停戦協定を反故する形で戦闘は継続中で、騒乱から現在までに100万人の難民が発生しています。17日には、昨年実弾提供を受けた韓国軍も駐留するジョングレイ州の州都ボルで、国連PKOの宿営地が民兵の襲撃を受け、兵士や避難民に死傷者が出る事態になっています。


 【ナイロビ共同】南スーダン東部ジョングレイ州の州都ボルで17日、国連平和維持活動(PKO)基地が武装集団に襲撃され、ロイター通信などによると、基地に保護されていた避難民ら48人が死亡、多数が負傷した。PKO隊員2人もけがを負った。


警備にあたっていた韓国軍、インド軍兵士も応戦し、銃撃戦が発生したとも伝えられ、国連の潘基文事務総長は攻撃を強く非難しています。南スーダン情勢は、悪い方向で1つの区切りを迎えたのかもしれません。

南スーダンとして独立する以前の内戦では、住民間の暴力が深刻だったという特徴があり、現在も住民に対する虐殺が政府・反政府勢力双方で行われています。国際的な人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府・反政府双方の部隊が略奪・破壊・民族に基づく超法規的処刑等の戦争犯罪を行っていると非難しており、ボルの周辺でも犠牲者を埋葬する穴が無数に掘られています。(下は南スーダン政府・反政府勢力双方による戦争犯罪が行われていると非難するヒューマン・ライツ・ウォッチの動画)





今現在進行している問題の厄介な所は、南スーダン政府が国連PKOをも目の敵にしている事です。ボルの国連宿営地には5,000人の避難民が暴力を恐れ避難していますが、南スーダン政府は国連宿営地に反政府勢力が匿われていると度々非難しており、宿営地周囲では国連PKO撤退やヒルデ・ジョンソンUNMISS代表の国外退去を求める数千人規模のデモ活動も行われています。3月には国連において、南スーダンの現副大統領が西側諸国を「植民地主義」と批判するなど、南スーダン政府と国際社会との断絶が大きくなっております。今回の国連宿営地襲撃を行った民兵の背後関係は明らかではありませんが、政府、反政府側どちらも黒幕である可能性もあります。

4月現在、UNMISSには自衛隊の施設部隊およそ400名が派遣されており、首都ジュバ付近でインフラ整備、騒乱発生以後は難民支援を行っております。UNMISSの活動期限は2014年7月までとなっており、自衛隊は準備期間も含めて10月末までに撤収する計画です。状況の進展によっては延長される可能性もありますが、前述のように国連と南スーダン政府の関係が悪化している中、南スーダン政府がUNMISSの駐留延長に同意する可能性は低く、自衛隊のPKO派遣の根拠となるPKO協力法では当事国政府の同意が前提条件のため、そのまま撤収する事になると思われます。

問題は、仮にUNMISS撤収までに事態が安定に向かわない場合、撤収によりUNMISS保護下の難民は虐殺される危険がある点です。撤収が確定した場合、保護を求める難民が怒りから暴徒と化し、撤収するUNMISSを攻撃する可能性もあります。ユーゴスラビア内戦では、撤退しようとするオランダ軍の装甲車に留まってくれるよう要求したボシュニャク人が、要求が拒否されると手榴弾を投げてオランダ軍兵士1人が死亡した事例があります。自衛隊が展開している首都ジュバは比較的情勢が安定しているとされ、撤収時のトラブルは少ないかもしれません。しかし、各地のUNMISS部隊は施設内に大量の難民を保護しており、撤収後の難民保護の体制構築が撤収に向けた課題となります。

UNMISSが撤収する場合、残された難民の保護を南スーダン政府にどう約束させるか、そして残される難民を説得できるだけの材料を準備できるかが重要になります。国連から東アフリカ諸国からなるIGAD(政府間開発機構)等の他の国際機関への監視引継ぎ、南スーダン政府に保護を確約させるだけの国際的圧力等、様々な手法で臨む必要があります。当事国の同意が得られなければ撤収するしかない日本政府は、難民を保護すると共に、自衛隊員や各国兵士が安全に撤収できるよう、撤収に向けたスキーム作りに積極的にコミットメントし、出口戦略を固めていく必要があるのではないでしょうか。



【関連書籍】





2014年1月21日火曜日

引き際が難しい、南スーダンPKO

2013年12月15日に勃発した南スーダンの内戦は、1月19日には停戦合意に至ったとの報道もなされましたが、依然として戦闘が続く地域もあると伝えられており、戦闘終結の見通しは立っておりません。

南スーダンは2011年にスーダンから独立した新しい国で、国連は国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS:United Nations Mission in the Republic of South Sudan)を組織し、各国は南スーダンの国造りを支援してきました。日本も2012年から、陸上自衛隊の施設部隊を派遣し、首都ジュバ近郊で300名以上の隊員がインフラの整備等を行っています。

南スーダンで道路整備を行う自衛隊(防衛省サイトより)

日本では国連PKO活動へ参加する基準として、PKO参加5原則を定めており、UNMISSへの参加もこの5原則を満たしているとの判断から参加しました。ところが、内戦の勃発により、その前提が揺らています。ここで、5原則の内容を見てみましょう。


  1. 紛争当事者の間で停戦合意が成立していること。
  2. 当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
  3. 当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
  4. 上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
  5. 武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。

昨年末の内戦勃発で第1原則が崩壊しており、今現在伝えられている停戦合意も、今後の展開により、反故にされる可能性が捨てきれない状況です。第4原則では、第1から第3までの原則のいずれかが満たされない場合、部隊を撤収する事を求めています。

PKO参加の自衛隊部隊の撤収については、12月24日の菅官房長官の会見1月6日の小野寺防衛大臣の会見においても否定されています。政府の見解としては、自衛隊が活動する首都ジュバは情勢が安定しており、引き続き情勢は注視するが撤収は考えていないようです。また、安倍内閣は2013年12月17日に閣議決定された「国家安全保障戦略」で、世界の安定に積極的に関与する事を示した「積極的平和主義」を打ち出したばかりで、他国に先駆けてUNMISSから手を引く事はあり得ないという見方が強いと報道されています。今ここで撤収しては、「積極的平和主義」が看板倒れになると懸念されているそうです。

しかしながら、以前から「積極的平和主義」と同様に、世界の安定への積極的関与を打ち出し、平和活動への自国軍参加を積極的に行っていたドイツでは、10年以上に渡るアフガニスタン派遣で300名以上の死傷者を出しており、政府は厳しい批判を受けています。ドイツ軍は平和目的で派遣されており、戦争下にある地域への派遣は違法とされています。しかし、多くの犠牲者を出したアフガニスタンは戦争下ではないのかという批判に対し、ドイツ政府はアフガニスタンの状況について、”Kriegsaehnliche Zustaende”(「戦争に類似した状態」)にあると説明しました。「戦争に似ているが戦争ではない」と言ったわけです。ドイツ政府のこの詭弁は国民の顰蹙を買いましたが、首都ジュバ近辺が安定している事を根拠に自衛隊撤収を否定した日本政府も、今後の事態の推移によっては、ドイツ政府と同じ罠に陥る可能性も捨て切れません。


アフガニスタンで殉職したISAF兵士、ドイツ軍兵士らの慰霊碑


過去に国連PKOから撤収した例を挙げれば、1996年から続いていたゴラン高原での国連兵力引き離し監視隊(UNDOF:United Nations Disengagement Observer Force)への自衛隊派遣が、2011年に勃発したシリア内戦に伴う治安状況の悪化により、2013年に撤収したことがありました。この撤収については、治安悪化で隊員の安全確保が困難になった事による撤収であり、5原則が崩れたという判断によるものではないと説明されています。

最悪の事態は、引き際を見誤る事です。昨年末にお伝えした「南スーダンで進展している虐殺の危機」の記事中で、虐殺の可能性について懸念しましたが、国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、政府軍・反政府軍双方による特定民族を標的とした虐殺が行われており、懸念が現実のものになってしまいました。

一般市民に対し、民族だけを理由として恐ろしい犯罪が続いている。両陣営とも一般市民を争いに巻き込んではならない。そして助けが必要な人びとに人道支援団体の手が届くよう計らい、信頼にたる独立した犯罪の調査を受け入れる必要がある。



このような政府軍・反政府軍双方による虐殺が行われている中、これまで通り政府に協力する形でPKO活動を続けた場合、反政府側の民族から反感を買う可能性があります。また、南スーダン情報相が「国連宿営地は反政府軍を匿っている」と主張するなど、政府側にも国連PKOへの疑心暗鬼が生じている状況です。停戦合意により事態が終息する事を期待して留まるか、今後の一層の事態悪化を懸念して撤収するか、どちらかの選択を迫られています。引くタイミングを誤った場合、その悪影響は大きなものになるでしょう。

ここで自衛隊部隊をPKOから撤収した場合、立ち上げたばかりの「積極的平和主義」の看板に傷が付くのは避けられませんし、なによりこの2年間の復興支援の多くが水泡に帰します。一方で、今後も十分想定される事態悪化と、隊員の安全を考えると、撤収もやむ無しという選択もあり得ます。仮に隊員に犠牲者が出た場合、積極的平和主義どころか、日本の平和政策が根本からひっくり返る事態になるのは想像に難くありません。

停戦合意で仕切り直しの時間を与えられた今(本当は与えられてすらいないかもしれないけど)、南スーダンに留まるか否かを真剣に考える必要があるでしょう。

2013年12月24日火曜日

南スーダンで進展している虐殺の危機

国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に派遣されている自衛隊が、同じく派遣されている韓国軍の要請により、小銃弾1万発を韓国軍部隊に提供することになりました。


南スーダンのPKO活動に関連し、政府は、陸上自衛隊の銃弾1万発を、PKO協力法に基づき、国連を通じて韓国軍に提供する方針を決めました。
PKO協力法に基づき国連に武器が提供されるのは初めてで、政府は、緊急性が高いことから、いわゆる武器輸出三原則の例外措置として実施したとする官房長官談話を発表することにしています。


今回の措置は緊急性が強く、武器輸出三原則の対象外となるようです。韓国軍が弾薬提供を求めるまでに至った南スーダンで、どのような事態が進行しているのか、南スーダンの事情から現在の状況、韓国軍が提供を求めた背景について解説したいと思います。


南スーダン共和国の概要と内紛

南スーダン共和国は、2011年7月9日にスーダン共和国から分離独立した「世界で最も新しい国家」と言われ、国連を中心とした国際社会が協力して国造りを行っている最中です。日本も自衛隊の2012年1月から施設部隊を国連PKOに派遣し、インフラ整備に協力するなどの活動を行っております。

かつてイギリス植民地であったスーダンは、1956年にイギリスからスーダン共和国として独立しました。しかし、スーダン共和国は北部はアラブ系のイスラム教徒、南部はアフリカ系黒人の土着信仰・キリスト教徒といったように、人種・宗教の地域差が大きい国家で、アラブ系に占められていた政府と南部住民の間で対立していました。南北スーダンの対立は2度の内戦と和平を経て、2011年1月の住民投票により南部の独立が決定し、7月9日の独立に至ります。この時、南スーダンの政権を構成したのが、独立運動を主導したスーダン人民解放運動/軍(SPLM/A)でした。

南スーダンで見られる暴力の特色として、スーダン政府と南スーダン間の暴力に加え、南スーダン内部で住民同士でも苛烈な暴力が行われていた点にあります。

SPLA はディンカとヌエルと呼ばれる2つの民族が主流ですが、かつてスーダン政府は他の部族にSPLAと対立する民兵組織を結成させるなど、南スーダン内の民族分断対立を構造化させたため、現在でも南スーダン内にはSPLAに反発する部族がいます。また、当のSPLAも、ディンカ人が立ち上げた当初は、ヌエル人のアニャニャIIと呼ばれる反政府組織と敵対していた過去があります。SPLAは幾度もディンカ人の主流派(トリット派)とヌエル人の反主流派(ナシル派)の離散集合を繰り返していましたが、2002年1月にナシル派はSPLAに復帰し、南スーダン独立に至るまでは協力関係が続いていました。しかし、2013年7月に、ナシル派のトップであるマシャール副大統領が解任され、12月14日にはマシャール前副大統領によるクーデター未遂事件が発生に至ります。現在の南スーダンの状況は、このように複雑な民族間対立を背景にしたSPLAの内紛と言えそうです。



韓国軍の事情

さて、韓国軍が自衛隊に弾薬を求めてきた背景としては、韓国軍が活動している東部ジョングレイ州の州都ボルに反乱軍部隊1000名が接近しており、防衛体制を強化する必要に迫られた事と、日本と韓国が共に北大西洋条約機構(NATO)で標準化された5.56x45mm NATO弾と呼ばれる弾薬を使用している点にあります。UNMISSに兵力を派遣した国は、NATO弾を採用していない国が多く、大量に融通できる部隊が自衛隊しかなかった為とされます。なお、少数名展開中の米軍からも韓国軍は少量の弾薬の提供を受けています。

UNMISS参加部隊と展開地域(防衛省資料より

今回の小銃弾の提供は、国連を通じて行われます。これは、PKO協力法案で物資提供を国連組織に認めていますが、個別の国家に対しては認めていないためです。実は2012年に自衛隊と韓国軍の間で物資を相互に提供できる、物品役務相互提供協定(ACSA)を締結する予定でしたが、締結直前になって当時の李明博政権から延期の申し入れがあり、以後進展しておりません。ACSAでは弾薬を含む武器の提供は認められていませんが、今回のPKO協力法に基づく提供もこれまでの政府答弁で武器を含まないとしてきたため、仮に日韓ACSAが結ばれていたら、日韓で直にやりとりしていた可能性もあります。今回の事態を受けて、日韓ACSAに進展が出てくるかもしてません。

提供される小銃弾が1万発と聞いて「そんなに大量に!」と驚かれる方も多いと思いますが、派兵されている韓国軍兵士273名に1万発を均等に分けると、1人あたり40発以下で一般的な小銃の30発入り弾倉2個分にも満たないものです。全員が連射すると、数秒で撃ち尽くしてしまう量です。それほどの量でも弾薬を集めている韓国軍の状況は、かなり切迫しているのではないかと考えられます。元々、政府軍であった反乱軍はかなりの重装備を持っているものと思われますが、対するPKO部隊は重装備は限られています。現に避難民を保護していたインド軍が攻撃を受け、死者も出ているなど予断を許しません。



スレブレニッツァの虐殺に似た状況

軽武装の国連PKO部隊に重武装の武装勢力が迫る展開は、1995年のスレブレニツァの虐殺を彷彿とさせます。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中、オランダ軍を中心とする軽武装の国連PKO部隊が展開してたスレブレニツァで、8000名以上が虐殺されたスレブレニツァの虐殺は戦後ヨーロッパで最大の虐殺事件と呼ばれ、大きな衝撃を与えました。軽武装で人員、物資共に足りていなかった国連軍部隊は、重武装の武装勢力を前にして抑止力足りえず、虐殺を制止することが出来なかった事も問題になりました。今回、南スーダンで国連キャンプには難民が集まっているとされ、国連PKO部隊はその保護を行っており、状況はかつてのスレブレニツァをなぞっています。事態の進展によっては、比較的安定している首都ジュバに展開している自衛隊にも脅威が及ぶ可能性があります。

スレブレニッツァの虐殺被害者の墓地(写真:MichaelBueker)

今回の提供は、法的には問題が残るものの、その緊急性・重大性を鑑みれば妥当な判断と思います。韓国は25日には装備を空輸するとしており、それまで事態が急激に悪化しなければ、ある程度の抑止力として期待できるかもしれません。しかし、事態が好転しない限り、国連PKOと反乱部隊の衝突、あるいは住民虐殺の恐れは燻り続けるでしょう。

自衛隊、韓国軍を始めとする派遣国要員、そしてなにより南スーダンの人々のため、事態の一刻も早い収拾を望みます。



【参考】

大林一広「内戦後の暴力と平和構築  ―南(部)スーダンの予備的分析と研究課題の模索―」

栗本英世「「上からの平和」と「下からの平和」―スーダン内戦と平和構築」

また、スレブレニッツァの虐殺に関しては、長有紀枝「スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察」
が多分、日本語における唯一の専門書籍。

また、Wikipediaの「スレブレニッツァの虐殺」の項目は、無料で読めるにしては信じられないくらいクオリティが高いので必読。