2008年5月8日木曜日

検証 TK-X(その3 戦略機動性 C4I 開発)



戦略機動性


 では、「戦略機動性」とはなんでしょうか? 事前評価書では「敵に対し戦略的に有利な態勢を占めるため、全国的規模又は方面隊の作戦区域内で行う部隊の移動の容易性」と定義しています。ここでは、これを念頭に検証を進めてみたいと思います。


 戦略機動性において重要と思われる要素として、想定される地域での交通インフラとの適合が挙げられます。我が国の防衛方針は専守防衛を基本においていますので、日本国内に見合った装備が必要となります。高速道路や一般国道等、遠距離の輸送において重要な道路の利用についての適合。ここでよく言われる問題が戦車の重量です。


 90式戦車等に対する批判(ほとんどが俗説ですが)のひとつに、日本の道路・橋では戦車は重すぎて通行できない(破壊してしまう)というものがあります。しかしながら、平成10年に建設省(現・国土交通省)が「通行できる車両の最高限度を25トンとする道路の指定について」との公示を出しており、それによると全国の総計約32,500kmの道路において、重量制限が総重量20tから25tに緩和され、同時に特殊車両通行許可が出れば通行が可能となる制限重量も44tにまで緩和されました(注:トレーラー込の重量)。このことから、安全係数や通行量等から考えれば、少なくとも国産戦車は重量面では主要道路の通行が可能と見られます。では、その緩和対象となった指定道路を見てみましょう。


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これを見ますと、全国の主要な地域への展開は可能とみてよいと思います。また、現在はこの図よりも指定道路は延長されており、その中でも高速道路は1000kmほど延長されています。


 しかしながら、依然として残るのが路面に与える影響です。路面が履帯で荒らされるという問題は重量のある装軌車両では宿命に近いものです。しかしながら、事前評価書では民間用特大トレーラーの使用も示唆しており、民間インフラの活用も視野に入れているとみられます。これにより自衛隊車両以外による輸送が可能ということになり、これがTK-Xが40t代に収められた理由の一つと思われます。また、74式の輸送に使われている73式特大型セミトレーラー(40tまで搭載可能)の使用も付加装甲を外せば可能と思われます。このようにトレーラー利用の幅を広げることで、路面への影響を抑えることができます。このように90式戦車より重量を軽減したことにより、インフラへの適合力を増したTK-Xの戦略機動性は大きく増したと言えます。


 


C4I


 近年の戦車にとり、欠かせない要素となっているのがC4Iです。C4Iとは、指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communications)、コンピュータ(Computers)、情報(Intelligence)の5要素を示す略語のことで、これらを統合的に管理するシステムの開発が盛んに進められています。これを用いることで戦車長の意思決定を支援する他、部隊単位での指揮連携を向上させて戦闘の効率化が期待されます。


 戦車へのC4Iシステムの導入の代表的なものにフランスのルクレール、アメリカのM1A2等があり、これらはTK-Xの事前事業評価でも比較の対象とされています。両者は事前事業評価書でC4I機能を満たすものであると評価されていますが、同時に注釈で「外国戦車のIT機能については、日本のC4Iシステムに合わせた改修等が必要で、そのまま導入できる訳ではない。」とされています。これはどういうことでしょうか?


 先にも述べた、部隊単位での指揮連携の強化には、戦車間だけではなく、上級部隊のシステムとの情報の伝達が必要とされます。このため、戦車のシステムは上級部隊のシステムとの互換性が求められます。現在、自衛隊では基幹連隊指揮統制システムの開発が進められており、TK-Xのシステムはこの下部に属するものと思われます。基幹連隊指揮統制システムに関する外部評価委員会の概要によりますと、本システムはIPアドレスを付与する等のコンピュータネットワークを活用したデータ通信で、「指揮系統上の垂直な情報共有」「隣接部隊間等の水平的な情報共有」を運用構想としています。これまでの文字・音声による通信手段から、格段に情報の共有が密接なものになると期待されます。問題は、外部評価委員会の指摘にもある通り、帯域の狭さにあると考えられます。利用できる帯域が狭ければ、通信速度や対妨害性上不利なものになります。これは技術的な問題というより、電波行政の問題であり、一刻も早い解決が望まれます(難しいと思いますが)。


 では、TK-X自体のシステムはどうなっているのでしょうか? TK-Xに求められるのは、基幹連帯指揮統制システムから命令・情報を、僚車・隣接部隊から車両位置・敵情等を受け取り、部隊間・車両間での情報共有が行われるシステムです。それを可能にするために、どのようなシステムとなっているのでしょうか?


 防衛省からは、車長と砲手席の一部の画像が公開されています。写真を見る限りでは、車長席の電子機器は大小2つのモニタとコンソール、砲手席は1つのモニタとコンソールが配置されています。コンソールのボタン類は90式戦車のそれと比べて非常にすっきりとした印象です。米国のヤキマ演習場での演習において、90式戦車が米国技術団に公開された際に「スイッチが多すぎる」との指摘がありましたが、TK-Xはスイッチ類が整理されたことにより、90式よりも機器の操作性の向上したと思われます。また、スイッチの減少を可能とした要素として、システムの自動化が伺われます。


 車長席のモニタに関して言えば、M1A2のモニタと同様の機能があると仮定すると、外部の映像を表示する「ビデオ表示ディスプレイ」と各種戦術情報等を表示する「多目的情報表示ディスプレ」という構成になっていると思われます。特に後者は車長が戦術情報・車両情報を把握する為のものであり、システムの肝とも言えます。ここに表示される情報は具体的には、位置情報・地図情報・敵情等の戦術情報、車両の自己診断情報等と推測されます。また、車内リンクにより、これまで車内の他の席でしか把握できなかった情報、例えば90式では操縦席スイッチボックスで表示されていた車両不具合情報等、が車長側でも瞬時に把握できることが可能となると思われます。


 砲手席のモニタを確認しますと、モニタの下部に16個のボタンが確認できます。これはM1A2の砲手用モニタのそれと同じ数で、機能的にもM1A2のそれに近いものと推測されます。照準の為の各種情報、映像装置からの映像が表示されるものと思われます。


 操縦手席のモニタは公開されていませんが、地図等の航法情報やエンジン等の情報が表示されるものと推測され、TK-Xのアクティブサスペンション情報の表示もここでなされると思われます。操縦手用モニタだけ画像が公開されていないのは、アクティブサスペンション制御の重要な情報が含まれていたからかもしれません。


 以上はM1A2のモニタ機能からの推測ですが、ここでTK-Xが新機軸を採用しているかについて、簡単ながら考えてみたいと思います。TK-Xの外観から一目で分かることとして、非常に多様なセンサを持っていることが挙げられます。これらのセンサから得られた情報は、車両間の情報共有・統合が行われることで、より精度の高い情報となります。例えば、光学センサで発見した敵車両の位置情報を複数車両で共有すれば、3点交会法で正確な位置を割り出すことができます。これにより、レーザー等によるアクティブな測定は不要となり、自車位置の秘匿につながります。また、敵位置の共有により、部隊内での火力の最適な配分を自動で指示するシステムも可能となります。これらのシステムが実用化されれば、戦闘のより一層の効率化も望めると思われます。





開発


 TK-Xの開発にあたり、5輌の試作車両が製作されていますが(注:資料によって異なり、正確でない可能性があります)、試作車両の台数が少ないとの批判があります。しかしながら、TK-X開発以前から様々な要素研究の実証車両等が製作されています。平成元年にはセミアクティブ・アクティブサスペンションを搭載した装軌実験車が製作されており、そこから得られた多くの成果はTK-Xに反映されています。


 このような実車による試験の他に、シミュレータによる試験も行われています。脆弱性を検証する脆弱性解析シミュレータや、車両を仮想的に試作・評価を行う車両コンセプトシミュレータがそれです。一例として、以下にTK-X開発に使用された動力性能試験装置の概要を示します。


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この装置により供試体に走行負荷を与えることで、データの取得・解析を行います。これらのシミュレート技術を可能にしたのは、戦後半世紀に渡る戦闘車両の開発実績の蓄積であり、これによってTK-X自体の試作車両は少ない数で開発ができたものと思われます。


 では、現在のTK-Xはどうなっているのでしょうか? 技術研究本部では平成20年度中まで技術試験が行われると同時に、開発実験団等の陸上自衛隊内での実用試験も平成19年度から21年度まで行われます。平成20年度は陸幕から戦闘力総合強化機能を確認する指揮統制試験等を行う為の35億円の予算が要求されています。


 参考として、ニコニコ動画に装備開発実験隊(現・開発実験団)による90式戦車の実用試験映像をアップしましたのでご覧ください。



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 このように走行・射撃・潜水・(映っていませんが防御も)等の戦車運用に則した試験が行われ、ここで行われた運用側からの知見は技術研究本部へと伝えられ、修正が行われます。その過程を経て、正式に装備化がなされます。順調にいけば、平成22年度から配備が予定されており、恐らくは10式戦車の名を与えられることになります。





配備後


 このままTK-Xの開発が順調に進むことを祈っておりますが、いくつかの懸念があります。その最たるものは配備台数です。TK-Xは退役しつつある74式戦車を代替するものですが、防衛大綱で戦車保有台数は600輌とされているため、現用の90式の配備台数を考えればTK-Xは多くても300輌ほどの配備となると思われます。しかし、「我が国の防衛と予算-平成20年度予算の概要」によれば、現在開発が進んでいる装輪の機動戦闘車は「装備化する場合、戦車と併せ、戦車数量(600輌)を超えないことを想定した開発」と明記されています。これではTK-Xも機動戦闘車も配備数200輌を切ることが目に見えており、双方の計画にとってなんら利するものではないでしょう。この問題に関しては、週刊オブイェクトさんの機動戦闘車とBMPTに詳しく載っていますのでご覧ください。この方針が撤回されることを祈っています。


 90式戦車は北海道に重点的に配備されているため、74式戦車が配備されている西日本がTK-Xの重点配備地域になると思われます。特に九州は戦車中隊が増強される等、自衛隊の西方シフトの重点地域でもあることからも、TK-Xが優先して配備されることになると思います。


 さて、最後になりますが、兵器というものは実際に戦闘を経験してみなければ、その真価は分からないものです。TK-Xは非常に優れた戦車であると思いますが、運用するのは人間であり、それを投入する政治決定を間接的に行うのが我々有権者です。TK-Xが日本の平和に寄与できるかどうかは我々にかかっていると言えます。その意識を持ちつつ、これからもTK-Xを見守っていきたいと思います。





参考文献


石井豊喜・石原壮一「戦車用機関開発の内外」『内燃機関 1977年1月号』


石川豊彦「戦車用エンジンの基礎講座」『戦車マガジン 1991年 No.1 No.3 No.4』戦車マガジン社


一戸祟雄「90式戦車のメカニズム」『月刊グランドパワー 2006年4月号」ガリレオ出版社


建設省『通行できる車両の最高限度を25トンとする道路の指定について』


小林敬範「ヤキマに轟く90式戦車の砲声」『月刊JADI 1997年1月号』社団法人日本防衛装備工業会


産経新聞社「1両7億、陸自が新型戦車」


城崎博美「戦闘車両技術 第4講 動力伝達技術」『防衛技術ジャーナル 1998年9月号』(財)防衛技術協会


ダイキン工業株式会社社史編集委員会『ダイキン工業70年史』ダイキン工業


ダイキン工業株式会社社史編集委員会『世界企業への道 ダイキン工業80年史』


野和田清吉・古賀修一郎「戦闘車両技術 第2講 走行懸架技術(その1)」『防衛技術ジャーナル 1998年7月号』(財)防衛技術協会


林磐男「タンクテクノロジー」山海堂


防衛技術ジャーナル編集部「“新戦車”が来た! 陸上装備研究所で初公開」『防衛技術ジャーナル2008年4月号』(財)防衛技術協会


防衛技術ジャーナル編集部編『陸上防衛技術のすべて』(財)防衛技術協会


防衛省技術研究本部公式サイト


防衛日報 平成20年2月8日号





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