2009年3月30日月曜日

常識(らしきもの)に囚われていてはいけない



 このところ、自動車メーカー各社が新型のハイブリッド車を相次いで発表していますね。ほんの数か月前まで続いていた異常な燃料高騰により、燃費効率に優れたハイブリッド車両への注目が集まっていることは皆様もご存じのことと思います。


 こういった流れを受けてか、このような2009年1月9日、読売新聞に以下のような記事が掲載されました。



 自衛隊が、艦船、戦闘機や、基地施設での省エネルギーの取り組みを本格化させる。


 戦闘車両のハイブリッド化、代替燃料の開発、部隊車両の電気自動車化の検討にも着手する。温室効果ガス削減に貢献する姿勢を示すとともに、原油価格の変動で部隊訓練などが影響を受けないようにする狙いがある。


 ―読売新聞2009年1月9日(現在、リンク先記事は消滅)―



 この記事を受け、週刊オブイェクトのJSF氏も「自衛隊、ハイブリッド車両の導入検討へ」という記事を出しました。ここで注目すべきは、読売新聞もJSF氏も「戦闘車両のハイブリッド化=省エネ化」という前提で話をしていることです。


 しかしながら、「戦闘車両のハイブリッド化=省エネ化」という図式は果たして成立するのでしょうか。私は「自衛隊、ハイブリッド車両の導入検討へ」のコメント欄にも書きましたが、その図式は必ずしも成立するものではないと考えております。


 本日は戦闘車両のハイブリッド化は、何のためにあるのかについて考えてみたいと思います。





最初期のハイブリッド戦闘車両


 そもそも、戦闘車両のハイブリッド化という考え自体は特に新しいものではありません。以前、「ガラパゴス化しているのは彼なのか?」にも書きましたが、既に第二次大戦中のドイツにてティーガー(P)、エレファント駆逐戦車として実用例があります。しかしながら、この場合のハイブリッド化の目的は低燃費化の為ではありませんでした。ティーガー(P)の開発を担当したポルシェ博士は、摩耗部品である機械式変速機をティーガーの様な重戦車に採用することに疑問視していたからです。その結果、モーターによる駆動を採用したのです。


 ポルシェ博士のトンデモ兵器として語られることのあるティーガー(P)ですが、この様な考え自体は必ずしも奇特なものではありません。当時、鉄道車両ではこの方式を採用したものが既にありました。もっとも、信頼性向上を狙ったティーガー(P)ですが、結果的にはまだ戦闘車両への適用が未成熟だった技術の不具合により、通常の機械式変速機を採用したヘンシェル社案のティーガーよりも信頼性が低いものとなってしまいましたが……。





ハイブリッドの各方式


 ここで注意して頂きたいのは、戦闘車両のハイブリッドはシリーズ方式であり、プリウス等の民間乗用車に見られるパラレル方式とは違ったものであるということです。


 簡単に両者の違いを述べると、シリーズ方式は内燃機関が生んだエネルギーを電気に変換してモーターで駆動するのに対し、パラレル方式は内燃機関が生んだエネルギーをモーターと従来の変速機を介した機械的な駆動を併用していることです。シリーズ方式が変速機等の摩耗部を減らせるのに対し、パラレル方式は変速機を積まなければならず、複雑な構造となります。以下に簡単な比較図を掲載します。


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 駆動系を二つ積むことにより構造が複雑となるパラレル方式と比べ、シリーズ方式は車軸が必要無いため、各コンポーネントの配置の自由度が増します。各コンポーネントが機械的独立していることで、大出力化も容易ですが、駆動力を全て電気で賄う為に発電機や蓄電池等は大容量のものが必要となります。





戦闘車両のハイブリッド化の利点


 各コンポーネントの配置に自由度の増大は、設計の自由度が増すことを意味します。極限の環境での稼働を前提とするため、制約の多い戦闘車両の設計にとっては非常に魅力的な点であり、今後増大が予想される戦闘車両の電力消費量も考慮すると、エネルギーが電力に一元化して管理されることは有意なことです。また、運用の面でも一時的に発電機を切り、蓄電池のみで駆動することによる騒音の低減は、戦闘車両の被発見性を低減します。


 このように良いことずくめに見える戦闘車両のハイブリッド化ですが、実用化にあたっての課題はいくつかあります。以下にそれを挙げてみましょう。




  • システムの高効率化(低燃費化)

  • モーター、電力変換装置、冷却装置等の小型・軽量化

  • 高性能蓄電装置の開発


 これらの課題から導き出されるのは、システム総体として見た場合、電気駆動に重要なコンポーネントのより一層の効率化が必要だという点です。つまり、現状では非効率なものであり、とても低燃費=省エネと呼べるものになっていないと言えます。


 各国でも電気駆動システムの研究は長らく行われていますが、未だ実用の域に達した戦闘車両は存在しません。自衛隊も例外ではなく、技術研究本部では平成3年から研究を行い、更には平成9年から10年にかけて電気駆動システムの研究試作を行っていますが、10年以上経た現在でも研究の域を出ていません。最近の研究では平成17年に電力容量に優れるバッテリーに加え、出力密度・急速充放電性能に優れたキャパシタを併用した基礎実験を行うなど、やはり高効率化を目指した研究が続けられています。やはり、現状では非効率なものにならざるを得ないのかもしれません。





何故「省エネ」ばかり注目されるのか。


 このように戦闘車両用ハイブリッドは、現状では様々な課題があることを述べてきました。しかしながら、魅力的な技術であることは確かで、何十年にも渡って各国で研究されてはいます。が、ここ数年で急速に注目されるようになってきました。その理由としては、やはりプリウス等の民生車両における省エネイメージが強いせいではないでしょうか。


 2008年度の技術研究本部発表会にて、シリーズ方式ハイブリッドの戦闘車両についての展示がありました。私もプリウスのイメージが強いので「これはプリウスの様なものですか?」と質問したところ、解説されていた方から「いいえ。私どもの研究しているハイブリッドとは、プリウスのものとは違います」とはっきりと否定されました。プリウスと同次元で考えてはいけないようです。


 自衛隊関連の公式のソースで戦闘車両ハイブリッドの利点として「省エネ化」を挙げたものはいくつかあります。ただ、それはどちらかというと、一般に言われる「ハイブリッドは省エネ」という常識(らしきもの)を意識したものではないかと思うことがあります。それは何故かと申しますと、防衛技術ジャーナルの2001年7月号における技術研究本部での電気駆動システム研究の技術論文では燃料消費量の低減が謳われていますが、技術研究本部50年史での当該研究の説明では、設計自由度の向上や減速機の簡略化について触れていても、燃費に関してはノータッチです。戦闘車両ハイブリッドにおいては、燃費という項目は確かに検討はされてはいるが、優先度の低いものなのかもしれません。


 現状、自衛隊の装甲車両がどのようなアプローチで「省エネ」を行っているのかと言えば、TK-Xでの無段変速機の採用や排気エネルギーの回収等、従来方式の延長上に立つ手堅いものです。兵器として使う以上、信頼性が重要であることはいうまでもなく、ティーガー(P)の轍を踏むことはありません。あくまでもハイブリッドは将来の可能性の一端なのです。


 「ハイブリッド化=省エネ」という、「常識(らしきもの)」を無批判に戦闘車両に適用することは避けるべきでしょう。





 兵器開発では、常識(らしきもの)に囚われていてはいけないのです。





参考文献


 椿尚実「戦闘車両用電気駆動システムの研究」防衛技術ジャーナル2001年7月号


 椿尚実「電気駆動システム」防衛技術ジャーナル2003年11月号


 野和田清吉「戦車の先端機動技術」軍事研究2007年12月号別冊


 平秀隆,白石泰夫,椿尚実,金内由紀夫「車両用蓄電装置の電力マネジメントに関する研究」防衛庁技術研究本部技報 2005年11月


 ヴァルター・J・シュピールベルガー「ティーガー戦車」大日本絵画


 防衛省技術研究本部「技術研究本部50年史」http://www.mod.go.jp/trdi/data/50years.html





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