2014年9月10日水曜日

池上コラム不掲載問題、異議を唱えた記者以外は何を呟いていたか

9月2日、朝日新聞の名物コラム「天声人語」は「寛容と不寛容という難問」という題で、不寛容に対する寛容の問題や言論の自由について述べていました。ところがそのコラムが載った日、池上彰氏が朝日での連載コラムに従軍慰安婦報道検証について論じようとしたところ、その掲載を朝日が拒否し、池上氏が連載中止を申し入れた事が週刊文春で報じらました。寛容と不寛容、言論の自由について言及したその日に、朝日新聞が示した「不寛容」は、社内外に大きな波紋を呼びました。

この件で特に目を引いたのが、他でもない朝日の新聞記者達自身が声をあげた事です。記者たちは自社の掲載拒否にツイッターで異議を唱え、この事はネット上で大きな関心を集めました


ジャーナリストの池上彰氏が朝日新聞の慰安婦報道検証記事の問題点を指摘したコラムが一時掲載を拒否された問題で、朝日新聞が3日夕に翌日朝刊の掲載を発表するまでに、少なくとも32人の朝日新聞記者がツイッターで自社の対応に異議や疑問の声をあげていたことが、日本報道検証機構の調査でわかった。ツイッター上だけでなく、社内の議論で多くの記者がコラムの掲載を求めたと複数の記者が指摘。こうした現場記者からの反発や掲載を求める声に上層部がおされ、当初の判断を覆した可能性が高い。



内外からの反発を受けて、朝日新聞は掲載拒否を撤回し、コラムは予定通り掲載される事になりました。この件で声をあげた朝日新聞記者らは賞賛を持って報じているところが多いと思います。

ですが、依然として誰が、どういう経緯で掲載不許可を決めたのか、未だに朝日新聞は明らかにしていません。記者個人の行動の美談の影に隠れて、責任の所在が不明確なままとなっています。先の日本報道検証機構のツイート調査はポジティブな面の調査で、ネガティブな面は見えてきません。

そこで、朝日新聞記者の全ツイッターアカウントから、記者個人のツイートの傾向や池上コラム問題前後の発言を精査することで、朝日新聞社内でどういう人達がこの問題を無かった事にしようとしているのか分かるのではないかと仮説を立て、検証してみました。

ここで断っておきたいのは、朝日新聞にいる全編集者2,377人(2013年4月1日現在。朝日新聞CSR報告書・会社案内 2013より)のうち、ツイッターアカウントを持って公表しているのは1割に届きません。分かる限りのツイッターアカウントを対象にしましたが、記者の総数と比べるとサンプル数が少ない事はあらかじめご了承下さい。しかしながら、検証からある傾向が見えてきました。



記者の全体的傾向

まず、朝日新聞記者でツイッターアカウントを公開している記者を割り出しましょう。朝日新聞公式サイトに「公認」アカウント一覧が掲載されており、134名のアカウントが公表されています。ところが、公式サイトに掲載されていない「野良」アカウントもいて、その把握に苦労しました。先に記事を引用した日本報道検証機構の調査によれば全記者アカウントは165名分とのことでしたが、私の調査では全部で167名を確認し、この全員を対象に調査を行いました。

最初に全体の傾向として、コラム掲載拒否報道から撤回が行われる前と後で、言及した記者が何人いたかを表で見てみましょう。

池上コラム問題での撤回前後の朝日記者の行動

掲載拒否報道から撤回前までに32名の記者が社の決定に不満・批判を述べていますが、反面132名が言及せずにいます。また、自身でツイートはしないものの社を批判する意見をRTした記者が2名いましたが、朝日新聞記者はツイッターの自己紹介にほとんどの場合、「ツイートは個人の意見で、社の見解ではありません。RTやリンクは賛意とは限りません」と但し書きを付けており、RTの真意が判らない為に意見表明とは別の扱いにしております。「その他」については、含みのあるツイートをした記者を分類しています。

掲載拒否撤回が報じられると、言及する記者は微増して43名、そして意見や記事をRTする記者は28名と大幅に増加します。それでも半分以上の記者に騒動に対する反応が見られません。もちろん、社の決定を公然と批判する事に慎重な記者が大勢なのは理解出来る事ですし、そもそも自分の専門外で、特に言及の必要を感じていない事も考えられます。事実、一貫して事件報道のツイートしかしない事件記者アカウントもありますし、国際報道についてしか言及しない国際報道記者アカウントもあります。自身の専門から逸脱せず、一貫したツイートを心がける姿勢は立派なものです。自社の汚点に言及しない事を批判される謂われは無いでしょう。



普段の言動からかけ離れた行動をする記者たち

ところが、個々の記者アカウントを精査すると、掲載拒否~撤回の前後で自身のそれまでのツイート姿勢から逸脱した方向性を示す記者、或いは専門分野のはずなのに言及しない記者が、少なからぬ数いる事が分かります。

特に顕著な例を挙げると、石井徹編集委員(環境・エネルギー問題担当)です。環境・エネルギー問題担当ですが、ツイート内容はメディア(主にNHK)批判や慰安婦問題、平和問題についてのRTが大勢を占めています。もっとも、記者が他分野に関心を持つのは良い事で、それ自体は批判される事ではありません。問題は普段は他社メディア批判をしておきながら、朝日の今回の失態についてどう反応したかです。問題が明るみになってからのRT内容を見てみましょう。

石井編集委員が騒動後に連続RTした内容

他社も誤報や事前検閲をやっており、最近の流れは「異常な朝日バッシング」だとする意見等、朝日擁護ツイートを連続してRTしています。自社が起こした騒動への内省の姿勢は一切見られないばかりか、「他社もやっている」と擁護する姿勢を見せるのは、普段の他社批判を展開している自身の姿勢と相容れないと思いますがどうでしょうか。なお、8月22日の石井編集委員のツイートでは、NHK退職者有志1370名がNHK籾井会長の辞任を求めたニュースに、「社内にこれだけ異論があるのは救い」とコメントしていますが、ご自身は自社内の異論に一切反応せず、ネットの他人による自社擁護にしがみついています。

続いては、上丸洋一編集委員(言論・ジャーナリズム担当)です。氏は言論・ジャーナリズム担当で、戦争とメディアの関係についても分析されていて、慰安婦についても過去に積極的に発言しています。まさに今回の一連の問題にコメントするにピッタリの方ですが、掲載拒否報道から1週間を経た今もなお、騒動については知らぬ存ぜぬを決め込み黙殺しています。保守メディア研究・批判も行われている方なのですが、自社へはその研究眼を向けないようです。

極めつけは、小森敦司編集委員(環境・エネルギー問題担当)です。石井編集委員と同じく環境担当の編集委員で、戦争に関するツイートも多い方です。掲載拒否問題が大きく騒がれた9月3日に、1回だけ関連ツイートをしていますが、驚きの内容です。見てみましょう。


しかし、もし、その原稿が、誤解や不十分な情報にもとづくものだったら、どうなるのだろう? 落ち着かないが、私は私の仕事をしよう。


騒動の最中の小森編集委員のツイート

名指しこそ避けているものの、暗に掲載拒否が池上氏の責任によるものだと示唆しています。自社擁護、黙殺に続き、責任転嫁です。仮に池上氏のコラムが誤解や不十分な情報に基づく内容だったとしても、後で紙面で反論すればいいだけの話です(実際に池上氏のコラムはとても妥当なものでした)。ここまで来ると呆れを通り越してしまいます。

この他にも、今回の騒動は格好の事例であるにも関わらず一切触れない「ジャーナリズム学校長」、8/30に「警察がありもしない事件をでっち上げようとした事件」と志布志事件を取り上げているけど自社の誤報はスルーなのが素敵な編集委員と、普段の言動や専門・得意分野のはずなのに言及する素振りを見せない記者が見られます。

ジャーナリズム学校長を別にすれば、4人はいずれも朝日新聞の編集委員です。編集委員とは一般的に、一定のキャリアを積んだ後に、特定の部署に属さずに自分の専門についてコラムや分析を行う記者の事で、朝日新聞では52名しかおりません。新聞社の記事傾向・オピニオンを左右する顔とも言える存在ですが、問題の記者がここに集中しているのは興味深いです。



慰安婦報道に熱心な記者ほど無視を決め込む傾向

これまでの調査はツイッターアカウントを持っている記者のみを対象としたもので、記者全体を見れば必ずしもそうではないのかもしれません。しかし、従軍慰安婦問題に積極的にタッチしていた記者ほど、今回の騒動を擁護、黙殺、責任転嫁する傾向が見られたのは興味深い現象です。従来の朝日の慰安婦報道を担っていた彼らにとり、8月に始まった報道検証は自身のキャリアの否定となるのかもしれず、保身からそのような行動に走っているのかもしれません。正直な所、そんなことして良い事は何一つ無いと思うのですが、そんな稚拙な行動に走る人々の中に、池上氏のコラム不掲載にして、却って事を大きくしてしまった人物がいるのかもしれません。

なお、今回の調査データは他の方が検証可能なよう、Excel形式の集計表をオンライン上で公開しております。興味のある方は以下のURLにアクセスして頂ければと思います。

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1Ruhfkw1m1qxD_4_qEDzFg1hM5FYhuDbnighpveZRFJU/edit?usp=sharing



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