2014年9月4日木曜日

日本海軍から地続きの海上自衛隊のいじめ問題

海上自衛隊の護衛艦乗員が、度重なるいじめを苦に自殺したとされる事件が報じられています。

海上自衛隊横須賀地方総監部(神奈川県横須賀市)は1日、横須賀基地に配備されている護衛艦所属の男性隊員が、昨年10月以降に男性1等海曹(42)から繰り返し暴行などのいじめを受け、今年に入って自殺したと発表した。海上自衛隊警務隊は1等海曹を暴行と器物損壊の容疑で書類送検する方針。


海上自衛隊ではたびたびいじめが問題になっています。2004年にも護衛艦"たちかぜ"の乗員が自殺し、家族にあてた遺書にいじめの事実が書かれていたため、遺族が国に対して訴訟を起こす事態となりました。この裁判の過程で、海自が"たちかぜ"乗員に実施した、自殺した隊員への暴行等の有無を尋ねるアンケート結果の公開を遺族が求めたところ、海自はアンケート結果は破棄したと回答していました。ところが、調査を担当した三等海佐がアンケート結果は破棄されていないと内部告発した事で、海自の組織的隠蔽が明らかになるスキャンダルにまで発展しました。今年4月には東京高裁が遺族の主張を認め、国に7300万円の賠償を命じる判決を言い渡し、遺族・国双方が上告しなかったことで判決が確定しました。このような事件があっただけに、今回の海自の対応はかなり早いもので、海自トップの海上幕僚長が公表するなど、かなりの危機意識を抱いてたものと考えられます。

この他にも、1999年から2000年の2年間で護衛艦"さわぎり"で4件の自殺・自殺未遂が相次いだ事、2000年には広島県にある海自第一術科学校で集団暴行事件があり、生徒が家族に「殺される」と電話して保護される事件が起きています。

このようにいじめ、自殺問題が相次いでいる海上自衛隊ですが、これらの背景はなんでしょうか。その答えの一端が海上自衛隊の前身である、日本帝国海軍にありました。



戦艦4隻を"撃沈"した海軍内部の規律の緩み

2009年から2011年にかけて、NHKで放映されたドラマ「坂の上の雲」をご覧になった方は多いと思います。2011年末に放映された最終回では、日本海海戦で戦艦"三笠"を旗艦とした連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝利しますが、その三笠は日露戦争終結直後の1905年9月に佐世保港で大爆発を起こして沈没し、日本海海戦での損害を超える251名の死者を出している事はドラマの中では語られていません。

戦艦三笠。日本海海戦の勝利の4ヶ月後、人為的と考えられる事故で爆沈する
三笠の爆沈を皮切りに、1906年に二等巡洋艦”松島”が爆沈、1917年には横須賀港に停泊中の巡洋戦艦”筑波”が爆沈。翌1918年には日本初の弩級戦艦”河内”が徳山湾で爆沈するなど、明治から大正にかけての日本海軍では艦艇の爆発事故が相次ぎました。1918年の河内を最後に爆発事故は影を潜めますが、大戦中の1943年には再び戦艦”陸奥”が爆沈。1100名以上の死者を出す大惨事となりました。これら日本海軍の軍艦爆発事故は、原因不明としているものもありますが、そのいずれも人為的原因が有力視されています。

日本海軍主力艦艇の火薬庫関連事故一覧
40年の間で日本海軍の主力である戦艦が4隻も爆発事故で沈んでおり、そのいずれも人為的原因が疑われている事は衝撃的です。その背景には、規律の乱れが挙げられています。1905年の三笠爆沈では規則を破り、発光信号用のアルコールで飲酒している際の失火で起きたという証言があり、同様に松島でも火薬庫が隠れた飲酒スペースになっていたという証言があります。筑波では火薬庫の鍵管理が杜撰であった事、容疑者と目される乗員が事故当日に窃盗容疑で上官から4時間以上の殴打を伴う私的制裁を受け、精神的に不安定になっていた事が明らかになっています。続く河内爆沈の調査でも、筑波の教訓を受けて防止措置を指示した訓令が河内で実施されておらず、それどころか防護巡洋艦”利根”を除く全艦艇で、訓令の通り行われていなかった事が明らかになり、艦隊全体の規律の緩みに海軍上層部は衝撃を受けます。



緩慢なストレスによる人間関係と規律の崩壊

では、なぜ日本海軍や海上自衛隊で規律違反が目立つのでしょうか。1つの仮説として、閉鎖的で密接な人間関係を強いられる艦艇勤務に答えがあるのかもしれません。

自衛隊の看護師である看護官らがまとめた「防衛看護学」では、自衛隊の国際平和協力活動でのストレスモデルをHIS(高強度ストレス)とLIS(低強度ストレス)の2つに分類しています。HISは戦闘や自然災害等の危機状況下における過度の緊張や、惨事を目撃した事によるショック等の強いストレスの事で、帰還兵の社会不適合やPTSDの原因ともされています。一方、LISは普段の繰り返す単調な任務や長い待機によって、達成感やモチベーションが失われる事による緩慢なストレスを指し、上官への反抗、仲違い、個人をスケープゴートとする等、組織内の人間関係の不調和の原因とされています。

近年、自衛隊のイラク派遣経験者の自殺率の高さが報道されており、NHKの特集では過酷なイラクでのストレスを原因と推測していましたが、必ずしもそうとは言えないようです。というのは、イラク派遣ではLISが大きな問題とされ、隊内の人間関係に問題が生じていたからです。イラク派遣では自衛隊は砂漠に宿営地を建設し、宿営地を拠点にインフラ建設や給水活動を行っていました。閉鎖的な宿営地での生活と、任務に従事する日々がLISをもたらしたと考えられ、結果的に隊員間の人間関係の不和に問題が生じています。

自衛隊のサマーワ宿営地。単調な砂漠に囲まれた生活(Google Earthより)

転じて、海上自衛隊の艦艇勤務ではどうでしょうか。艦艇勤務は艦内で数百人の乗員が生活を共にしており、公私に渡り密接な人間関係が強いられる環境にあります。このような環境に加え、繰り返される訓練、不規則な勤務、長期の航海等のストレス要因は多くあり、それらがモチベーションの低下と規律の緩みに繋がる事は十二分に考えられます。事実、近年も規律違反による重大事故が起きており、2007年には護衛艦"しらね"で正規の手続きを通さず乗員が持ち込んだ冷温庫から出火し、護衛艦の中枢である戦闘情報センター(CIC)が全焼する事態となりました。また、今年の自殺事件では上官による暴行や金銭の要求が明らかになっていますが、2000年頃に自殺が相次いだ"さわぎり"に至っては、加害乗員による飲酒等の規律違反、更には賭博、恐喝、横領等の犯罪行為も明らかになっています。

先に挙げた日本海軍の例でも、事故の前に盗難、暴行、発表前に昇進情報が漏れる等、規律の緩みがそこかしこに見られました。そして、精神に不調を来した乗員による放火が疑われる爆発事故に至っています。このような規律の緩みと、それに伴う乗員の精神不調が、軍艦爆沈という最悪の事態を引き起こしたのかもしれません。



いかに未然に悲劇を防ぐか

艦艇という閉鎖空間に縛られざるを得ない海軍・海上自衛隊にとって、ストレスの構造的要因そのものを変える事は難しいと思われます。このように構造的要因の改善が難しい以上、いかに早く問題をキャッチアップして、改善に繋げるよう努める事が次善の策となると思われます。しかし、今年起きた自殺では相談された幹部が問題を認識せず、被害聞き取りに加害者を同席させる等、問題ある対応をしていた事が報じられています。

自衛隊ではメンタルケアの実行主体は部隊長とされており、専門的知識を持つカウンセラー等の役割・権限は明確でありません。メンタルケアが部隊長の認識に大きく左右される事が、今回の誤った対応を招いたのではないでしょうか。また、艦艇では各部署の長の力が強く、苦情の受理者である艦長に一般乗員が相談するという事自体が難しいという背景もあります。事実、”さわぎり”で自殺した三等海曹は、上長の機関長ですら「雲の上の存在」だったと生前に語っていたとされます。

自衛隊はプロフェッショナルの集団です。隊員や部隊の役割は細分化されており、それぞれが専門的な技能と経験を有しています。そのプロフェッショナル集団で、メンタルケアが専門家の手に委ねられておらず、実施者も未熟な認識で取り返しのつかないミスをした現状は恥ずべきものではないでしょうか。メンタルケアにおいても、プロフェッショナルの集団となって欲しいものです。

※(9/4,13:00訂正)今年の自殺事件で、被害者が艦長に相談していたと書きましたが、正しくは幹部でした。お詫びして訂正致します。


【関連】


吉村昭「陸奥爆沈」

本稿の種本その1。歴史小説家吉村昭による戦艦陸奥爆沈を追ったルポ小説。
爆沈原因を探る査問委員会で、次々と浮かんでは可能性無しと消えていく技術的要因による爆発説。そして、委員は最後の可能性の検討を始める。乗員自身による放火説を……。
関係者による綿密な聞き取り取材と資料調査により書かれた本書は、小説でありながら、後述する防衛省防衛研究所の論考でも賞賛される傑作ルポとなっている。


「防衛看護学」

種本その2。自衛隊の看護師である看護官によって書かれた、防衛分野に特化した看護の解説書。戦闘や災害での負傷の対処法から、設備が整っていない地域での治療等、一般的な看護で見られないシチュエーションでの看護法について説明されている。もちろん、自衛隊のメンタルヘルスについても1章を割かれて解説されている。


山本正雄「軍艦爆沈事故と海軍当局の対応 -査問会による事故調査の実態とその規則変遷に関する考察-」

防衛省防衛研究所研究員による論考。日本海軍での軍艦爆発事故は当初自然発火説が取られていたが、相次ぐ爆発事故により海軍当局が人為的要因を直視せざるを得なくなり、人為的要因を考慮した防止策の徹底により、河内から陸奥まで25年間爆発事故の予防に繋がった事を示唆している。