2014年3月25日火曜日

ウクライナが日本の安全保障にもたらす影響

先日、クリミア情勢に関してTwitter上でこんな趣旨のツイートを見かけました。

「”親日国ウクライナ”の為に、日本が出来ることはないか。」
先日、混乱するウクライナ情勢に関して、Twitter上でこんな趣旨のツイートを見かけました。

「”親日国ウクライナ”の為に、日本が出来ることはないか。」

あまりにナイーブな”親日国”という要素を国家間の関係にまで持ち出す事の是非はここでは問わないし、ウクライナが本当に親日であるか否かという話もしません。確かにウクライナは親日国かもしれない。しかし、経済的・軍事的関係性において、ウクライナは親日である以上に遥かに”親中”な国という側面を持っています。



冷戦終結とウクライナ・中国関係

冷戦期、ソ連邦の構成国の1つであったウクライナは、ソ連の穀倉地帯であると共に重工業でも重要な地位を占めていました。黒海の造船所はソ連の空母・航空機搭載艦の建造を行い、T-80UD戦車を開発したハルキウ機械製造設計局、大型輸送機の設計・開発を行っていたアントノフ設計局等の重要な設計局もウクライナに置かれ、宇宙開発の分野においても旧ソ連による宇宙技術の成果の30%がウクライナのものであるとされるなど、ウクライナはソ連における軍需産業の重要な工業基盤でした。


T-80戦車。現在のウクライナで派生型開発が行われた(http://vitalykuzmin.netより)

ところが、ソ連の崩壊とウクライナの独立により、ウクライナの軍需産業に大きな転機が訪れます。ウクライナ軍需産業の最大のユーザーであったソ連軍は無くなり、独立したウクライナ軍はウクライナ軍需産業の供給能力を満たすほどの規模ではありませんでした。結果として、ウクライナ一国にとっては過大な軍需産業が残される事になりました。その為、必然的にその目は海外に向けられる事になります。

その頃、中国も大きな悩みを抱えていました。70年代の改革開放以後、西側との関係改善を果たした中国は軍事技術分野でも西側技術を導入し、アメリカとの間でも戦闘機の改良計画、新型戦車の共同開発、中国艦艇への機関供給等の広範な軍事技術協力が行われるようになりました。しかし、1989年の天安門事件により、西側との軍事技術協力は凍結を余儀なくされ、中国は旧ソ連の技術導入に再び立ち戻る事になります。この時、中国の良きパートナーになったのが、ソ連崩壊により軍需産業を持て余していたウクライナでした。



中国海軍急拡大へのウクライナの貢献

ウクライナと中国の軍事技術協力は多岐に渡りますが、その1つの成果が近年の中国海軍の急拡大です。中国海軍がアメリカ・フランスからの技術導入で建造した052A型駆逐艦は、1番艦は米国製ガスタービンを搭載していましたが、天安門事件以降に起工された2番艦はウクライナ製ガスタービンを搭載しています。中国は自国での艦艇用ガスタービンの製造能力を持たず、これまではウクライナからの輸入に頼っていましたが、近年に入り国産化に成功し、”中華イージス”の俗称がある052D型駆逐艦に搭載されるようになりました。なお、海上自衛隊が現在保有するイージス艦は6隻ですが、052D型駆逐艦は現在8隻の建造計画が確認されています。


052B型駆逐艦(海上自衛隊撮影)。ウクライナ製ガスタービンとドイツ製ディーゼルを搭載
そして、近年の中国海軍拡大の象徴とも言える空母”遼寧”は、元々は旧ソ連で計画され、黒海の造船所で建造中だった空母ヴァリャーグの船体を利用したものです。このヴァリャーグを中国に売却したのは、他でもないウクライナです。また、空母に搭載される艦載機についても、旧ソ連で開発が進められていたSu-33艦上戦闘機の試作機T-10Kがウクライナから中国に引き渡され、現在中国で開発が進められているJ-15艦上戦闘機(殲-15)のベースになったとも言われています。この他にも、中国海軍関係者がウクライナの艦載機訓練施設を頻繁に訪問している事や、発着艦訓練機Su-25UTGのウクライナからの輸入が報じられるなど、中国の空母計画にハードとソフト両面でのウクライナが関与している事が窺われています。

大連に回航されるヴァリャーグ
ウクライナは機関や空母の他にも、上陸作戦に使われるポモルニク型エアクッション揚陸艦の中国への輸出と技術協力、99A2式戦車へのディーゼルエンジンの供給、Y-20大型輸送機の設計草案の無償提供等(これに関し、アントノフ社は中国が無断で開発を進めたと不快感を示している)、陸海空の様々な局面で技術協力を行っています。中国軍の近代化、いや先進化について、ウクライナは多大な貢献をしたと言えるでしょう。

武漢で建設中の艦載機訓練施設(防衛省資料より)


今後のウクライナ情勢が与える影響

現在、ウクライナ・ロシア間の緊張が世界的に懸念されていますが、これがウクライナと中国の軍事協力に影響を及ぼす可能性が指摘されています。ロシアの軍事情勢に詳しい未来工学研究所の小泉悠氏は、ロシア系住民が多数を占め、軍需産業の基盤が集中するウクライナ東部が今後、ウクライナ新政権につくかロシア側につくかで大きく影響を及ぼすのではないかと推測している。中国との武器取引でロシアは重要な位置を占めますが、中国と国境を接するロシアはウクライナと比べて技術移転に慎重であり、ウクライナ東部がロシアにつけば中国への軍事技術の流入に大きな変化が訪れるのではないかと見ています。

しかし、その一方で懸念もあります。今回のウクライナ問題の原因の1つに、ウクライナの深刻な財政問題があります。ウクライナとロシアの関係が更に悪化した場合、元々ロシアと経済的結びつきの強いウクライナは益々経済的困窮に立たされます。経済的に不安定な時期が長く続いたウクライナでは、中国以外にも様々な国に武器を販売しており、サダム・フセイン政権下のイラクへの制裁を破ってレーダーを輸出し、またアフリカの紛争国にも無節操に武器輸出をして国際的非難を浴びていました。近年は欧米の関与により、ウクライナの武器輸出管理も整えられたと考えられていましたが、今後の財政問題次第で、また無節操な武器輸出による外貨獲得に走る可能性も捨てきれないのではないかと思われます。

今現在進展しているウクライナ問題は、東アジアから遥かに離れた東欧の出来事で、日本にとっては関心が低い事かもしれません。しかしながら、東アジアから離れているからこそ、東アジアの軍事的緊張を気にせずに軍事協力を推し進めている国があり、それが日本の安全保障に大きな影響を与えています。今回のウクライナ問題がどう進展し、ウクライナはどのような選択をするのか、注視する必要があるでしょう。


※当初、記事中で「T-80戦車を開発したハルキウ機械製造設計局」としましたが、正しくは「T-80UD戦車」でした。お詫びして訂正致します。


【理解に役立つ本】

トシ・ヨシハラ「太平洋の赤い星」

米海軍大学教授による中国海軍戦略の本。原書は2010年の発表だが、恐ろしい事に現在の中国海軍は当時と比べ物にならないほど拡大している。


茅原郁生「中国軍事大国の原点―鄧小平軍事改革の研究」

中国軍研究の第一人者、茅原氏による鄧小平期の軍事改革について扱った本。海軍にも一章を割き、「毛沢東の海軍」から80年代に欧米技術を取り入れた近代海軍への変貌過程を示している。