2013年11月13日水曜日

韓国から日本に鞍替え? トルコの戦車開発パートナーと日本の事情

先日、三菱重工業がトルコ企業との合弁会社を設立し、トルコ軍向けの戦車用エンジンを供給する計画が報道されました。


政府がおととし、いわゆる武器輸出三原則を事実上緩和したあと、各国から日本に対し、防衛装備品の共同開発の要請が相次いでいて、トルコのユルマズ国防相も、ことし3月に、小野寺防衛大臣と会談した際、日本との技術協力に期待する考えを示しました。 トルコは、戦車用のエンジンを両国の企業が共同開発することを念頭に技術協力を行いたいとしており、これを受けて防衛省は、「防衛産業の基盤強化につながる」として、具体的な検討を進めています。

出典:トルコと防衛装備品で協力検討

日本とトルコは、今年5月に安倍晋三首相が訪問した際に発表した共同宣言で防衛協力の強化をうたっており、エンジン開発はトルコ政府が日本側に持ちかけた。


出典:トルコと戦車エンジン共同開発=三菱重、合弁会社設置へ

小野寺防衛大臣は具体的に共同開発が決定された訳ではないとしていますが、この合弁企業の話はトルコ側から持ちかけてきた話と報道されており、そうなると後は日本の判断待ちのようです。

トルコは次期主力戦車として”アルタイ”戦車の開発を終え、2015年から配備を開始する計画です。このアルタイ戦車は、韓国で開発中の K2戦車をベースに、トルコの軍用車両メーカーのオトカー社が、韓国の鉄道・軍需機器メーカーの現代ロテム社と共同開発を進めていたものでしたが、ベース となるK2戦車よりも先にアルタイ戦車が完成する事態になっています。

K2戦車の開発が遅れている最大の要因は、エンジン・変速機を統合した”パワーパック”(動力装置)と呼ばれる中核コンポーネントの国産化が上手くいっていない為です。今年の10月にも、K2戦車用パワーパックの開発延期が報じられています。


【ソウル聯合ニュース】韓国陸軍の次期主力戦車「K2」で用いられる韓国製パワーパック(エンジンと変速機を一体化したもの)の開発期間が再び延長された。  防衛事業庁は11日の防衛事業推進委員会で、韓国国内で開発する1500馬力エンジンおよび変速機のK2への搭載時期を来年6月から12月に延期することを決めた。


出典:韓国軍のK2戦車 国産パワーパックの開発期間を再延長


K2戦車がパワーパックで開発に躓いているのを尻目に、アルタイ戦車はパワーパックをドイツのMTU社から購入する事で、パワーパックで躓くこと無く開発を終えました。アルタイ戦車はサウジアラビア向けの輸出も決まるなど、これまでの出足は順調です。しかし、自国の防衛産業育成に熱心なトルコとしては、戦車の中核部品と言えるエンジン・変速機を自国で開発・生産する事で、より強い国際競争力を付けたいと思われますが、まだまだ技術的に他国に頼らざるをえない状況にあります。

アルタイ戦車は将来的に現在のMTU製の1500馬力のエンジンから、より高出力の1800馬力の国産エンジンに換装する計画ですが、トルコ単独での大出力エンジン開発は厳しいものがあると思われます。今までの共同開発国である韓国は、パワーパック開発で躓いているなど技術面で不安があり、技術力のあるドイツのMTU社もおいそれと中核技術を渡す事は無いでしょう。そうした中、日本の武器輸出三原則緩和によって、トルコにとっての新たな戦車 開発パートナーの候補として、日本が挙げられるようになったと思われます。

では、日本の事情はどうでしょうか。トルコが欲しい技術面を見ますと、国産の最新戦車である10式戦車は、世界で初めて戦車に油圧機械式無段変速機(HMT:Hydro- Mechanical Transmission)を搭載しており、スムーズな変速と効率的な出力伝達を可能にしています。これにより、10式戦車は後進でも最大速度の時速70キロを出せるなど、従来の有段変速機搭載戦車(10式以外の戦車全て)と較べて、機動性が大幅に向上しています(下の動画で機動力の一旦をご覧いただけます)。

国産最新鋭の10式戦車






このような高い機動性を誇る10式戦車を生んだ日本の防衛技術ですが、その前途は危ぶまれています。防衛省は戦車の定数を、現在の740輌から300輌へと削減する方針だと報道されています。


防衛省は、陸上自衛隊が保有する戦車数を現在の約740両から6割削減し、約300両とする方針を固めた。


出典:陸自戦車さらに削減300両に…新防衛大綱で


ここまで大量削減が行われると、国内にしか市場がない日本の防衛産業にとり、大きなダメージとなります。防衛省の装備調達数は年々減っており、このままでは日本の防衛産業に壊滅的ダメージを与えると懸念されています。このため、武器輸出三原則の緩和には、海外市場を開拓することで、日本の防衛産業を存続させようとする意向もありました。

このような状況の日本にとり、戦車の中核部品であるエンジン等の動力装置を海外で販売できる事は大きな意義を持ちます。一方、トルコとしても、アルタイ戦車の改良と装備の国産化は重要課題であり、そのために日本の協力を得られるのであれば、渡りに船と言えます。つまり、日本とトルコ双方に大きなメリットがある提案だと言えるでしょう。

問題は日本とトルコが組む事による政治的リスクです。従来から日本と共同開発を行ってきたアメリカや、検討中のイギリス・フランスと比べ、トルコには武器輸出を巡る問題があります。伝統的にトルコへの武器輸出はドイツが大きなシェアを持ちますが、1999年にはトルコへのレオパルド2戦車1000輌輸出計画を巡り、ドイツ政府で大きな政治問題になったこともありました。クルド人に対する人権弾圧をい行うトルコ政府に戦車を輸出する事に、緑の党から反対意見がなされ、緑の党と連立政権を組む社会民主党はドイツ国内の雇用維持を主張して戦車輸出を目指したために、連立政権解消寸前まで至る事態になりました。

武器輸出は国際環境に大きな影響を与える取引であり、その武器の行方にも責任が問われます。過去に日本でも、アメリカへ民間向けに輸出されたライフル銃が北アイルランドに送られて違法改造され、IRAのテロ活動に使われていた事が国会で問題となり、メーカーの豊和工業での製造が打ち切られる事件がありました。武器輸出をすることは、このような政治的リスクを覚悟した上で行う必要があります。

日本とトルコ双方にメリットの大きい合弁会社計画ですが、武器輸出そのものの政治性の大きさと、リスクを理解した上で判断を下す必要があります。過去、武器輸出が政治問題化する恐れが小さかった日本ですが、現在は世界的な装備の国際共同開発の潮流があり、成長戦略としての武器輸出も検討されています。あえて火中の栗を拾うならば、そこから生じる問題を解決するために備える事も、また重要になってくるでしょう。


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