2013年4月26日金曜日

自衛隊における戦闘車両用ガスタービン研究

先日、自衛隊の車両用ガスタービンエンジン研究について呟いたところ、好評でしたのでブログ記事で詳しくまとめてみたいと思います。



「戦車用ガスタービンを考えるのは、頭がどうかしている人」

1955年、日本航空工業会(現・日本航空宇宙工業会)の招きにより、マサチューセッツ工科大学(MIT)ガスタービン研究所のE.S.テイラー教授が来日し、ジェットエンジンについての講演を行いました。この時の講演内容は、「ガスタービンおよびジェットエンジン」と題されて出版され、その巻末には質疑応答も収録されており、その中にこんなやり取りがあります。

質問:戦車用ガスタービンの米国における研究状況をお話し願いたい。
解答:見込みのない話である。――中略――戦車用ガスタービンを考えるのは、          頭がどうかしている人ではないかと思う

なんともまあ、辛辣な内容ですが、MITのガスタービンの権威が「頭がどうかしている」というほど、ガスタービンの戦闘車両への適用には問題が多かったのです。

ガスタービンの歴史を紐解くと、主機として搭載されるようになったのは、まずは航空機からで、次いで船舶と実用化され、現在ではそれぞれの分野で主要な位置を占める機関になりました。 しかし、車両用ガスタービンは現在も普及しておらず、自動車はレシプロかディーゼルエンジンが主流です。

戦闘車両も同様で、ガスタービンを搭載した戦闘車両で量産にこぎつけたのは、スウェーデンのStrv.103、ソ連のT-80、アメリカのM1エイブラムスですが、 Strv.103は通常はディーゼル機関で動き、ガスタービンは緊急時の出力増強用で、T-80はガスタービンのトラブルの多さからディーゼル機関搭載型 も製造され、M1もディーゼルに換装するという話はちょくちょく出てきており、技術的課題の大きさが窺われます。

戦闘車両でガスタービンが普及していないのは、比較的小出力の陸上車両には燃費効率向上に熱交換器が必要になることや、ガスタービンは燃焼に清浄な空気が求められる事が挙げられます。特に熱交換器は、M1戦車に搭載されているAGT1500の場合、エンジン容積の35%を占め、熱交換器によって小型が特徴のガスタービンの利点を損なわれていることが分かります。
 
それでも戦闘車両へのガスタービン搭載への試みが行われているのは、本来的には小型高出力であることや、騒音・振動の少なさ、使える燃料の種類が多い(ただし、これは最近のディーゼルでもできます) などの様々な利点があるからです。



自衛隊における研究


さて、我が国における戦闘車両ガスタービンの研究開発は、防衛庁技術研究本部第4研究所(現・陸上装備研究所)にて行われてきました。1969年には、川崎重工業(1967年にT53のライセンス生産権を取得)の協力を受け、M4A3戦車にUH-1ヘリ用のT53型ガスタービンエンジンを搭載した研究車両が作られました。M4シャーマンは派生車両がとにかく多い戦車ですが、ガスタービンエンジン搭載車両は世界的にも珍しいかもしれません。

この研究車両による試験の結果、熱交換器の耐久性向上が課題とされました。ガスタービンに求められる清浄な空気については、エアフィルターの有効性が確認され、その後の車両用ガスタービン研究の基礎的なデータが得られました。
これらの基礎的なデータ取得の後、1973年から1997年もの長期間に渡って車両用ガスタービンの研究が行われ、その間に製作された装軌実験車(MRV)では、アクティブ・サスペンションなどの新技術の実験車両として製作されましたが、ガスタービンエンジンも搭載されて試験が行われました。


装軌実験車(MRV) 技術研究本部50年史より


このように自衛隊でも長い間研究されている車両用ガスタービンですが、まだ装備化されたものはありません。先日の「10式戦車の試作車と量産車の違い、及び装甲カバーの中身について(後編)」で少々触れましたが、10式戦車には補助動力装置(APU)として単気筒ディーゼルが搭載されております。10式の開発時、APUにマイクロガスタービンが搭載されるのではないか? という憶測もありましたが、最終的にはディーゼルエンジンに落ち着いたようです。

ですが、自衛隊で今後ガスタービン搭載車両が出てくる可能性はまだ十二分にあると考えられます。近年、研究が活発に行われている電気駆動型戦闘車両では、電力源としてガスタービンは有力な選択肢だからです。

駆動にガスタービンの軸出力を用いる場合、ガスタービンは絶えず負荷の変動に晒され効率が低下します。しかし、電気駆動の場合は、ガスタービンは負荷変動の少ない発電機と直結できれば、小型化と高効率が期待できます。

研究が開始された60年代と変わって、今は日本のガスタービン技術も高度なものとなり、T53のライセンス生産から始まった川崎重工業のガスタービン製造も、自社で産業用から航空機用まで設計できるまでになりました。自衛隊の戦闘車両にもガスタービン搭載車が出るのも、遠い未来のことではなさそうです。

以上

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