2015年10月27日火曜日

人類の叡智としての「戦争法」

安全保障関連法案が成立して既に一ヶ月が経ちましたが、野党を中心に法の廃止を目指す動きは盛んです。
法案の採決から一ヶ月を迎えた19日には、こんな集会もありました。


 安全保障関連法の採決が強行されてから1カ月の19日にあわせ、法律に反対する市民団体「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」は、国会前でデモ活動を行った。今後も毎月19日、法律の廃止と安倍晋三内閣の退陣を求め、行動を続ける。

午後6時半からの集会で、国会前の歩道を埋めた人たちは「戦争法は今すぐ廃止」「戦争させたい総理はいらない」と訴えた。



法案に対する抗議活動自体は、民主主義国ならば当然の政治活動・意思表示ではあります。しかし、安保関連法案に反対する人々が好んで使う「戦争法」という表現について、私は未だに違和感を抱いており、この言葉を乱用に対しては明白に不信感を持っています。なぜなら「戦争法」とは、人類が長い歴史の中で、やっと手にした叡智であるからです。

無法な戦争

戦争とはどのような行為を指すのでしょうか。一般的な定義としては、国家間の紛争の解決法として相手国に対して武力を用いて、自国の意思を強制させるというものです。言い換えますと、「言うこと聞かない相手を殴って言うこと聞かせる」のが戦争です。この定義に当てはまらない戦争も見られますが、とりあえずここでは国家間戦争の一般的な紹介に留めます。

法を定めるのは国家ですから、国家間の戦争は国家の法の外に置かれている事になります。通常定められているルールから外れた、暴力の応酬ということになります。しかし、それでは戦争は際限なく拡大するだけなので、戦争を制限する「法」はありました。中世ヨーロッパでは、超国家的影響力を持つ教会が、強力な威力を持つ弩(いしゆみ)の禁止、聖職者や旅行者、平和的人民の殺傷を禁じた法規を出しています。しかし、これらの法規は傭兵による戦闘が主だった中世では実際に守られていたとは言えず、また異教徒は保護の対象外でした。これらの法は中世以降も慣習法として西欧社会にあったものの、強制性も実効性も担保されたものではありませんでした。戦争は無法だったのです。



戦争に法を与える

18世紀末のナポレオン戦争以降、近代国家による大量動員と技術の発展により、戦争がより大規模に、より凄惨なものになっていきます。1859年にサルディーニャ(後のイタリア)・フランス連合軍とオーストリア軍が衝突したソルフェリーノの戦いでは、両軍合わせて20万人を超える大規模な戦闘となり、両軍が想定外の接近戦を繰り広げる凄惨なものになりました。

Carlo Bossoli画 「ソルフェリーノの戦い」

たまたま商用でソルフェリーノを訪れていたスイス人実業家のアンリ・デュナンはこの戦闘を目撃し、戦闘終了後も若い負傷兵たちがろくな救護もされずに苦しんで息絶える様に衝撃を受けました。デュナンはこの経験を「ソルフェリーノの思い出」として1862年に出版し、戦争における傷病兵の救護を行う組織の創設と、傷病兵の救護に関わる国際的な協定締結を呼びかけました。このデュナンの呼びかけにより、傷病兵の救護組織として赤十字国際委員会が設立され、戦争をただ否定するのではなく、実際に起きている戦争犠牲者の救済を掲げた現実主義としてスタートしました。

国際的な協定締結については、1864年にスイスのジュネーブで「戦地軍隊における傷病者および病者の状態改善に関する条約」が締結されました。この条約以降に傷病兵の扱いのみならず、戦争における捕虜、民間人の扱いについても国際的に取り決めが行われ、1899年にはハーグ陸戦協定によって、戦争(陸戦)での禁止行為が定められます。これら戦争に関する国際法規を総称して「戦争法」と呼び、国連憲章によって戦争が"法的に"存在しなくなった現在は、武力紛争法あるいは戦時国際法などと呼ばれているものの、今でも報道や研究で本来の「戦争法」を目にすることができます。



汚される「戦争法」

さて、戦争反対にも様々なアプローチがありますが、こと日本に関して言えば、戦争の根絶を標榜し、戦争と関係するもの全てを否定するという向きが多く見られます。「戦争法」呼称についても、安保関連法案を全否定する意味で、戦争と結びつく法案と命名したのと思われます。

「戦争法」というインパクトは強烈です。戦争に法が直結している事を一言で説明し、脅しをかけるという点で優れたフレーズです。小泉政権では、一言で表した政治的キャッチフレーズを多様するワンフレーズ・ポリティクスが使われましたが、そういうのを批判してたはずの野党の側でもすっかり定着したんだなあ、と思わせます。しかし、この安直なレッテルは、法無き戦争に法を与えた、人類がようやく手にした「戦争法」をも毀損し兼ねない行為ですし、既に意味的な汚染が始まっています。「戦争法」と論文検索をすれば、最近は安保関連法案に反対する論陣によるものばかり出てきます。国際法としての戦争法を知りたくても、このような状況は障害にしかなりません。

前述したように、戦争に反対するにも様々なアプローチがあります。デュナンが提唱した赤十字国際委員会は、戦争そのものは否定せずとも、現実に起こる戦争の悲惨さを抑えるべく活動しています。戦争法についても同様で、戦争の完全な根絶は困難だから、せめて戦争に法を課して被害を極限しようとしています。戦争を根絶すべきものとして全否定するのもアプローチのひとつです。しかし、「戦争法」呼称で従来の戦争法まで汚しかねない活動は、現実的なアプローチに対して「戦争」を吹っかけるような真似になってやいませんか?


【参考】


国際人道法 戦争にもルールがある
小池政行
朝日新聞出版 (2002-01-25)
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基本的に20世紀までの動きしか入っていないものの、「戦争のルール」とその動きについて、コンパクトにまとまった一冊です。日本のジュネーブ諸条約加盟状況などが今とだいぶ異なるため、増補版を期待したいところ。


赤十字国際委員会公式サイト

赤十字国際委員会の公式サイト(日本語)。「資料」にある各種パンフレットは、戦時下のルール、権利などを広く伝えるために公開されており、有用です。英語の本部サイトは、日本語以上にWikipediaにも無い情報があったりしてよいです。