2016年10月25日火曜日

軍事技術研究とポケモンGO

防衛装備品への適用に繋がる技術研究について、防衛装備庁が大学や企業などの民間機関に研究費を出資する「安全保障技術研究推進制度」が昨年度に設立されました。このファンド制度を受けて、学会や大学が軍事技術研究とどう関わっていくのかについて、様々な議論が活発化しています。

科学者が戦争に加担した反省から軍事研究を禁じてきた日本学術会議が、方針を転換するかどうかの議論を続けている。武器輸出を進める政治側の動きを受け、防衛省が昨年、研究費の公募を始めたのがきっかけだ。7日の同会議総会では、「軍事と民生技術の線引きが難しい時代だからこそ、方針の堅持を求めたい」とする意見が相次いだ。


しかし、この問題の議論については、「軍事技術研究」という言葉だけが先行している感があります。そこで、防衛装備庁が手本としている制度の特色とその成果。そして我々の暮らしにそれがどう関わっているかを紹介し、ともすれば破壊を伴う技術とどう付き合っていくかについて考えていきたいと思います。



成果を求めない高リスク研究への投資

防衛装備庁が行っているファンド制度が、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)を手本にしていることは、様々な機会で関係者が発言しています。DARPAとはアメリカ国防総省傘下の機関で、アメリカ軍の技術的優位を確保することをその目的としています。

1957年にソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号打ち上げに成功すると、世界に大きな衝撃をもたらしました。この出来事はスプートニク・ショックと呼ばれ、アメリカの技術的優位が崩れたと深刻に受け止められました。対策に迫られたアイゼンハワー大統領は、これまで陸海空軍でバラバラだった宇宙空間・安全保障分野における技術開発指揮系統の集約化を行います。この結果、1958年に設立されたのが、航空宇宙局(NASA)と、DARPAの前身である高等研究計画局(ARPA)でした。

DARPAの特色として、DARPA自体は研究施設を有しておらず、職員もごくわずかしかいない点が挙げられます。DARPAでは公募により広く一般の研究機関から研究を集め、採用した研究に対し研究資金の出資を行い、職員はその研究をマネジメントしています。研究成果は一般公開されており、防衛装備庁のファンドもこれを踏襲しています。

災害救助ロボットを競う、DARPA主催競技会の様子。日本からも5チーム参加

近年は民間での研究開発予算の削減から、研究にも具体的成果が求められるようになっており、そのことが研究の大きな足かせになっている事が様々な研究者から指摘されています。しかし、DARPAは研究のポテンシャルを重視し、具体的な成果に結びつかないリスクの高い研究に対しても出資を行っています。インターネットの原型となったARPANETや、GPSといった今日の暮らしに欠かせない技術も、DARPA(その前身のARPA含む)の出資によって生み出されています。



「インターネットは軍事技術発祥」という誤解

インターネットの誕生にDARPAの資金が関わっていたことで、インターネットは軍事技術なのか、と思われる方もいらっしゃると思います。また、「インターネットは軍事技術発祥」という言説をご存知の方も多いでしょう。ところが、日本の「インターネットの父」と言われる村井純慶應義塾大学教授は、そのような見方を否定しています。

インターネットの誤った伝説のひとつは、ARPANETは軍事用に開発され、それが民間に転用されたというものだ。これは、ARPAが研究資金を出していたことから憶測された誤解である。

パケット交換方式でデジタル情報を伝搬する技術は、障害に強いネットワークの基礎になるので、そういう意味では軍の目的にもかなっているのだが、ARPAのファンドの基本方針は、軍事目的に直結している研究をやれとは言わないことだ。そういう研究は国防総省がやればよいという考え方である。

(中略)技術トレンドからはずれたとんでもないアイデアだけれど、何か大化けするかもしれないという研究は、ARPAの守備範囲になる。そういうものにファンドしておけば、結局は軍のためになるだろうという考え方はあるだろう。しかし、それが直接の目的ではない。



DARPAの出資する研究には、軍事的な色彩が薄く、かつ海の物とも山の物ともつかないようなものも守備範囲としています。ただ出資者が軍の機関というだけで、軍事目的の研究だと言うのは飛躍であるということです。そして今日、インターネット以外にも我々の生活の身近に密接に関わってくる、軍事とまるで関係なさそうなものにも、軍関係の資金が関係しています。



Googleマップ・ポケモンGOはCIAの出資で生まれた?

米中央情報局(CIA)のベンチャーキャピタル部門であるIn-Q-Telは、DARPAよりずっと後の1999年に設立されたものの、既に我々の生活にも密接に関わっているイノベーションに携わっています。In-Q-Telは、アメリカのインテリジェンス・コミュニティ(国家の情報機関の情報を一元化する機関)のミッションに優位性を与える将来性のある民生技術に焦点を当てた投資を行っており、その著名な成果の一つがGoogleアースやGoogleマップの原型となった技術です。

今やスマートフォンにとって、地図情報サービスは欠かせないものとなっていますが、Googleマップは地図情報サービスの中でも草分け的で、現在でも圧倒的な存在感があります。これらの基盤となっている技術は、元は2004年にGoogleに買収されたKeyhole社が開発したものでした。このKeyholeはIn-Q-Telから出資を受けており、創業者のジョン・ハンケ氏は以後もIn-Q-Telやその関係者と深い関わりを持っていると言われています。

Googleに買収された後、ハンケ氏はGoogleでGoogleアースやGoogleマップといった地理情報サービス担当副社長となり、2011年にGoogleの社内スタートアップとしてNiantic Labsを設立。そして2015年にはNiantic, Inc.(ナイアンティック社)としてGoogleから独立します。このナイアンティックは、後にポケモンGOを開発します。

ナイアンティック創業者・CEO ジョン・ハンケ氏(Gage Skidmore撮影)
ポケモンGOは、実際の地図情報やカメラによる拡張現実(AR)を取り入れたゲームですが、この地図情報の基盤はGoogle Mapを利用しているとされます。また、元In-Q-Tel職員で、在籍中にKeyholeへの出資を行ったギルマン・ルイ氏はナイアンティックにも出資を行い、ナイアンティックの取締役に就いているなど、現在でもIn-Q-Telの人脈が生きています。このように、一つの技術をキッカケとして、オンライン地図からゲームに至るまで、様々なイノベーションを引き起こしている事が分かります。

さて、ここで私が「ポケモンGOは軍事技術」と書いたら、多くの方は「何言ってんだコイツ」と思われるでしょう。実際、ポケモンGOと軍事技術に直接的な繋がりはありません。ポケモンGOの基盤となる技術はネット上の地図情報サービスであり、この研究にCIA関連機関が出資していたというだけです。情報機関に役立つけど、それ以上に民間にも大きなメリットをもたらした技術です。金の出処が情報機関関係、というだけでその研究を軍事研究だと色分けすることは、あまり賢い判断ではないでしょう。

技術が相互に関連し、コア技術を中核として様々な派生技術が生まれている現在、基礎的な技術自体に軍用か民生かという色分けは出来ません。技術の出自を問うよりも、技術が倫理的に正しく使われているかから判断する方が現実的ではないでしょうか。

【関連】



安全保障入門 (星海社新書)
石動 竜仁
講談社
売り上げランキング: 57,717


0 件のコメント:

コメントを投稿