防衛省は3日、武器輸出を事実上禁じてきた武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の閣議決定を踏まえ、防衛生産・技術基盤の強化戦略の骨子案を自民党国防部会に示した。日本企業が共同生産に参加している自衛隊の次期戦闘機F35について、アジア太平洋地域の整備拠点を国内に設置することを検討していることを明らかにした。
毎日新聞:<次期戦闘機F35>整備拠点国内設置を検討 防衛省骨子案
この報道に対し、日本が導入するのだから、整備拠点が日本にあるのは当然じゃないかと疑問を呈される方もいるかもしれません。ところが、日本に設置されるのと同様の整備拠点は、世界にイタリアとアメリカにしか無いもので、その設置には武器輸出三原則の見直しが大きく関係しているのです。
F-35戦闘機 |
F-35の開発計画とFACO
F-35はアメリカが主導して開発が進められている次世代のステルス戦闘機で、ステルス機能に加え、様々な任務を1機種でこなせる多用途性を特徴としており、競争の結果ロッキード・マーティン社のF-35に決まるまでは、JSF(Joint Strike Fighter:統合打撃戦闘機)計画として知られていました。F-35の開発にあたり、JSFコンソーシアムと呼ばれる、JSF計画に参加する国家による団体が作られました。JSFコンソーシアム内では、アメリカ以外のJSF計画参加国が、計画への出資・貢献の程度によって階層(Tier)付けされており、上位の階層ほど計画に与える発言権が大きいといった特徴があります。
JSFコンソーシアムメンバー国と階層 |
最上位のTier1はイギリスのみで、20億ドルの出資によりF-35の設計に対する決定的な発言権と、開発・生産における自国企業への下請けが保証されています。その他、Tier2、Tier3と階層が下がるごとに出資額が下がる分、計画に与える影響は少なくなります。
これまでも戦闘機の国際共同開発は主にヨーロッパで行われていましたが、JSF計画におけるコンソーシアム方式が従来のものと異なるのは、参加国全てに作業分担が保証されず、設計への影響力、もしくは下請け選定時の優先権しか与えられていない点です。従来のヨーロッパにおける国際共同開発では、出資額に応じた作業分担が保証されていましたが、この方法では技術力に劣る企業にまで作業分担がなされる恐れがありました。コンソーシアム方式ではTier3参加国の企業に優先権はあるものの、技術的・コスト的に優れる場合は非コンソーシアム国の企業に作業分担される事になっており、コンソーシアム国企業の利益よりも機体の完成度を高める事を優先しています。
イギリスに次ぐ出資国であるイタリアには、最終組立・検査(FACO:Final Assembly and Check Out)施設がカーメリ空軍基地内に設置されることになりました。このカーメリFACOの運用は、イタリアの航空機メーカーのフィンメッカニカ・アレーニア・アエラマッキに任されており、ヨーロッパ・地中海沿岸諸国が配備する全てのF-35は、このカーメリFACOで機体の最終組立やステルス性能を与えるための塗装と検査が行われます。特にステルス性能を左右する塗装とその検査施設は機密度が高く、世界で同様の設備があるのはアメリカのフォートワースにあるロッキード・マーティンの工場と、今後設置が予定される日本のFACOに限られています。FACOはF-35の製造・メンテナンスの重要施設であり、その地域におけるF-35運用の要となります。イタリアのFACOがヨーロッパ・地中海沿岸地域をカバーするのに対し、日本のFACOはアジア・太平洋沿岸地域のF-35運用国のハブとして機能する事になるでしょう。
イタリア、カーメリ空軍基地内のFACO |
FACO設置と武器輸出三原則見直し
さて、このFACOが日本にも設置される事が決まったというのは前述の通りですが、このFACOの設置がどのように武器輸出三原則見直しと関連しているのでしょうか。それは、FACOやF-35に関わる国際的な管理・運用システムに原因があります。アメリカのフォートワース工場とイタリア・日本のFACOはオンラインで結ばれており、いずれかの施設で製造プロセスの改善が行われた場合、ただちにその手法が共有される仕組みになっています。F-35製造についての知識と経験が、国を超えて共有される事になるのです。
また、F-35のメンテナンスにあたっては、ALGS(Autonomic Logistics Global Sustainment)と呼ばれる国際的な後方支援システムが存在します。このALGSでは、全てのF-35運用国が互いに部品を融通しあう事になっており、どこ製の部品が使われるかといった事は区別されません。つまり、場合によっては日本製部品が海外のF-35に使われる事になり、武器輸出三原則に抵触する恐れがあるのです。F-35の部品はグローバルなサプライ・チェーンに基いて供給されており、一国だけ特別という扱いはまず無理で、F-35導入にあたってはF-35を武器輸出三原則の例外とする措置が取られました。
ALGSのイメージ(防衛白書より) |
しかしながら、FACOの設置が日本にとって良い事かと言えば、必ずしもそうとは限りません。日本は前述したJSFコンソーシアムのメンバー国ではなく、あくまで製造に関与する下請けという位置付けにあります。日本に設置されるFACOはイタリアと同様のものとされていますが、Tier2メンバーのイタリア並にFACOの運用に関われるかは不透明です。そのメンバー国のイタリアですら、重要な部分はアメリカのロッキード・マーティン社が行っていると不満を述べています。日本はこれまで、アメリカの戦闘機をライセンス生産することで技術力を付けてきましたが、FACOでF-35生産に携わる事が出来ても、従来のような恩恵を日本企業が得る事は少ないだろうと見られます。
日本がJSFコンソーシアムに加わらなかった原因に、かつての武器輸出三原則があったとする意見もあります。しかし、現在の装備開発では開発費の高騰が問題になっており、開発費を分担しあう国際共同開発の流れが今後主流となるのは確実です。日本が装備開発競争に乗り遅れる事のないよう、国際共同開発への参加する事は安全保障上の重大な課題となります。そのためには、F-35のように武器輸出三原則の例外化だけでなく、抜本的な改正が重要になってきます。今回の改正により、国際共同開発への参加が大幅に条件が緩和される事になり、今後の装備品の国際共同開発に繋がる事になると思われます。
F-35の製造やメンテナンスに日本がどのレベルにまで関われる事になるか、まだFACOも設置されていない状態では未知数ですが、楽観できない状況にあると思われます。今後は日本が国際的な潮流に乗り遅れる事のないよう、日本にとっての平和と利益に資するような政策が取れることに期待したいです。
【参考となる資料】
森本敏「武器輸出三原則はどうして見直されたのか?」
森本敏元防衛大臣による、武器輸出三原則がなぜ見直されたのかについての解説書。防衛問題に詳しい識者による覆面座談会形式をとっており、武器輸出三原則とF-35の関係性に多くを割かれている。FACOやALGSとその問題点(とどのつまり、米国が技術を外国に出さない仕組み)も指摘しており、非常に勉強になります。
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