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2015年3月6日金曜日

映画レビュー「アメリカン・スナイパー」

ようやく確定申告が終わって一息つけたので、公開前に試写を観たけど、紹介に手を付けていなかった映画「アメリカン・スナイパー」について少々触れたい。ラストについては周知の事だと思うけど、念のためネタバレ嫌だと思う人は回れ右。


「アメリカン・スナイパー」は、米軍史上最も敵を射殺したスナイパー、クリス・カイルによる同名の回想録を基にした映画。早川から文庫版が原題のママの文庫が映画公開に合わせて出ているが、以前は「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」という邦題で3年前に訳本のハードカバーが出ていた。ハードカバーの方は割りと見覚えのある方も多いかもしれない。

映画公開前に試写を観る機会を得たが、自分の貧相な語彙と感性では表現し難い感覚があり、レビューに手を付けられなかった。原作未読だったせいかと思い読んでみたものの、その感覚はむしろ強まった。うまく整理がつかないので、まずは軍事から観たアメリカンスナイパーについて書いていきたい。


映画の軍事描写で面白いのは、クリスがイラクでの任務に就くたびに、戦術面や車両の装甲化に変化が見られる点だ。イラク戦争初期の戦術では、昼に街をパトロールして夕方には基地にまで引き上げていくような事が行われていたが、これでは有志連合軍が戻った隙を見てアルカイダらの勢力が浸透してくる。劇中でも現地のイラク人から協力を取り付けたと思ったら、米軍がいない隙にアルカイダがやってきて、見せしめにそのイラク人家族を残虐に殺すシーンが前半に出てくる。

子供を残虐に殺したアルカイダの連中が、デカデカと"TOYOTA"と描かれたトラックに乗りこみ帰っていくのは鮮烈に印象に残る。今現在のIS問題でもそうだが、テロリストはトヨタ車が大好きだ。一方、クリス達米軍も中盤でトヨタ車に乗り込んで街で銃撃戦を行っている。大柄まハンビー(日本でもたまに見かけるハマーの原型です)が市街地で使いづらく、特殊作戦軍ではトヨタのタコマ(日本名ハイラックス)等のピックアップトラックを投入していた事もあった。騒音も小さく、見た目は一般車なので目立たない点が好まれていたそうだ。トヨタ車を使うテロリストに対してアメ車を使う米国機関という構図のハリウッド映画は多くあったが、米軍側もトヨタ車を使う映画を観たのは初めてな気がする。

劇中、運転手が狙撃されて死亡するシーンが複数あるが、イラク戦争全体を通じ非装甲車両への銃撃・爆弾攻撃により、多数の死傷者を出している。相次ぐ死傷者に輸送任務に就く州兵が、自分たちのオンボロトラックに廃材の鉄板を溶接するハンドメイド装甲化等の涙ぐましい努力が行われていたほどだ。劇中では時間を下るたびに、車両の装甲化が目に見えて進んでいく。非装甲のハンビーにとって代わり、MRAPのようないかつい装輪装甲車が目立ってくる。

戦術にも進歩があり、テロリストと住民の接触を避ける為の手段が終盤に見て取れる。街に長大な壁を建設し、物理的にテロリストと住民を遮断する、かつてベトナム戦争の戦略村を彷彿とさせる手段だ。イラク戦争も後半では如何にテロリストの浸透を防ぐかに重点が置かれ、町の外の基地からパトロールを出すのではなく、街中に小規模な拠点を多数設け、治安維持を担当させるようになっていた。兵力増員と相まったこのような策は奏功し、イラクでの治安状況は大幅に改善し、2011年の米軍撤退に繋がっていく(それ以降、また酷くなるのは周知の通り)。


話を軍事面から戻す。


昨年公開された映画「FURY / フューリー」は、戦車乗員の普通のアメリカ人が戦場で磨り減っていく話だったが、「アメリカン・スナイパー」のクリス・カイルは明らかに普通ではない。本人はクドい程自分が「普通のアメリカ人」であると著書に書いているが、毎週日曜に教会へ行くような厳格な家庭で育ち、小さい頃から猟銃持ってハンティングをし、軍に入るまではカウボーイをしていたというステレオタイプなアメリカ保守層を体現したかのような経歴は、アメリカであってもおよそ普通からはかけ離れている。周囲の者がイラクの戦場で擦り切れるか死んで脱落していく中、クリス・カイルは職務を遂行していく。

その普通じゃないクリスですら、最終的には過酷な戦場で擦り切れていき、最後の最後で「もうやだ。嫁のとこ帰る」(こんなセリフは言ってないが)と除隊して祖国に帰ってしまう。じゃあ、普通の兵士連中はどうなったのか。

除隊後、兵士の社会復帰を支援する慈善活動を行っていたクリスは、同じアメリカ人の元兵士により殺害されるラストを迎える。物事の優先順位について、「神、祖国、家族の順」と自伝で語っているクリスが、敵ではなく同胞の手で死を迎える展開は事実なだけに救いがない。監督のクリント・イーストウッドは共和党員だが、アメリカは世界の警察官を演じるべきではないと、対外戦争に反対の立場を貫いている。監督個人の心情から言えばイラク戦争に反対なのだろうが、クリス・カイルによる原作は明白にそれと異なっている。このギャップが、映画に加えられたラストシーンで増幅され、言い知れない感覚を生み出している。

当たり前の話だが、映画で描かれるクリス・カイルの回想録出版後の出来事は原作には載っていない。1人のアメリカ人が成し得てきた人生が、自分の愛する者に奪われる理不尽がこの映画にはある。アメリカン・スナイパーは戦争映画として記録的な興行成績で、「プライベート・ライアン」を超えたそうだ。この1年で中東で築かれようとしていた秩序が一気にひっくり返る理不尽が進行していますが、劇場に足を運ぶアメリカ人達は、図らずしもその縮図を1人のアメリカ人の中に見出して、なんでこんな理不尽な世界なのかと考えているんじゃないかと思うんですがどうでしょう。



2014年11月22日土曜日

「トップをねらえ!」+「宇宙戦艦ヤマト」と思ったら……映画「インターステラー」レビュー

先月の話になるんですが、ダークナイトインセプションクリストファー・ノーラン監督の新作、「インターステラー」の試写を観る機会があったのですよ。

ところが「観る?」って言われるその時まで、この映画の事知らんかったのです。で、どんなもんかとYouTubeで1本だけ予告観てから試写会に行きました。その時観た予告が下のバージョン。





で、この予告観た時、「ハハァン、これはアレだな。「宇宙戦艦ヤマト」的に地球にタイムリミットが迫る中、父親が娘を置いて宇宙に人類を救う旅に出るけど、ウラシマ効果で娘との時間がどんどん乖離していく「トップをねらえ!」展開という、本邦アニメでもお馴染みのテーマの合わせ技だな」と思ったんです。予告等の公開されたイメージからそこまで推測は可能だし、ペーパー等の情報は公開前に書いちゃっていいという条件だったんだと思うんですが、試写会時にサインさせられた守秘誓約書の原本は回収され、コピーも渡されなかったもんだから、守秘条件を再度確認しようにも出来なかったので、唯一記憶がしっかりしてる情報公開解禁日(正式公開日の今日)だけに合わせました。

で、予告観た時に抱いた「ヤマト×トップをねらえ!」という予測ですが、おおむね当たってたけど、さらに挙げるべき作品が本邦にあった。まあ、大元は海外SFに遡れるんでしょうけど、日本人にはこっちが馴染みやすいだろうし。

そういう予想を踏まえてあらすじ&レビュー。ごっついネタバレは避けるけど、あまり知りたくない人はスルーが吉。

【あらすじ】

人類の進歩がどん詰まった近未来。天変地異に疫病その他で食糧難が世界を覆い、工業よりも農業優先、各国の軍隊も予算難から解体されているような世界。

元空軍パイロットのクーパーも今は農家として、父と男手2人で息子と娘を育てている。そんな娘の部屋では、このところ怪奇現象が続いている。その怪奇現象が誰かからのメッセージと気付いたクーパーは、メッセージの導きにより荒野に向う。何もないはずの荒野には厳重に隠蔽された施設があり、人類を救うためのプロジェクトが秘密裏に遂行されていた。そこでクーパーは地球が娘の世代で滅亡する事を告げられ、第二の地球を探す宇宙機のパイロットとして協力を求められる。子供たちを残しクーパーは宇宙へと旅立つが、宇宙行きに猛烈に反対する娘とは最後まで和解出来ないままの出発だった……

そこからは地球滅亡までの時間との戦いと、主観時間と地球時間との乖離という、「ヤマト×トップをねらえ!」展開になるのは予想の通り。

ノーラン作らしくCGに頼らない特撮シーンが多く、最近の宇宙モノの代表作「ゼロ・グラビティ」と対称的。未知の惑星の描写でも、極寒の惑星は「バットマン・ビギンズ」と同様にアイスランドでの撮影を多用している。だからと言ってCG部に手を抜いている訳ではなく、未知の宇宙、異なる次元は表現法と相まって面白い。次元やブラックホールを描いた映画って、意外と少ない気がするけど、これではみっちり出てくる。

進み方が異なる時間が生み出す人間のすれ違い、葛藤から来るドラマが描かれるが、全体的に話が平坦なのは否めず、まあこういう話なのかなあと思いつつ観ていたのですが、終盤になってヤマト・トップ展開に換えて、別の2作の話になって印象が激変。溢れる涙で鼻水ずるずるに。これ、まさかの「トップをねらえ2! 」と「成恵の世界」展開だよ!

ノーランと言えば理詰めというか頭でっかちな作風という印象あったし、この映画も現にそうだと思うんだけど、最後は力技で決めて、かつこの力技がクる。この力技の鍵がまさにトップ2と成恵で示された鍵なんだよ……。この2作に思い入れがあると、共振現象がすごい。

というわけで、肝心のレビュー部が薄いですが、インターステラーがこの2作+2作であるという以上の事を、自分には語れんのですよ。これらの作品にピンと来た人は、劇場に観に行った方がええですぜ。オススメしますよ。






2014年6月13日金曜日

【レビュー】映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』

まだ公開前ですが、試写で観れる機会があったので観てきました。桜坂洋原作のSFライトノベル「All You Need Is Kill」を原作とした、ハリウッド映画『Edge Of Tomorrow』こと邦題『オール・ユー・ニード・イズ・キル』。


All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)



公開前なので抑え気味のレビューにしたつもりだけど、原作未読の人にとっては危険な情報も多々あると思うので、ここから先、原作未読の人・少しのネタバレも許さない原作既読の人は読むの非推奨。原作既読だし覚悟あるよという人か、未読だけど別に映画観ないし構わないという人はこっから先スクロールして読んで下さいませ。



この先、一千里






















はじまるよ


【レビュー】映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』


この映画を評価するのは、非常に悩ましいものがあります。結論から先に言ってしまうと、「この映画、邦題も『Edge Of Tomorrow』で良かったんじゃないか」に尽きます。これは皮肉や嫌味ではなく、真にそう思っています。映画の原題が発表された時、『Edge Of Tomorrow』たぁダサいタイトルだ、みたいな意見をたくさん見たし、私もそう思っていたけど、観終わった今となっては『Edge Of Tomorrow』で良かったんじゃ? と思うのです。

日本のライトノベル史上初となるハリウッド映画化。それも、記憶に新しい「ドラゴンボール EVOLUTION」「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」みたいな日本製コンテンツの残念映画化じゃなくて、ちょっと低調気味とは言え第1級のハリウッドスター主演、先端の特撮技術、なにより制作費がジャボジャボかかった大作映画です。これ以上何を望むのか、というくらいの豪華な映像化です。日本出身クリエイターによる快挙と言って良い。

肝心の映画も、強化外骨格を着込んだ兵士はガニ股歩きだったりとか、4発ティルトローターの先行後にCH-47系がやってくるとか、前線基地と化したヒースロー空港とか、細かい所が中々良く出来ています。良い塩梅で未来と現在が混在するロンドンあるいは戦場の雰囲気も上出来で、CG・スタントマンてんこ盛りの迫力の戦闘シーン、そして本作のキモであるループ描写もアニメ版涼宮ハルヒの憂鬱における「エンドレスエイト」の悲劇のようなタルさはなく、適度なテンポで魅せてくれます。そして余韻を残すラスト。うん、面白かった。

そう、一本の映画として観れば、良いんです。良いんですけど、これは『All You Need Is Kill』という映画ではないんです。だって、殺す必要が無いんですから……。その意味で、アメリカでの上映タイトル『Edge Of Tomorrow』は、とても正しかったのかもしれないと本気で思います。

敵は劇中でも原作と同じ「ギタイ」あるいは敵と呼称されているけど、原作の棘皮動物のイメージよりも、マトリックスのセンチネルに近い。あの触手ウネウネした奴。原作とちょっと設定が異なり、ループ能力獲得とその仕組みも違います。この点が最後に響いてくる。ループの仕組みを説明している時点で気付くべきだったんや……。

また、下の予告冒頭でのコーヒーのシーンを見て、原作既読の人が評価する向きがありました。




だが、それは製作の罠だ。このコーヒーのシーン、ぶっちゃけ原作のコーヒー要素と全く関係無い。他にも、予告にもある火の手の上がるロンドンは、原作で脱走したケイジの先にギタイがやってくるのと同じように、トム・クルーズがロンドンに来たせいか? と一瞬思ったけど、それも違った。そんな風に原作既読派おじさんにとっての罠が所々に仕掛けられている。これを意図してやったなら、脚本家はドサドだ……。

何度も書くけど、映画は面白いんです。ループ設定を活かし、ケイジとリタで作戦を練っては失敗し練っては失敗を繰り返し、パターン破りまで行きつく過程とか、観ていて面白い。警備の目を縫って建物へ潜入するシーンも、実際にやるとこうなるのかー、と興味深いとこも多い。でも、タイトル、というか邦題……。これはちょっとマズったんじゃなかろうか。邦題に原作を明示させる以外の意味が備わってない。

この映画は「All You Need Is Kill」の映画版として捉えるより、ループによって最強戦士となっていくアイディアを、ハリウッドマネーで映像化したと考えた方が実態に近い。映画単体として観れば悪くないだけに、ハリウッドに設定だけ持って行かれたようで、非常に悔しい所です。正直、原作未読のほうが後腐れなく楽しめると思います。













あと、最後に。眼鏡っ子は出てきません。眼鏡っ子に相当する役っぽいのはおっさんです。ファックアメリカ。

おわり