2011年3月16日水曜日

東北地方太平洋沖地震で活躍するであろう自衛隊装備について



 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震ですが、発生から4日経った3月15日現在も多数の行方不明者や連絡がとれない人がおり、その被害の全貌は判明に至っていません。自衛隊は創設以来最大となる10万人規模の災害派遣が計画されており、既に1万人以上の被災者を救出したと報道されております。現在は救出のフェーズですが、いずれ破壊されたインフラの代りに被災者に衣食住の生活支援を提供することになるでしょう。今回は救出から生活支援に到るまでに活躍すると思われる、自衛隊装備についてご紹介したいと思います。





■人命救助システム(2型)




f:id:dragoner:20100516141258j:image:w640


 地震・津波などの自然災害や航空機事故等を想定し、倒壊した建物や事故機からの人命救助を目的とした装備品をコンテナにまとめ、パッケージング化したシステムです。このシステムには油圧ジャッキやエンジンカッター、削岩機、破壊構造物探索器(ファイバースコープ)等の倒壊建物からの救助用具が空輸可能なコンテナにまとめられております。民生品で構成されており、日本ログフォース株式会社が納入しています。


f:id:dragoner:20110315170147j:image:w640


 実演中の破壊構造物探索器。先端部が柔軟に可動し、狭い隙間から中を捜索することが可能です。





■個人携行用救急品




f:id:dragoner:20110315171955j:image:w640


f:id:dragoner:20110315171956j:image:w640


f:id:dragoner:20110315171957j:image:w640


f:id:dragoner:20110315170703j:image:w640


 個人・車両に携行し、現場の隊員自らが治療を行う為の医薬品を詰めたもので、被災者や隊員個人の負傷等に用いられます。こちらは制式化された装備品ではなく、派遣時の状況により内部の構成品は変わってくるとのことで、上に挙げた写真はハイチPKO派遣部隊用の構成例です。ハイチ派遣では現地の衛生状況が悪いため、包帯などのファーストエイドキットの他にも、下痢止めや目薬、目を洗浄するアイボン、蚊除け剤等が加わっています。これも中身は民生品主体です。





■野外手術システム




f:id:dragoner:20110315185724j:image:w640


 野外で外科手術を行う為のシステムです。手術車、手術準備車、滅菌車。衛生補給車の4輌から構成されており(写真は手術車、手術準備車)、手術車は手術準備車と連結して使用されます。手術車は手術時の面積を増やすために約2倍に拡張が可能です。1日に10人から15人の開腹・開胸手術が可能です。また、おおすみ型輸送艦に搭載して、簡易的な病院船化も可能です。


f:id:dragoner:20090411131122j:image:w640【手術車内部:手術台】


f:id:dragoner:20090411131112j:image:w640【手術車内部:X線装置】


f:id:dragoner:20110315185727j:image:w640【手術車内部:各種医療装置】





■1トン半救急車




f:id:dragoner:20110315200921j:image:w640


 自衛隊の野戦用救急車で、一般の救急車と同様に患者監視装置、除細動器、人工呼吸器等が積まれております。担送患者のみの場合は最大4名、独歩患者のみの場合は最大4名の搬送が可能です。製造はトヨタ自動車。





■化学防護衣4型、防護マスク4型(B)




f:id:dragoner:20110315173118j:image:w640


 恐らく、福島原発で炉心冷却作業を行っているであろう自衛官が着用していると思われる防護品です。防護衣とマスクを組み合わせることで、有毒な生物化学兵器・放射性物質の身体への付着・浸透を防ぎます。写真は全隊員に用意されているゴム製の防護衣で通気性がありませんが、これとは別に通気性のある素材を用いた個人用防護装備も存在します。製作は藤倉ゴム工業。


f:id:dragoner:20110315174201j:image:h640


 着用例。着込んだ隊員は「ものっそい暑いです」とのこと……。





■化学防護車(B)




f:id:dragoner:20110315175303j:image:w640


 福島第一原発に中央特殊武器防護隊所属の4両が派遣されたことが報じられている化学防護車です。地下鉄サリン事件でも出動したことから見覚えのある方は多いと思います。放射性物質・化学物質に汚染された地域での活動が可能で、空気浄化装置により車内でマスクをせずに放射線測定や有毒物質の検出等が行われます。製造は小松製作所。


f:id:dragoner:20110315175304j:image:h640


 また、搭載されたマニュピレータにより、車外に出ずに試料を採取することが可能です。





■除染車3型(B)




f:id:dragoner:20110315181336j:image:w640


 汚染された地域の除染に用いられる車両で、2500リットルの除染剤を広域に散布します。津波被害にあった地域での消毒作業に今後用いられるものと思われます。車体:いすゞ自動車、タンク部:東急車輛、加温部:ユニバーサル造船が製造。





■水タンク車




f:id:dragoner:20090411131634j:image:w640


 福島原発への冷却水輸送にも使われたことが報じられていますが、飲料水の輸送にも使用されます。5トンの水を輸送でき、ポンプも備えています。製造はいすゞ自動車。





■浄水セット 逆浸透型




f:id:dragoner:20090411131901j:image:w640


 今回の派遣で使用されるかどうかは分かりませんが、川などの淡水から飲料水を精製する車載の浄水装置です。長毛ろ過、限外ろ過、逆浸透ろ過の3つのろ過機能により、淡水から汚染物質・細菌・ウィルスを取り除くことが可能です。一時間あたり3.5トンの水を浄化する能力があり、5tタンク(写真手前の半球状のものです)2つに計10トン貯めることが可能です。東チモールPKO等、自衛隊の海外派遣では頻繁に活躍している装備です。


f:id:dragoner:20110315181338j:image:w640


 製造元の神鋼環境ソリューションの紹介資料。


f:id:dragoner:20090411131752j:image:w640


 実際に浄水セットを使用した、各ろ過過程での水の様子。右から元水、長毛ろ過後の水、限外ろ過後の水、逆浸透ろ過後の水。ろ過を経るごとに清浄な水になっているのが分かります。





■野外入浴セット2型




f:id:dragoner:20090411132900j:image:w640


 野外での簡易入浴を行うための装備品で、国内での災害派遣で数多く使われております。浴槽やボイラー、シャワー、スノコ等、給湯から温浴に必要な装置がまとめられており、1日に1200人の入浴が可能です。給湯に使用する水は。上記の浄水セット(逆浸透型)とは違い、長毛ろ過・限外ろ過の2つのろ過機能を持った浄水セットにより供給されます。逆浸透ろ過を使用していないので飲料には適さない代わりに、一時間あたりの浄化能力は7.5トンと、逆浸透型の倍以上の処理能力があります。


f:id:dragoner:20090411132934j:image:w640【浴槽】


f:id:dragoner:20110315194308j:image:w640【シャワー】


f:id:dragoner:20110315194309j:image:w640【脱衣所】





■野外炊具1号(改)




f:id:dragoner:20110315195602j:image:w640


 野外での調理に使用する調理器具で、炊飯用の釜、揚げ鍋等を備え、200人分の主食・副食が45分以内に調理できます。平成12年度から配備が始まった(改)では、冷凍冷蔵機能等が追加されています。





■ヘリコプター映像伝送装置




f:id:dragoner:20070516103219j:image陸上自衛隊第11旅団サイト】より


 ヘリコプターから映像情報を方面総監部等に送信する為の装置です。気仙沼の火災の様子を撮影したのもこの装置によるものと思われます。写真は撮影機のものですが、この装置はさらに中継機、地上受信装置、地上撮影装置、移動受信装置、衛星可搬局装置から構成されており、遠距離への配信を可能にしています。電装機器は日本電気、映像機器等は池上通信機、衛星可搬局装置は三菱電機の製造になります。





 以上で主要な災害派遣の装備を紹介しましたが、他にも装甲車等の戦闘車両も多数派遣されております。また、戦闘装備と違って、普段は注目されないこれらの災害対策装備ですが、駐屯地際等では展示されていることが多いので、機会があったら見て隊員の話を聞いてみると良いと思います。





参考資料



第11旅団部隊紹介 空中伝送班


㈱神鋼環境ソリューション 製品紹介 車載式浄水装置





2010年11月10日水曜日

防衛技術シンポジウム2010 速報



 最初は写真と簡単な説明だけ載せていましたが、動画も追加しました。


D

f:id:dragoner:20101109172428j:image

 一番注目を集めていた「まるい未来型飛行物体」。飛行時の写真なのでブレてます。映像作成中。

f:id:dragoner:20101109160328j:image

f:id:dragoner:20101109160420j:image

f:id:dragoner:20101109160251j:image

 一昨年、昨年に続き登場した偵察ポッド。今回は昨年よりもやや小型軽量化し、耐衝撃性も強化されました。また、専用コントローラーもできました。

f:id:dragoner:20101109130740j:image

 多機能RFレーダーの素子と送受信モジュールです。 

f:id:dragoner:20101109111129j:image

 生物剤検知装置です。1台で分析を行い、15分以内に判別する能力を備えています。

f:id:dragoner:20101109162552j:image

 自衛隊謹製IED(嘘)

f:id:dragoner:20101109151318j:image

 新島での先進SAM発射試験の様子。




2010年5月27日木曜日

自衛隊の海賊対処活動とその実情 後編

-自衛隊の海賊対処活動とその実情 前編-の続き

前編では護衛活動開始前までに立てられた護衛計画や訓練・準備についてご紹介致しました。後編では、実際に行われた護衛活動や現地の活動を中心をご紹介したく思います。


■海賊対処活動のベース、ジブチ国際自治港

海賊対処活動は日本を遥かに離れた地域での護衛活動となる為、補給や休息の拠点となる港が欠かせません。海上自衛隊では検討の結果、ジブチ共和国のジブチ国際自治港を活動の拠点としました。ジブチは人口86万人の小さな国ですが、ソマリア等の不安定な国の多い東アフリカの中にでも政情や治安が安定している国で、ジブチ国際自治港は近代的な設備を備えた港です。これは余談ですが、日本が政府開発援助(ODA)を出している国の中で、国民一人当たりで換算すると最もODAを多く受け取っている国でもあり、海上自衛隊が利用する桟橋も日本のODAで建造されたものです。なお、護衛活動を行う海域の近隣にはイエメン共和国のアデンという港湾都市もあるのですが、近年イエメンは政情が不安定でテロも頻発している為に除外されました。

f:id:dragoner:20100511232831j:image
護衛艦「さざなみ」ジブチ入港:防衛省統合幕僚監部サイトより引用

ジブチは国土のほとんどが荒地である為、多くの収入を国際港からの収益に頼っております。また、フランスの植民地であった為、現在もフランスとの関係が深く、フランス空軍が国土の防空を行っています。そういった経緯もあり、EUのフランス・ドイツ海軍の海賊対処部隊もジブチをベースとしており、アメリカも拠点の一つとしております。国際港からの収益が重要なジブチ政府にとり、近隣で海賊が跋扈する状況は好ましくなく、多くの国の海賊対策部隊に基地機能を提供をしている訳です。現に派遣海賊対処水上任務部隊指揮官はジブチ大統領に表敬訪問を行っており、国家元首である大統領が外国の部隊指揮官と面会に応じるのは破格とも言える対応であり、護衛艦内で開かれたレセプションにはジブチ首相も訪問しています。このようなジブチ政府首脳の行動は、自衛隊に寄せる期待の大きさや日本との関係を重視していることの表れと思われます。


f:id:dragoner:20100526190126j:image
ジブチ大統領を表敬訪問する派遣海賊対処水上任務部隊指揮官:統合幕僚監部サイトより引用

さて、海賊対処の本筋からはズレますが、自衛隊はジブチ寄港時はどのような生活を送っていたのでしょうか。ジブチは国土がほとんど荒地である関係上、ラクダが主要輸出品の一つであり、護衛艦が停泊していた桟橋の近くでもラクダの積み下ろしが行われていたため、匂いやハエに悩まされたとのことです。また、クレーンからラクダが落下して地面に叩きつけられる瞬間を目撃する隊員がいたとか……。食生活については、イスラム圏の国家では珍しいことに市内での飲酒ができ、日本料理店もあったとのことでした。しかし、衛生状態は悪く、生水や飲料の氷を摂すると腹痛を起こすような環境だったそうです(まあ、外国はこれがデフォといっても過言じゃないですが……)。市内の治安は良好で、現在までには隊員がひったくりを受けた1件以外に犯罪被害はないとのことでした。



■海賊対処活動、本番へ

船団の護衛活動は前編でもご紹介した通り、2009年の3月30日より開始されますが、早くも4月3日20時46分に海賊対処活動が行われます。シンガポール船籍のタンカー「OCEAN AMBER」より不審船に追跡されているとの無線連絡を受けました。この当時は海賊対処法案が成立していなかった為、護衛対象は日本関連船舶に限られていたのですが、「OCEAN AMBER」からの救援要請に対しては船員法第14条を根拠にして応じました。船員法第14条とは以下の条文になります。
(遭難船舶等の救助)
第14条 船長は、他の船舶又は航空機の遭難を知つたときは、人命の救助に必要な手段を尽さなければならない。但し、自己の指揮する船舶に急迫した危険がある場合及び国土交通省令の定める場合は、この限りでない。

このように船舶の遭難について知った際は、船長はその救援を行うことが法令上義務付けられており、海賊対処部隊も同法に基づき、護衛艦「さざなみ」から不審船4隻に対してLRADによる警告を行いました。この結果、不審船は「OCEAN AMBER」追跡を諦め去り、被害はありませんでした。

また、4月11日にはA地点(前編参照)で船団の合流を待っていたところ、マルタ船籍「PANAMAX ANNA」より不審船に接近されているとの無線連絡を受け、「さみだれ」及び艦載ヘリにて確認させたところ、転覆したボートを曳航する不審な船だった為、「PANAMAX ANNA」への接近をやめるよう「さみだれ」とヘリ双方のLRADより警告を行った為、不審船は停船し、「PANAMAX ANNA」が安全な距離まで離れたのを見届けてから「さみだれ」はA地点まで戻りました。


f:id:dragoner:20090415153135j:image
転覆船を曳航する不審船:朝雲新聞サイトより引用

このように、最初の2週間だけで2回の不審船対処が行われ、その後も多くの対処行動が取られ、現在まで護衛対象船舶・対処部隊含めて被害は出ておりません。

護衛対象船舶外への対応は船員法14条で対処していましたが、申請した護衛対象船舶でないにも関わらず船団に加わったり、護衛艦近くを航行することを現場で希望する船舶が後を絶たず、そういう場合に対処部隊は「護衛はできないが、一緒に行こう」と応じるそうです。「護衛はできない」と言いつつも、実際は船員法があるので緊急時には対処義務がありますので、事実上の護衛対象船舶と言える存在になります。海賊対処部隊の護衛実績隻数は公表されていますが、公式発表に載っていない船舶が相当数あるものと推測されます。それらの船舶とは情報共有を行い、船団が予定海域に到達すると感謝のメッセージを送ってきたそうですが、中には最初から何も連絡せずについてきて、そのまま去っていく船舶もあったそうです。


■外国軍との連携

前編でも少し触れましたが、アデン湾・ソマリア沖には様々な国の海軍が集結して海賊対策にあたっています。護衛船団も有志連合軍の設定した安全回廊を航行しており、各国軍との連携や情報共有が護衛活動にとっては重要となります。自衛隊と各国軍との連携の例をあげますと、護衛対象外船舶から不審船に追われているとの通報を受けたものの、距離が離れており護衛に支障を来すため、通報船の近隣にいるA海軍艦艇に救助要請を無線で連絡すると、途端にB海軍より該当不審船にヘリを急行させたと無線連絡が入ったそうです。この10分後、不審船はB海軍ヘリに制圧され、武器押収の上爆破処理がされたとのことでした。また、水上部隊ではありませんが、P-3Cで監視活動を行う航空隊も不審船を各国軍に通報し、海賊船検挙に貢献した例もあります。このように、護衛活動においては各国軍との連携が欠かせないものとなっております。



■第一次隊の活動終了、そして

本稿は派遣海賊対処水上部隊の第一次隊を中心にして述べました。第一次隊は日本出航から帰国までを含めると、2009年3月14日から8月16日とおよそ半年の長きにわたり派遣されておりました。この間、派遣隊員の家族には子供が4人生まれ、5人に不幸があったとのことです。派遣前の準備にあたり、重病を患っている隊員の家族には予め時間を与えることができたとのことですが、5人の不幸のうち、急な交通事故で父親を派遣中に亡くした20代の若い隊員がいたそうです。派遣前、父親は今回の任務に派遣される隊員を喜んで送り出したとのことで、周りが帰国して葬儀に参列することを勧める中、その隊員は「任務に誇りをもっているので帰らない」と言ったとのことです。ですが、夜にその隊員が行方不明になり艦内で慌てて捜索が行われたところ、倉庫の奥で一人で泣いている隊員が発見され、上の判断で飛行機で帰国させたとのことでしたが、葬儀には1日間に合わなかったそうです。

第一次隊は41回、121隻の護衛を行い、その間に民間船舶にも隊員にも被害はありませんでしたが、長期の任務であるため、この様な家族の不幸が起こる可能性は常に有り、葬儀にも立ち会えないかもしれない厳しい任務でもあります。また、日本出航時のストレスチェックでは10人に1人ストレスが認められましたが、任務終了時には5人に1人までストレスが認められたそうです。海賊対処法案が可決されたことで、護衛対象船舶は外国船にも広がり、その任務はより一層重要性が増し、負担も大きくなると思われます。我々の生活の裏で、隊員の労苦があることを一人でも多くの方に知って頂ければ幸いです。


追記&注意

twitterで出典を書いて欲しいというご要望を頂いたので、ここに注記したいことがあります。

通常、本ブログでは出典元を明記しておりますが、今回の記事は防衛セミナーの五島一佐の講演内容を元にして書いており、講演では資料が配られなかったため(日本船主協会の講演は資料配布あり)、スライドの内容と講演内容を私が速記し、その内容を記憶と確認できる公式資料に照合することで書いております。よって、出典を明記することはできないのが実情であり、また私のミスによる誤謬も存在する可能性がある点を予めご了承頂きたく思います。

2010年4月25日日曜日

検証TK-X:新型国産120mm滑腔砲についてのエトセトラ(暫定版)



このブログを始めた頃、真っ先に取り扱ったのが新戦車TK-Xについての考察、「検証 TK-X(その1 火力・防護力)」でした。当時はTK-Xについて自分が調べきれていなかったこともあり、防衛省の事前評価書の記述から90式戦車と同じ44口径でも威力は強化されると述べましたが、それを達成するための技術的特徴についてはついぞ触れることが出来ませんでした。あの記事から2年経ち、ようやく自分で納得のいく情報の入手・整理が出来たため、今回はTK-Xの新型国産120mm滑腔砲について解説したく思います。




■90式と同口径。でも威力向上


まだ配備前の装備ということもあり、TK-X(10式戦車)自体の情報はまだまだ少ないのが現状ですが、防衛省技術研究本部が過去にどのような研究を行っていたかを追跡することで、その姿を推測することが可能です。下に示したTK-Xの開発線表を見ると、TK-Xの開発前の平成8年度より火砲や車体等の各コンポーネントの研究が行われていたことが分かります。






【平成13年度事業評価書より引用。リンク消失】




さて、TK-Xの開発が決定された際、砲威力の向上が謳われていたことから、巷では搭載砲について様々な噂が飛び交っておりました。長砲身120mm滑腔砲、135mm滑腔砲、140mm滑腔砲,etc...と様々な説がありましたが、実際に公開されてみるとTK-Xは90式と同じ120mm44口径砲でした。このことをして、「主砲も従来のまま」と早とちりしている人(リンク:週刊オブイェクト「作家・吉岡平の痛いTK-X批判への反論」)もおられましたが、前述の通り事業評価書には従来以上の威力と明記されています。では、同じ口径でどのように性能向上を図ったのでしょうか。

技術研究本部では平成8年度より将来火砲の研究試作を行っており、この火砲がTK-X搭載火砲の原型となっているのは確実と思われます(念のために書いておきますが、将来火砲≠国産新型砲であることに注意して下さい)。その将来火砲は開発の前提として、新型国産砲弾とのマッチングが想定されたものになっております。週刊オブイェクトの「ダイキン工業試製135mm徹甲弾(初速2000m/sオーバー)」でも触れられていますが、弾速の向上手段として発射装薬の高エネルギー化があります。しかし、単純に発射装薬を高エネルギー化しても、砲身や薬室、砲尾等の強度が強化された分のエネルギーに伴わないのであれば意味はありません。将来火砲は新型国産砲弾である将来型徹甲弾・成形炸薬弾の諸元がまだ決まっていない状態でしたが、これら新型国産砲弾に対応出来るよう従来の弾薬データから予測の上、設計されています。

では発射装薬の高エネルギー化に対応する為、将来火砲はどのような手段を用いているのでしょうか。まず、砲身については亀裂成長の遅い素材を選定した上、肉厚・メッキ厚の異なる標準(90式と同等)・軽量・超軽量の3種の砲身を試作し、それぞれを射撃試験に供することでデータの取得を行い、この結果から砲身の肉厚とメッキ厚の最適解を割り出しております。砲身に施すメッキは発砲に伴なう高熱から砲身母材を保護する役割を持ちます。この試験結果、90式のメッキ厚(0.12mm)より厚い0.17mmのメッキを施すことで、母材保護とメッキ剥離の防止の両立ができるという結果が導き出されました。



【供試体断面写真】


また、砲尾についても従来とは異なる方法で圧力に耐えつつ軽量化を達成する手法が試みられています。下に従来の90式と将来火砲の砲尾図を比較してみました。従来の90式では、砲尾とそれに栓をする尾栓はシングルラグ方式が取られ発砲時の圧力を1段のラグで支えていましたが、将来火砲ではマルチラグ方式が取られ発砲時の圧力が分散されるようになりました。


【砲尾比較図:防衛省資料より引用・一部筆者加筆】

このようなマルチラグ化に伴ない、砲尾環もスリム化し軽量化に貢献しています。砲尾はこのように発砲時の強い衝撃に耐えつつ、軽量化を達成する目処が立ちました。



■TK-Xの火砲とは異なる点


では、ここで試作された砲の概要図を見てみましょう。



【将来火砲試作砲:防衛省資料より引用・一部筆者加筆】


TK-Xの砲と上図の外見上の違いに気付かれた方もいらっしゃると思いますが、この将来火砲で搭載されている砲口制退器(マズルブレーキ)と排煙器(エバキュエーター)がTK-Xの砲にはありません。実は後座抗力を低減する為にマズルブレーキも試作の中に入っておりましたが、マズルブレーキが無くても後座抗力が許容範囲内に収まったため、TK-Xには付いておりません。マズルブレーキは後座抗力の低減する効果がありますが、精度の低下や重量の増大を招くため最近の戦車ではあまり見られませんが、TK-Xもここは従来通りにしたようです。

また、エバキュエーターもTK-Xには付いてはいないため、フランスのルクレルク等と同じ様な強制排煙方式を取っているものと思われます。エバキュエーターを廃したことで、発射ガスの損失も防げるので、これは砲の威力向上にも役立つものと思われます。
※訂正。エバキュエーターはスリムですが、10式戦車には付いていることが判明しました。



■戦車の完全国内開発達成へ


ここで90式のRh120とどう変わったのか、基本性能について90式との比較を表に致しました。



最大腔圧を上げながらシステムとして軽量化に成功するなどの進歩が見られます。将来火砲が試作された平成8年頃からの技術の進歩を考えると、TK-Xの新型砲に新型国産砲弾を組み合わせることによって、どのくらいの火力を生み出すのか非常に興味深いです。また、将来火砲は相互運用性を重視し、従来の90式で使われていたJM33等の砲弾も使えるように設計されており、TK-Xにもそれは受け継がれているとのことです。(逆にTK-X用の砲弾を90式で撃つのはできません)

61式以来、日本は主力戦車の国内開発を行っておりましたが、主要コンポーネントの中で砲だけは海外性・若しくはその派生でありました。TK-Xは61式から半世紀を経て、ついに砲を含む主要コンポーネントの国内開発に成功した記念すべき戦車であると言えます。あとは無事、この戦車が順調に配備されれば嬉しいのですが……




2010年4月12日月曜日

諏訪大社御柱祭 木落しに行ってきました



 軍事とは関係ないプライベートなのですが、10日と11日に諏訪大社の御柱祭に行ってきました。撮影した映像をちょこっとだけ編集してニコ動にアップしました。



D


 興味のある方は御覧下されば幸甚です。





2010年3月26日金曜日

【速報】韓国海軍哨戒艦 黄海で爆発・浸水



 26日21時45分頃、黄海で警備中の韓国海軍哨戒艦が爆発・浸水。現在救助中とのこと。(58人救助の報あり)


 爆発したのはボーハン級コルベット PCC-772 天安(チュナン、ROK Chonan)と見られる。乗員数104名。




 「射撃音が15分継続した」との報があるが、これは北にいた不審船に対しての韓国側哨戒艇(沈没艦の僚艦?)による発砲によるものと報道あり。




 李大統領は緊急安保長官会議を招集。




 韓国SBSによると59名救助。




 爆発は船体後方。スクリュー付近より浸水とのこと。




 現場は軍事境界線(NLL)からは離れた地域とのこと。




 ボーハン級コルベットについては、http://www6.atwiki.jp/namacha/pages/106.html 参考のこと。




 気象庁サイトによると、現場付近のこの時期の平均海水温は10度以下。一刻も早い救助が望まれる。


 http://www.data.kishou.go.jp/kaiyou/db/kaikyo/jun/sst_jp.html




 なお、海上保安庁サイトによると、5度以上10度以下の海水の場合、防護が施されていない人間は1時間以内に救助されても生存率は50%とのこと。


 http://www.kaiho.mlit.go.jp/08kanku/hamada/02_oshirase/uminohitokutimemo.htm




 続報が入らないので、一旦打ち切り 01:50




 「チュナン」じゃなくて「チョナン」と読む方が正しい?




 「軍事境界線より離れた地域」(NTV)との報道があったけど、WSJのサイトで確認すると沈没した近くの島は漁船操業の北限を越えて、NLLに近い。


 http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704100604575145683306658178.html?mod=wsj_share_twitter


 NLLから10キロちょいくらいを「離れた」と見るか、「近く」と捉えるかは微妙なところ。




 こんどこそ一旦打ち切り。 02:15




 再開 13:55




 「天安」の近くにいた韓国側哨戒艦による発砲は水鳥の群れを誤認したためによるものとのこと。


 なお、救助されたのは58名でSBSの59名は誤報の模様。残る46人は捜索中。





2010年3月5日金曜日

自衛隊の海賊対処活動とその実情 前編

 アデン湾・ソマリア沖の海賊問題について、当ブログでも派遣前からも何度か触れていましたが、早いもので2009年3月14日の派遣からもうすぐ1年です。派遣水上部隊も現在は4次隊にまで引き継がれ、護衛回数も100を超えました。今回は3月2日に防衛省南関東防衛局が行った防衛セミナーでの講演内容も踏まえ、派遣された海賊対処活動の実情にフォーカスを当てたいと思います。



■海上自衛隊初の船団護衛活動

アデン湾・ソマリア沖での海賊が国際問題となる中、2009年1月28日に浜田防衛大臣(当時)によりアデン湾・ソマリア沖への派遣準備指示が発令されました。これを受けて海上自衛隊では派遣に向けた準備を開始しますが、前例の無い船団護衛任務であり、準備から任務開始までの期間がまだ未定の状態でした(実際に派遣されるのは3月14日で準備期間は2ヶ月無かった)。第一次派遣海賊対処水上部隊指揮官に任ぜられた五島浩司一佐は準備指示に対して、まずは「護衛任務のイメージ作り」から始め、大まかに以下の3つを行うことにしたそうです。
1.「護衛任務の具体化」
  • 護衛要領の作成
  • 特別警戒配備
2.「人・物の補強」
  • 人事課との調整
  • 装備の補強
  • 隊員への教育
3.「ガイドライン作成」
  • 国土交通省・日本船主協会との調整
    以上のうち、「護衛任務の具体化」は実際の護衛活動の内容について「策定→検証→修正→策定→……」のプロセスを繰り返し、護衛要領が完成したのは出発の3日前だったそうです。「人・物の補強」については、海賊対処に必要とされる人員や装備を検討し、海賊対処という新しい任務について隊員への教育を行い、「ガイドライン作成」では護衛対象となる船舶用のガイドラインを国交省・日本船主協会との調整のもと作成しました。



    ■準備活動とその内容

    では、具体的な準備の内容はどのようなものだったのでしょうか?
    まず、今回の派遣にあたって新規・追加で艦艇に装備されたものは以下の6つです。

    新規装備
    1.防弾板:各所に配置。
    2.LRAD :艦は片舷に1基ずつ、計2基装備。
          哨戒ヘリにも小型のものを1基装備。
    3.特別機動船(RHIB):各艦2隻ずつ装備。

    追加装備
    4.インマルサット(衛星通信装置):通信の増大等に備え追加。
    5.哨戒ヘリ:砂塵・高熱対策の為、第一次派遣部隊のみ各艦2機。
           通常は1機。
    6.12.7mm機関銃:片舷1丁ずつ追加。
    以上の装備についての検証から行われます。数キロ先に大音響を伝えるLRADや防弾板等の能力を実際に使ったり、射撃を行うことで使用に耐えるものか検証します。次に個々の装備の訓練を実施し、最後に実際の場面を想定した総合的な訓練を行う、といった段階を踏んだ検証・訓練を行ったとのことです。訓練に当たっては想定状況がありますが、考えられる最悪の想定を3つ設定し訓練が行われました。余談ですが、この「最悪の想定」は五島一佐が夜な夜な見る悪夢を参考にして設定されたとのことでした。

    また、装備の他にも医療・救護体制についても強化を行い、隊員の負傷・護衛対象船の船員の負傷・海賊の負傷という3パターンについての検証・訓練も行われました。

    f:id:dragoner:20090220123507j:image
    【2009年2月20日に行われた海上保安庁との合同訓練。右側が海上保安官】(引用:朝雲新聞サイトより)
    f:id:dragoner:20090302083736j:image
    2009年3月2日~3日にかけて行われた、海賊対処に係る図上演習の様子(引用:統合幕僚監部サイトより)

    このような準備の後、2009年3月13日に海上警備行動が発令され、翌14日に第一次派遣海賊対処水上部隊は出航しました。しかしながら、現地への航行中も訓練は引き続き行われ、射撃訓練や立入検査訓練、LRADで流す各国語の警告メッセージの録音等が行われました。護衛開始三日前になって、五島一佐は初めて隊員が休暇を取っていないことに気づき、艦内放送で全員に謝罪した後、一日だけ休みを取らせる事ができたそうです。それほどの多忙な訓練であったと推測されます。



    ■船団護衛活動の実際
    船団の護衛は2009年3月30日より開始されます。護衛対象となる船舶は5隻で、海賊対処法案が可決される前の海上警備行動に基づく活動でしたので全て日本関連船舶でした。

    船団はアデン湾・ソマリア沖に展開しているアメリカ軍を中心とする有志連合軍が設定した「安全回廊」を航行します。安全回廊はイエメン沖30~40マイルに設定された長さ900キロの海域で、有志連合軍やEU軍が重点的に警備を行っています。しかしながら、それでも海賊は安全回廊にも出没する為、海上自衛隊による船団の直接護衛方式が取られました。なお、同様の直接護衛方式は中国、ロシア、インド、韓国等も行っております。

    f:id:dragoner:20100306020034p:image:w800
    安全回廊

    上図の様にA点からB点、B点からA点間を航行する船団の護衛が派遣部隊の任務になります。

    今回の派遣にあたっては、ソマリア沖というキーワードから無政府状態のソマリアから海賊が来ているものと思われがちですが、実際は対岸のイエメン人の海賊も多く、昨今のイエメンの治安悪化も相まって混迷を極めています。この地域の海賊の特徴として、伝統的なダウ船を母船にし、そこからスキフと言われる小舟で船舶を襲撃するのが手段が挙げられます。問題はダウ船にしてもスキフにしても、この地域の漁民等が使っているものと船自体は全く同じであり、識別が困難です。しかしながら、怪しい船は船に積んでいるものから以下の様に特徴付けられます。


    f:id:dragoner:20100306022834p:image:w800
    海賊が襲撃に使うスキフの特徴(筆者作成)

    上図のように、ハシゴの搭載、エンジンの数、乗員数やポリタンク等から怪しい船が見分けられます。ただし、あくまで「怪しい」としか言えず、この船が海賊行為に及ぶか、臨検して武器が発見されなければ海賊船と断定することはできません。この地域の海賊は漁民が多いと言われており、同じ船を使って、ある時は漁民、ある時は海賊、ある時は麻薬輸送と様々な合法・違法行為をしていると考えられ、このような事情が海賊の識別をより一層困難なものにしています。このような場所ですから、商船は小さい船を見かける度に海賊船と思ってしまう為、派遣部隊は1日に10件以上のSOSを受信することも少なくありません。

    では、船団護衛自体はどのように行われているのでしょうか。言葉で説明するよりも、絵で説明した方が理解しやすいので、以下の図をご覧下さい。

    f:id:dragoner:20100306020004p:image:w800
    船団護衛内容(筆者作成)

    基本的に単縦列・複縦列を基本とした船団を組み、船団の前方と後方を護衛艦で固め、哨戒ヘリで近辺を警戒する形になります。ここで注目すべきは、護衛対象の船団をハイリスク船とローリスク船に分けているところです。先程のスキフの写真を見て頂ければ分かると思いますが、襲撃に使われるスキフは小型な為、乾舷が高い船に乗り込むことは困難です。また、高速船はスキフを振り切ることが可能で、これらの船は比較的襲撃されるリスクが少ないです。逆に乾舷が低い船や低速船は襲撃を受けやすいため、ハイリスクな船となります。

    船団ではハイリスク船とローリスク船に分け、ローリスク船を前方に、ハイリスク船を後方に配置します。不審船が前方から接近してきた場合、最も早く船団に近づく為に対処時間が短く危険です。その場合、前方の護衛艦が船団と海賊船の間に割って入り不審船の進路を塞ぎ、ローリスク船は高速を生かして海賊船とは反対方向へ退避します。速度の遅いハイリスク船は後方の護衛艦の近くを航行し護衛を受けるといった陣形を組むことにより、船団護衛は行われます。

    後編へ続く―