2014年7月20日日曜日

ガザ侵攻、イスラエル・ハマス双方の事情と国民の選択

8日に始まったイスラエル軍によるパレスチナ自治政府ガザ地区に対する軍事行動”Operation Protective Edge”は、開始から1週間を過ぎてもなお戦闘は継続しており、これまでにパレスチナ側の死者は200人以上に達しています。


【ガザ市AFP=時事】イスラエル軍は16日未明、新たにパレスチナ自治区ガザに対する空爆を行い、医療関係者によると、3人が死亡した。これで、これまでのパレスチナ人犠牲者数は200人に達した。
時事通信:ガザでの死者200人に=パレスチナ


今回の軍事行動に至った直接のきっかけは、6月に起きたユダヤ系イスラエル人少年3人の誘拐・殺害事件です。イスラエル政府は事件の犯人をガザ地区を支配するイスラム原理主義組織ハマス関係者と断定しており、軍事行動は少年殺害に対する報復を目的にしていました。過去にもイスラエルは自国民の誘拐・殺人に対しては報復を行っており、最近では2006年にレバノンを拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラによる兵士誘拐でも、イスラエル軍がレバノンに侵攻する事態となりました。

しかし、イスラエルは小国と言えども、中東で最強の軍事力を持つ国家です。そのイスラエルが殺された少年3人の報復として、200人以上のパレスチナ人を殺害する事に、多くの人が嫌悪感を持たれている事でしょう。日本国内でもイスラエルを非難する論調の報道が多く見られます。その多くは、強大なイスラエルが市民を巻き添えにした空爆を行っている、と。しかし、イスラエルとハマスを内部事情から見ると、両者が共に追い詰められ、袋小路にハマっている現状が見えてきます。


政府より国民が強攻策を望むイスラエル

これまでの空爆に続き、18日にはガザ地区への地上侵攻が始まりました。この地上侵攻の目的として、イスラエル軍はガザ地区から掘られた地下トンネルの制圧を挙げています。ガザ地区はイスラエル軍により、従来から厳しい検問が敷かれており、地下トンネルは生活物資の搬送からテロ攻撃要員の移動等、ガザ地区やハマスにとって重要な役割を果たしています。このような地下トンネルは無数に存在し、ガザ地区からエジプトへ、ガザ地区からイスラエルへと言ったように、ルートも様々です。

ガザ地区に掘られたトンネルの入り口(イスラエル軍広報アカウントより)


イスラエルは以前より、地下トンネルを通じたテロ攻撃に悩まされていました。2006年にも地下トンネルから潜入したハマス戦闘員が、警備にあたっていたイスラエル兵2名を殺害、1名を誘拐する事件が起きています。

また、ガザ地区からは頻繁にロケット攻撃が行われています。ハマスは射程4kmから75kmのロケットを保有しており、軍事行動が始まった7月8日以降、1000発以上のロケット弾がイスラエルに向け発射されています。この攻撃はイスラエルの人口密集地を狙ったもので、イスラエル全国民の約70%にあたる500万人以上がその射程圏内で生活しています。下の映像はイスラエルで開かれた結婚披露宴の最中にロケット攻撃警報が発令されて、参列者が避難する様子を写したものです(後半はロケットを迎撃するアイアンドーム防空システム)。このように、イスラエル国民の相当数は、日常的に脅威にさらされています。




このように日常的に脅威に晒される環境が、イスラエル国民にどのような影響をもたらしているのでしょうか。世界的な軍事史学者として知られる、イスラエルのマーティン・ファン・クレフェルト氏の言葉にその答えがあります。先日来日したクレフェルト氏は、講演の中で脅威にさらされるイスラエルについて、「政府より国民の方が極端な措置を要求し、報復を求めている。2006年にレバノンを攻撃しなかったら、恐らく政権は倒れていたと思います」と、国内事情を吐露しています(※当該講演要旨)。実際に今回の軍事行動においても、ハマスと一時停戦した直後にハマスのロケット弾攻撃でイスラエル民間人に1人の死者が出たため、イスラエルのネタニヤフ首相に対して、国内から強い批判の声が上がっていると報道されています。イスラエルの強硬な姿勢も、国民の強い支持を受けた結果の行動なのです。



トンネル封鎖で切羽詰まるハマス

イスラエル軍の目標はトンネルの制圧ですが、そのトンネルを掘っている側のハマスにとって、トンネルは非常に大きな意味を持っています。昨年成立したエジプトの新政権は、エジプトに繋がる全てのトンネルを封鎖しました。ガザ―エジプト間のトンネルは主要な物資輸送ルートであり。朝日新聞によればこのトンネル封鎖によって、トンネル密輸に従事していた労働者約5000人のうち7割が失業し、産経新聞もハマス幹部の言葉として、月に220億円の損失が出ている事を報じています。150万人のガザ地区住民の生活を支えるトンネル密輸は、ガザ地区・ハマスにとっての一大ビジネスとなっており、これを潰された事でハマスは密輸による収益を絶たれると共に、ガザ地区住民からの信頼を失ったとニューズウィークは報じています

イスラエルとハマスの紛争は、エジプトが仲介して停戦を結ぶ事が多々ありましたが、今回はエジプトの停戦案をハマスは蹴っています。ハマスにとり、トンネルを封鎖したエジプト新政権の仲裁を受けるのは腹立たしい事だったのかもしれません。



イスラエルが突きつける国民の選択

さて、今回の紛争でイスラエルの死傷者と比べ、パレスチナ側の方が格段に被害が大きいのは間違いありません。200名以上の死者を出しているパレスチナに対し、イスラエルは1,000発以上のロケット攻撃を受けたにも関わらず、攻撃のほとんどをミサイル防衛システムで迎撃しており、19日現在のイスラエルの民間人の死者は1人と、規模の割に軽微な被害に留まっています。

この被害の差から、圧倒的なイスラエルと弱者のパレスチナという構図で報道するメディアが多く見られます。今回のイスラエルの軍事行動を非難するのは簡単です。しかし、頻繁に市街地にロケット弾を撃ち込まれ、子供が誘拐されるような環境にある国の住民が、穏当な手段を望むでしょうか。イスラエル国防軍の広報アカウントでは、”Operation Protective Edge”が始まって以降、頻繁にある一文を載せた画像を掲載しています。


イスラエル国防軍の広報アカウントによる画像。「貴方ならどうする?


ロケット弾攻撃に晒されるパリを背景に「貴方ならどうする?」と問いかけています。このような立場に日本が置かれた場合、国民はどうするでしょうか。北朝鮮のミサイルが日本列島を飛び越えた事で一気にミサイル防衛推進に至った国民世論や、原理的に有り得ないゼロリスクを要求する人々が絶えない原発問題や環境問題等を踏まえると、少しでも生活への脅威があるのならば、日本国民もイスラエル国民と同じ選択をすると思います。誰だって、他人の命より自分の命の方がずっと大事なのですから。


国民の70%がハマスのロケット射程圏にある事を、各国で当てはめた画像

少年3人の誘拐殺人事件の後、イスラエルの極右勢力によって、パレスチナ人少年が拉致・殺害される事件も発生しています。イスラエルとパレスチナ(ハマス含む)の対立は、報復に次ぐ報復という悪循環にハマっており、これから抜け出すのは容易ではないと思われます。どちらか一方を非難するのではなく、イスラエル政権・ハマス双方にとって、怒れる国民・住民に対して逃げ道となるような「顔が立つ」オプションを国際社会が提示することで、双方を交渉のテーブルに着かせる事が重要になってくるのではないでしょうか。


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