2009年2月12日木曜日

海賊の定義



 最近、自衛隊関連の話題と言えば、やはり海賊被害が多発するソマリアへの海上自衛隊艦艇派遣がホットなものでしょう。3月末には日本船舶の護衛にあたるそうで、2月10日には護衛艦“さざなみ”、“さみだれ”の2隻が派遣に向けた訓練を開始したそうです。


 そんな中、政治の舞台ではどうなっているのでしょうか。産経新聞によりますと、2月3日の民主党の外交防衛部門会議でこんな発言があったそうです。



 しかし、この日の部門会議では、足踏み状態から脱出したとはいえる議論はなかったようだ。藤田幸久参院議員が「海賊の定義は何か。犯罪なのか。テロなのか。組織性はあるのか」と外務省に問いただせば、谷岡郁子参院議員も「まず民間船舶会社の自己責任と国の責任の区別をきちっとすべきだ」と主張するなど、「そもそも論」が噴出したのだ。



 この藤田議員の「海賊の定義」発言が、ネット上で嘲笑の的になったことは記憶に新しいと思います。しかしながら、「海賊の定義」という問題は非常な難しい側面を含んでいることは事実であり、海上自衛隊のソマリア派遣についても問題になる可能性があります。今回は、海賊の定義とその問題点について考えてみたいと思います。








国際法上の海賊の定義


 古代ローマの時代から海上は「万民の共有物」とされ、近年まで「公海自由の原則」の国際慣行として引き継がれていました。海は多国間の交易の場であり、その海で強盗行為を行う海賊は「人類共通の敵」とされてきました。海賊の定義の根本には「人類共通の敵」という概念が今でも生きています。


 しかしながら、近年に入ると、拡大する海洋交通、海洋利権を巡る衝突、環境汚染等の新たな問題に対応する必要が生じ、従来の国際慣習法の統合・法典化が進められます。この試みは1982年には第三次国連海洋法会議にて国連海洋法条約として採択され、1994年に同条約が発効されることになります。「世界の海の憲法」とも言われる同条約は、200海里排他的経済水域の制定や紛争解決の為の国際海洋法裁判所の設立等、それまでの公海の概念を大きく変容させるものでした。この条約の101条において、海賊は国際法的に明確な定義がなされることになります。以下にその条文を見てみましょう。



国連海洋法条約


第百一条 海賊行為の定義


 海賊行為とは、次の行為をいう。


(a)私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行う全ての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であって次のものに対して行われるもの。


 (i)公海における他の船舶若しくは航空機又はこれらの内にある人若しくは財産


 (ii)いずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人又は財産


(b)いずれかの船舶又は航空機を海賊船舶又は海賊航空機とする事実を知って当該船舶又は航空機の運航に自発的に参加するすべての行為


(c)(a)又は(b)に規定する行為を扇動し又は故意に助長する全ての行為



 以上がその条文になります。このように、国際法では海賊の定義は明確なものとして存在しています。国連海洋法条約において、その定義が明文化されることになりましたが、この海賊の定義自体は慣習法の頃とほぼ同じものです。


 しかしながら、この定義には大きな問題が存在します。その部分は太字にして強調されてある「私的目的」、「公海」、「いずれの国の管轄権にも服さない場所」の部分です。この部分について、少し突っ込んで考えていきましょう。





「私的目的」の問題


 この定義の問題は、私的目的でない海上での暴力行為は海賊にはならないことにあります。この定義の問題が如実に表れた例としては、1961年のサンタ・マリア号事件が挙げられます。


 1961年当時、ポルトガルでは独裁政権に対する反政府活動が活発であり、ベネズエラに亡命していたエンリケ・ガルバン元陸軍大尉は、当時ポルトガルの植民地であったアンゴラでの解放国民議会臨時政府樹立を計画し、仲間とともに客船サンタ・マリア号を占拠しました。この事態に対し、ポルトガル政府は「海賊行為」と非難し、軍艦を派遣。米、英、オランダ、スペインも軍艦を派遣することになります。しかし、乗客に不法行為が行われてなく、ガルバン元大尉の目的が政治的な物だと判明すると世界世論は好転し、ガルバン元大尉は「20世紀のロビンフッド」とまで報道されました。アメリカ政府も犯行グループに対して仲裁案を提示し、ガルバン元大尉は仲裁案を受け入れ、ブラジルに投降します。受け入れたブラジル政府は、船体はポルトガルに引き渡したものの、犯行グループの政治亡命を認めて身柄を引き渡すことはしませんでした。


 この事例はこの定義の問題をよく表しているものと言えます。「私的目的」以外と認定されたら、それは「海賊」ではないということです。この定義ですと、この事件の様に当事国(船の旗国、乗員・乗客・財産が属する様々な国家)の立場によって、海賊認定の相違が生じることが考えられ、海賊対策への国際協力の妨げになると考えられます。。


 また、フィリピンからの分離独立を主張するモロ・イスラム解放戦線(MILF)は、昔から副業として海賊行為を行っていた漁師が多くおり、更にはアルカイダのキャンプで訓練を受けた構成員も多いと言われています。このように海賊が政治目的のテログループと結束する例が近年多く見られ、政治目的の海上テロと海賊行為の区別が付き難い状況になりつつあります。





「公海」、「いずれの国の管轄権にも服さない場所」の問題


 この2つの定義は、便宜的に「公海」という括りにして考えてみましょう。この定義を当てはめると、各国の領海内で発生した「海賊行為」は海賊と見なされず、海上強盗の類ということになります。


 しかしながら、この定義の最大の問題は、世界の海賊行為のほとんどが領海内で起きていることです。世界の海運業者からの拠出金で運営されている国際海事局(IMB)のデータによると、2001年世界で起きた263件の海賊事件のうち、公海で起きたものはわずか28件の10.6%に過ぎず、残りの90%は領海内で発生しています。公海での海賊行為に対しては、各国の海軍艦艇・航空機が警察権を有しており、自国で裁判を行う権限を与えられていますが、領海での海賊行為は全て主権国が取締ることになっています。領海の警備が不十分な国は多く、海賊多発地帯のマラッカ海峡ではインドネシア・マレーシア両国の警備能力の不備が問題となっています。そして、今回話題になっているソマリアは1991年から無政府状態にあり、まともに領海の警備が行われていません。そこの空白地帯に海賊が発生したわけです。


 公海で海賊を取り締まろうとしても、そもそも公海には海賊はほとんどいないか、警備の手薄な国の領海に逃げ込まれてはどうしようもないのです。





IMBによる海賊の定義


 先ほど名前が登場したIMBとは、世界的な民間団体である国際商業会議所(ICC)の商業犯罪対策部門の付属機関であり、世界の海賊情報を集め、船舶や当局に対して情報を随時提供しているNGOです。国際関係の問題で身動きがとりにくい国連の国際海事機関(IMO)と共同して海賊対策を行っており、事実上世界の海賊対策を主導している団体です。このIMBでは、国連海洋法条約とは別に海賊の定義を以下の様に定めています。



 海賊行為とは、盗難やその他の犯罪行為あるいは暴力を振るう目的で、船舶に乗り込む行為



 この定義では公海・領海の区別はなく、政治的・私的目的の区別もついていません。現実の海賊の定義としては妥当なものであり、世界の多くの保険会社でもこのIMBによる定義で海賊事件を取り扱っています。





ソマリアでの問題


 前述しましたが、ソマリアでは長年の無政府状態により自国の保全もままならず、2005年以降海賊が急増しました。度重なる海賊被害に対し、国連安保理は2008年から相次いでソマリア海賊対策の決議を採択し、国連安保理決議1816では、外国艦船がソマリア領内での海賊行為防止の為の「適当と思われるあらゆる手段」を認めています。これにより、国連海洋法条約における海賊定義とは別に、ソマリア領海でも他国の艦船が海賊行為が取り締まれるようになりました。


 しかしながら、これで問題が解決したわけではありません。IMBの海賊事件発生事件地図(リンク先参照)を見てみると、2009年2月までの世界の海賊事件の圧倒的多数がソマリア沖で起きていることが分かりますが、この地図をよく見てみると、海賊の多発地域はソマリア対岸のイエメン近海になっています。ソマリア海賊の特徴の一つに、沿岸から100海里を超える長距離で活動することが挙げられており、海賊を発見したとしてもイエメンへ逃げ込まれることが想定されます。ソマリアの周辺国家はソマリア内の各勢力に肩入れしているため、周辺各国への一時的な退避を防ぐと同時に各国への対応にも留意が必要でしょう。





 海賊の定義一つとっても、かなりの問題を孕んでいます。もっとも、藤田議員がそこまで考えて「定義発言」したとは文脈上思えませんが……





参考文献


産経新聞『ソマリア派遣、対応遅い民主 いまさら「海賊の定義」議論』2009年2月3日


土井全二郎『現代の海賊 ―ビジネス化する無法社会― 』成山堂書店


山田吉彦『海賊の掟』新潮社


山田吉彦『現代海賊事情』日本航海学会誌 「NAVIGATION」 2006年6月号


高橋史克『海賊に関する私的考察』日本防衛学会 「防衛学研究」第29号


秋元 一峰、C.L. ヴィヴァル『海上テロの脅威と海軍の役割(1)シーレーンに潜む黒い影』兵術同好会 / 波涛編集委員会 編 「波濤」173号