2015年6月23日火曜日

話題のホルムズ海峡で起きた”タンカー戦争”

安全保障関連法案の審議が続いていますが、今議論が集中しているのは集団的自衛権の部分ですね。閣議決定された自衛隊の武力行使を認める新三要件では、個別的自衛権・集団的自衛権かに関わらず、これを満たせば武力公使を可能としていますが、まずは全文を見てみましょう。


  1. 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること 
  1. これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
  1. 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


この新三要件では、特に1が集団的自衛権に関連しますね。この新三要件を満たす状況の具体例として、政府は以下の様なホルムズ海峡での掃海活動を挙げています。


二つ目は、ホルムズ海峡での機雷敷設です。
海洋国家である我が国にとっては、国民生活に不可欠な資源や食料等を輸送する船舶の安全確保は極めて重要です。我が国が輸入する原油の約八割、天然ガスの二割強はホルムズ海峡を通過しており、ホルムズ海峡はエネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路となっています。
仮に、この海峡の地域で武力紛争が発生し、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合には、かつての石油ショックを上回るほどに世界経済は大混乱に陥り、我が国に深刻なエネルギー危機が発生し得ます。
平成27年2月16日衆院本会議での安倍総理答弁


これらの政府答弁から、頻繁にホルムズ海峡での機雷掃海という言葉が挙がるようになりました。しかし、ホルムズ海峡と言っても、なんでそこが例として出されるのか、疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。

今回は、このホルムズ海峡がどういう所なのか、過去にどういう事があったか見てみましょう。



タンカーが狙われた”タンカー戦争”

ホルムズ海峡は世界有数の産油地帯であるペルシャ湾への出入口となる海峡で、最も狭い所で幅が約33キロメートルほどしかありません。

ホルムズ海峡(Google Earthより)


安倍総理の答弁通り、日本の原油を運ぶタンカーは、この場所を頻繁に往来しています。湾岸諸国で算出される原油は、主にアジア向けに輸出されており、日本を支える重要なライフラインでもあります。

ところが、このホルムズ海峡周辺の国際情勢は度々緊迫しています。

1980年に勃発したイラン・イラク戦争は、当初はイラク優勢に進んでいたものの、次第に国力に勝るイランが優勢になりました。和平に応じないイランに経済的圧力をかけるため、イラクはイランの石油基地のあるカーグ島周辺での船舶の通行を禁止し、1984年3月17日にはギリシャ船籍のタンカーをミサイル攻撃したのを皮切りに、無差別タンカー攻撃を開始しました。イランもタンカーへの報復攻撃を行ったため、「タンカー戦争」と呼ばれる事態になりました。1988年4月にはタンカー護衛にあたっていた米海軍のフリゲート艦が、イランが敷設した機雷により損傷し、報復にイラン海軍を攻撃する事態にもなっています。

ペルシャ湾でタンカーを護衛する米海軍艦艇(Wikimediaコモンズより)

このタンカー戦争により、1988年8月の停戦までの4年5ヶ月で、407隻の船舶が被弾、12隻が機雷に接触、333名の死者と317名の負傷者を出しました(出典:河島義夫「ペルシャ湾タンカー戦争と日本船社の安全運行対策」『国防』1989年5月)。また、日本人が乗船する船に対して、イラクは攻撃しなかったものの、国籍不明あるいはイランによる攻撃は12隻が受け、日本人船員も2名が死亡しています。他にも、船舶にかけられる保険料が10倍にまで高騰するなど、当地の海運に深刻な問題を起こしました。



原油供給に深刻な影響を与えなかったタンカー戦争

このように日本への被害もあったタンカー戦争ですが、攻撃が散発的で海峡封鎖という事態にはならなかった事から、中止や再開を繰り返しつつもタンカーは行き来しておりました。幸いな事に、この頃は今ほど石油の世界需要も高くなかったので、タンカー戦争は原油価格にほとんど影響も無く、円高が進んでいた事も手伝って、「かつての石油ショック」のような経済への悪影響は目立ちませんでした。

ドバイ原油価格推移(http://ecodb.net/pcp/imf_usd_poildub.htmlより)


しかし、現実的に今、ホルムズ海峡で通行の安全が、タンカー戦争以上に脅かされる事態になったらどうなるでしょうか? 原油価格はタンカー戦争時と比べて遥かに高騰しており、仮にホルムズ海峡封鎖という事態になると、原油価格と供給に与える影響は計り知れない、という主張もそれなりに意味はあるかもしれません。



ホルムズ海峡での機雷掃海。どこまで現実的?

しかし、逆説的に言えば、海峡封鎖にまで事態が発展すると、あまりにも重大過ぎるので日本だけの問題で済まないし、日米の問題にも留まりません。近い将来にホルムズ海峡で海峡封鎖があったとしても、事の重大さから大国が中心となって問題国に対する武力行使がなされるでしょうし、そこで自衛隊による機雷掃海の出番があるかというと、タンカー戦争ではほとんどが航空機からの爆撃被害だった事を考えると、戦後に少数の機雷を掃海する程度ではないでしょうか。そして、停戦後の機雷掃海は、集団的自衛権が認められていなかった時でも、湾岸戦争後に自衛隊が行っていました。

そしてなにより、ペルシャ湾岸諸国ではイランとアメリカとの関係改善が本格化しており、現時点でホルムズ海峡で何か起きるかというと、その可能性は相当低いもので、果たして具体例として適当かというと相当の疑問が残ります。

唐突にホルムズ海峡が飛び出てきた事は審議混乱の一因もなっており、せめて「過去にはホルムズ海峡周辺で日本の民間船舶が攻撃を受け、日本人の死者も出している。このような危険の回避策に乏しいチョークポイントにおいて、緊急事態が継続的に進展していった際は~」くらいの説明に留めていおいて、いきなり「ホルムズ海峡での機雷掃海」みたいなド直球なのは避けた方が無難ではなかったか、と思うのですがどうでしょうか。

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