平成25年度の緊急発進回数は、前年度と比べて243回の大幅な増加となる810回であり、平成元年以来24年ぶりに800回を超えました。これは、昭和33年に航空自衛隊が対領空侵犯措置を開始して以来56年間で、9番目に多い回数でした。 推定を含みますが、緊急発進回数の対象国・地域別の割合は、中国機約51%、ロシア機約44%、北朝鮮機等その他約5%でした。
緊急発進急増の理由は中国・ロシアの2国が日本周辺での飛行を活発化させている事が原因で、近年急拡大する中国軍と冷戦後は低調だったロシア軍の復活を印象づける出来事です。特に冷戦期を通じても大人しかった中国軍の行動が、この数年で一気に活発化している点は見逃せません。10年、20年前とは行動がまるで異なる中国軍ですが、これに対峙する日本はどう認識しているのでしょうか。
日本周辺を飛行する中国軍の情報収集機(航空自衛隊撮影) |
鉄道輸送が時代遅れ?
ニューズウィーク日本版3月25日号で「中国軍の虚像」という、中国軍の実情をテーマにした特集が組まれていました。テーマがホットなだけに目を通したのですが、稚拙なレベルの事実誤認と都合の良い解釈が全編に渡って貫かれており、あまりの出来にしばし唖然としました。著者が言うには、中国軍は「20世紀の技術さえ習得していない」そうで、その根拠を以下のように挙げていました。人民解放軍は今も長距離の移動を伴う訓練に際し、戦車や大砲の運搬を貨物列車に頼っている。軍隊の移動は空輸が常識という時代に鉄道輸送とは、いかにも古臭い。ちなみに鉄道が輸送の主力だったのは第一次大戦までである。
この鉄道輸送は時代遅れとする指摘は2つの点で間違っていて、戦車や大砲等の重量物の輸送は現在のアメリカ軍でも普通に行われており、YouTubeでその様子を撮影した映像をいくらでも見ることができます。また、「軍隊の移動が空輸が常識」なんて常識はどの軍隊にも存在せず、軽武装の緊急展開部隊を除けば海上輸送がその主力です。仮に戦車を空輸しようとした場合、アメリカ輸送軍麾下の航空機動軍団が総力を挙げても、1個師団分の戦車を運ぶのがせいぜいです。そして、それを実行した場合の輸送コストは、とんでもない金額になるでしょう。
【動画:鉄道で輸送されるアメリカ軍戦車】
他の記述も頭が痛いですが、続けて見てみましょう。
核ミサイルを担当する精鋭部隊の第2砲兵部隊でさえ、広大な内陸部に展開するミサイル基地の警備には今も騎馬隊を用いている。監視用ヘリコプターがないからだ。
固定翼の軍用機も時代遅れだ。60年も前にソ連で開発された爆撃機ツポレフ16型の改造版は今も現役で、しかも本来の爆撃機としてのみならず、偵察機や空中給油機としても使っている。
まず、警備目的で騎馬を用いるのは欧米諸国の警察で現在も行われており、車両が入れない場所も通れる事や高い視界による監視等、数々の利点が評価されています。そして、アフガニスタンに展開するアメリカ軍でも山岳部に展開する特殊部隊が馬やロバを運用しており、アフガニスタンと環境が似ている僻地に展開する中国軍第2砲兵部隊が、ロジスティックスへの負担が低い騎馬を運用していてもおかしいことではありません。
アフガニスタンの前線基地を視察するシューメーカー陸軍参謀総長(右)とロバ(中央) |
また、60年前に開発されたツポレフ16型爆撃機(Tu-16)を時代遅れと言っていますが、Tu-16と同じ1952年に初飛行したB-52爆撃機は未だにアメリカ軍で使用されており、2045年まで運用される予定です。Tu-16の開発時期をして時代遅れと言うのなら、同時期の機体を100年近く運用するアメリカはどうなるのでしょうか。
他にも突っ込みどころがありますが、キリがないのでここいらで止めます。ですが、こんなどうしようもないレベルの話で、中国軍が「20世紀の技術さえ習得していない」とするには、あまりに無茶があります。
もっとも、この記事を書いたライターの不見識を笑う程度で済む話ならば、大した問題は無いのかもしれません。しかし、そうはいかないようです。と言うのも、この記事の執筆者はPROJECT2049研究所というアメリカの民間シンクタンクの研究員で、この研究所の設立には知日派の重鎮リチャード・アーミテージ元国務副長官と関係の深い、ランダル・シュライバー元東アジア太平洋担当国務次官補代理が関わっています。PROJECT2049はアジア・太平洋地域の安全保障問題を専門にしており、日本の安全保障研究者との交流も行われるようになっていますが、このような立場の人間がイチャモンに近い理由で中国軍を侮っている事に驚きと不安を禁じえません。
中国・ロシアの空母は張り子の虎?
ここまでで挙げたニューズウィーク日本版の記事は、日本版オリジナルとは言え、書いたのは外国人ですのでまだ言い訳が聞きます。しかし、日本の大手マスコミ出身者にも、中国軍を侮る記事を書く人が見られます。朝日新聞の論説委員を努め、現在はジャーナリストとして活動している田岡俊次氏もその1人です。では、田岡氏が中国の空母”遼寧”について、原型となったソ連空母を含めた解説記事での記述を見てみましょう。搭載する戦闘機Su(スホーイ)33の標準離陸重量(翼下の増加燃料タンクや爆弾などは着けない)は25.7トン、エンジン2基の推力は最大25.6トンだから爆弾、ミサイルを積まず、さらに燃料を減らさないと発進出来ない。飛行甲板の後端から全力で滑走してやっと浮くから、米空母のように甲板上に多数の航空機を並べておき、次々にカタパルトで射出することは不可能で、下の格納甲板から1機ずつエレベーターで上げては発進させるしかない。
この文章中の大きな誤りとして、垂直離陸をしない限り、エンジン推力が機体重量を超える必要は無いことです。田岡氏の言っている事が事実ならば、今も世界を飛んでいる民間・軍用含めたほとんど全ての航空機が離陸出来ない事になります。
B747。最大離陸重量875千ポンドに対し合計最大推力253千ポンドでも飛ぶ |
これらの「クズネツォフ」の問題点は基本的に同型の「遼寧」でも全く同じだ。中国が自力で次の空母を建造しても、カタパルトと艦載早期警戒機、あるいはF35Bとオスプレイの早期警戒型(今はないが開発は可能)を米国から輸入しない限り問題は解消しない。
まず、カタパルトが無くても艦載機は発艦可能な上、F-35を導入しなくても中国では現在Su-33を基にしたJ-15艦上戦闘機を開発中で、さらにJ-XX計画として知られる第5世代ジェット戦闘機計画では、艦上機型も想定されているとの憶測も出ており、わざわざ米国からF-35を導入する必要性はありません。
田岡氏の空母を巡る発言で不思議なのは、かねてより日本のひゅうが型護衛艦を空母扱いする一方で、中国やロシアの空母に関しては戦力にならないと過小に評価する点です。田岡氏が中国空母に対して言った事が事実だと仮定したら、中国と同じくカタパルト開発経験もジェット艦載機開発経験も無い日本の空母も張子の虎のはずなんですが、これはどういうことなんでしょうか。
ネット上に流出した、中国が開発中の第5世代ステルス戦闘機J-31。艦載型も噂される |
10年、20年前の認識が蔓延る日本
日本の防衛装備品技術に対する研究開発(R&D)投資は年々減少傾向にあるのに対し、中国軍のR&D投資は2007年で日本の4倍に達しており、現在はもっと差が開いているものと見られます。政府の投資に加えて民間でのR&Dも活発で、先にJ-XX計画機の1つであるJ-31は開発企業の瀋陽飛機工業集団の自社開発製品であるとも言われており、研究開発の環境そのものが既に日本とは別次元です。それにも関わらず、中国軍の能力が低いとする言説が未だに見られます。確かに、R&D投資がすぐに現実の軍備に反映される訳でも無ければ、ソフト面という可視化し難い要素もあるのは事実です。しかしながら、防衛分野でのR&D投資額の逆転は相当以前から起きており、現実の軍備に反映されるには十分な時期が過ぎたと言えます。ソフト面においても中国軍は教育に重点を置いており、中国人民解放軍国防大学を始めとした10の大学機関と、多数の学校が設置されています。国防大学に留学経験のある自衛官によれば、留学生のために単身宿舎から家族帯同アパートメントまで用意され、学生は衣服だけ準備すれば生活に必要な物は全て支給される等の徹底したサービスぶりで、教育機関にも十二分に資金が回っている事が窺えます。少なくとも、何を解決すべきなのか、向こうは理解して投資をしているようです。
ここまで見てきた中で、現実の中国軍の進歩・改善した点は多くあると理解して頂けたと思います。しかし、冷戦期の中国イメージを未だに引きずっているかのような言説が日本ではまかり通っています。10年、20年前の認識ですら現在とは大きく異りますが、更に言えば、2012年から2013年の2年間で中国海軍が建造した戦闘艦は、この20年間で自衛隊が建造した護衛艦の数に匹敵するという事実を見れば、2、3年前の認識ですら時代遅れとなっているのが中国軍の進歩の速さと言えます。
現実に相当の差をつけられようとしていますが、相手に立ち向かうには正しい理解と認識が必要です。頭に蔓延る既成概念を取っ払い、現実を直視する事がまず必要なのではないでしょうか。
【参考になる本】
トシ・ヨシハラ「太平洋の赤い星」
以前も何度か触れた中国海軍戦略についての本。2010年に書かれたこの本の内容ですら、既に遅れてしまっている所が中国軍の進歩の速さの怖い所。
茅原郁生「21世紀の中国 軍事外交篇 軍事大国化する中国の現状と戦略 (朝日選書)」
中国軍の第一人者、茅原先生が書かれた本の中で直近の物。茅原先生の著書はハードカバーのガチ研究書が多い中、これは選書スタイルをとっており、読みやすさ、入手容易性、価格ともにお勧めです。
【参考にならない本】
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2014年 3/25号 [中国軍の虚像]
全く参考になりませんが、写真は面白くて安い点は評価しても良い。
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