2014年10月15日水曜日

日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情

日本を念頭に進むオーストラリア次期潜水艦計画

武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則を制定し、日本が防衛装備品の輸出を事実上解禁して半年が経ちました。この半年で、早くもオーストラリアとの間で大型商談が浮上しています。今月16日に来日するオーストラリアのデービッド・ジョンストン国防相は、次期潜水艦導入に向けて日本側と協議を行うそうです。「オーストラリア史上最大の防衛調達プロジェクト」とも言われる200億ドルを投じる次期潜水艦計画は、競争入札を経ずに日本のそうりゅう型潜水艦を念頭に交渉が進んでいるとも報じられています。


そうりゅう型潜水艦2番艦「うんりゅう」(海上自衛隊ギャラリーより

オーストラリアが求めているのは、現用のコリンズ級潜水艦の代替となる、長期の作戦が可能な大型潜水艦です。これは、オーストラリアが世界でも有数の排他的経済水域を持ち、その防衛・警備の為に長期作戦可能な大型潜水艦を必要としている為です(詳細は拙稿「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」を御覧下さい)。2014年現在、水中排水量4,000トンを超える大型潜水艦は原子力潜水艦を除くと、日本でしか製造・運用されておらず、オーストラリアの要求に応えられるのは日本のみという事になります。



ドイツの対抗案

ところが、戦後で最も成功した潜水艦輸出国のドイツが対抗案を出してきました。News.com.auによると、ドイツで潜水艦を建造しているホヴァルツヴェルケ=ドイツ造船(HDW)社を傘下に持つティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)社は、韓国、ギリシャ等で採用実績のある輸出向け潜水艦の214型潜水艦(水中排水量2,000トン前後)を基にした4,000トンの216型を提案するそうです。この提案ではオーストラリア国内で建造を行う旨が示されており、アデレードの造船所で潜水艦を建造する選挙公約を掲げていた現政権にとっては重要な点と言えます。報道では日本で潜水艦建造が行われた場合、3,000人の雇用が失われるとしており、野党を中心に日本からの購入に反対する動きが見られます。


韓国海軍の214型潜水艦「孫元一」(韓国海軍写真ギャラリーより)


対する日本はどのような方法でオーストラリアに潜水艦、あるいは潜水艦技術を提供するのでしょうか。日本国内で製造した潜水艦を輸出する方が日本企業の利益となりそうな上、情報保全の観点からは出来るだけ日本で製造したい思惑もありそうですが、そもそも潜水艦建造には高い技術が求められる為、容易に技術移転出来ないという問題もあります。

また、現代の潜水艦は特殊な鋼材を船体に用いている為、建造には高い溶接技術が求められます。中でも日本の潜水艦に使われている”NS鋼”は日本でしか使われていないので、NS鋼を溶接出来る技術者が国外にいません。潜水艦を建造する川崎重工では、溶接の8割以上をロボット化していますが、仮にこの溶接ロボットをオーストラリアに輸出して溶接技術者問題をクリアしたとしても、オーストラリアは高い初期投投資を行う事になります。もちろん、自国建造では国内産業へのリターンもあるので単純な比較は出来ませんが、輸入より割高な物になるのは避けられそうにありません。



過去に潜水艦で痛い目を見たオーストラリア

そして、過去に潜水艦建造で痛い目を見たオーストラリアの事情もあります。競争入札を経て採用された現用のコリンズ級潜水艦は、スウェーデンのコックムス社の技術をベースに、西欧・米国の様々なメーカーの製品を組み合わせ、オーストラリア国内で建造した大型潜水艦です。ところが、船体溶接の問題、騒音問題、戦闘システムの不具合などの様々な問題に悩まされ、その解決に多くの追加投資と時間を費やす羽目になりました。このような過去の失敗から、オーストラリア政府には自国の建造技術と、現物の無い設計案のみのプランへの不信感があるのではないかと思われます。また、オーストラリアと日本は安全保障上の関係を強化しており、日本から潜水艦を輸入する事で両国の結びつきを強めるという思惑もあるかもしれません。


オーストラリアのコリンズ級潜水艦(米海軍撮影)


ここまでのオーストラリアの事情と、各国の強み、弱みをまとめてみましょう。

オーストラリアが求めるもの:長期の作戦が可能な大型潜水艦。
オーストラリアが心配する事:コリンズ級の失敗を繰り返さない。国内雇用の確保。

日本の強み:大型潜水艦の建造実績が豊富。豪と安全保障関係強化中。
日本の弱み:海外販売経験が無く、サポート体制が未知数。

ドイツの強み:豊富な海外への販売実績とサポート体制。
ドイツの弱み:大型潜水艦建造経験無し。ペーパープランのみ。

また、オーストラリア国内では日本の潜水艦を採用することで、中国との関係悪化を懸念する向きが与党の中にもある点に注意が必要でしょう。競争入札を行わないで潜水艦導入を決める事への反対論も多く、14日に開かれた議会公聴会の外では日本を含む外国での潜水艦建造に反対する労働団体のデモも行われています。オーストラリア国内の状況によっては、日本との交渉も白紙になる可能性もあるかもしれません。

日本としても、秘密の多い潜水艦は出来る限り日本で建造したいところでしょうが、オーストラリアとの安全保障関係強化を優先して譲る所も出てくるでしょう。この場合、どこまで相手を信頼するかという難しい舵取りを日本政府は迫られそうです。



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オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つ理由について解説した過去記事です。理由はオーストラリアの広大な排他的経済水域にありました。



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浅野亮 (編集), 山内敏秀 (編集) 「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船 その戦略と発展状況」

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中村秀樹「これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)」

やや潜水艦びいきかなと思う点はありますが、海上自衛隊の元潜水艦艦長による著書で、海上自衛隊内での潜水艦の位置付けや乗員の訓練生活が分かります。


白石光「潜水艦 (歴群図解マスター)」

潜水艦とはなんぞや? という解説本において、歴史からメカニズム、運用まで一冊でカバーした手軽な入門書。