2014年5月29日木曜日

イギリス軍事博物館巡りの旅 コスフォード王室空軍博物館(ウォープレーン館編)

前回のテストフライト館からの続き。
今回はウォープレーン館です。実際に戦争で戦った航空機を中心に展示されているスペースです。


テストフライト館の奥からそのままウォープレーン館に抜けると……

ロケット特攻機桜花


うわー……

いきなり日本機と出くわしますが、よりにもよってロケット特攻機"桜花"です。連合国に"BAKA"なんてコードネーム付けられてしまった機体です。


桜花 ロケット噴射口

桜花 後方から

桜花 後方からコックピット

ロケット特攻機とは言いますが、桜花単体での離陸は出来ず、母機の一式陸上攻撃機に搭載され、目標艦船の付近で切り離されます。問題は母機の一式陸攻が発射点に到達する前に、敵直掩機の攻撃を受けて撃墜される事が多々あり、特攻した桜花パイロットの戦死者より、母機の一式陸攻乗員の方が多く亡くなっています。その為、後にジェット化して飛行距離を延伸した型や陸上からカタパルトで発射するも型が計画されています。

他の特攻機と違うのは、特攻専用機として開発・実戦投入された唯一の機体である事も、この機体の異色さを際立たせています。

桜花の前で複雑な顔してたら、通りかかったイギリス人に慰められました……


でも、そんな桜花の隣には傑作機があります。

一〇〇式司令部偵察機

百式司偵こと、日本陸軍の一〇〇式司令部偵察機です。高速性を追求した流線型のデザインは、日本機の中でも優美な印象を与えます。


百式司偵 後方から

本機は司令部偵察(戦略偵察)機という新しいカテゴリの偵察機として開発された九七式司令部偵察機の後継機で、高速性を活かした戦略偵察から、物資輸送、防空戦闘機としても活躍しました。


百式司偵 後方から 偵察窓が大きく取られている

設計と製造は三菱重工業で、偵察機としては異例の1,000機以上も生産されました。高速偵察機を持っていなかった日本海軍でも、本機は使われています。

また、実機前に置いてある説明板に、「ドイツは日本から製造権を取得しようとしたが、不成功に終わった」と書いてあるんですが、それは本当なんでしょうか。


桜花と百式司偵

桜花と百式司偵はウォープレーン館入ってすぐの所に並んでいます。

この他にももう1機、ウォープレーン館には日本機があります。


五式戦闘機

大戦末期に登場した、日本陸軍の五式戦闘機です。他の日本機より少し離れた、アブロ・リンカーンの後ろに展示されています。

三式戦闘機"飛燕"は液冷エンジン供給の問題で、メーカーの川崎航空機の工場に半完成品(エンジンが無い「首なし」機体)に溢れていました。その三式戦の半完成品に空冷の金星エンジンを搭載したのが本機です。

終戦間際に登場したため、連合国からはコードネームを付けられておらず、日本陸軍内でも"隼"や"飛燕"のような愛称は付けられていません。


五式戦闘機 拡大
五式戦闘機

ある意味急造の戦闘機ですが、まっとうに動く1,500馬力級戦闘機という事もあり、部隊やパイロットからの評価は高いもので、人気の高い機体です。

もっとも、五式戦闘機がもっとあっても、すぐに連合軍のもっと強力な新鋭機がゴマンと来るんですが……。

続いては、ドイツの機体を見てみましょう。

FW190A

ドイツの空冷戦闘機、FW190Aです。

大戦中の空冷戦闘機の成功例として知られています。先の五式戦闘機も空冷化にあたり、輸入されたFW190A-5の設計が参考にされています。




ドイツが開発した世界初にして唯一の実用ロケット戦闘機、Me163コメートです。

日本にも設計資料が伝わり、"秋水"として開発されています。


Me163

機首発電機部

機首にプロペラが付いていて、この写真をアップした時に江藤巌先生から、こんな小さなプロペラで飛んでいる、と冗談を言われましたが、正確にはこれは発電のためのプロペラです。

Me163のデータを元に日本で開発された秋水はバッテリーを搭載しているのでプロペラが無いなど、Me163と秋水にはいくつか違いがある点も面白いです。


Me410A-1-U2 
ドイツの双発戦闘機、Me410A-1U2です。

長距離を飛行できて、搭載量も多いと一見魅力的な双発戦闘機。第二次大戦前から世界各国で研究されていましたが、どれもあまりパッとしませんでした。


Me410 別角度から

本機も微妙な位置にあり、連合軍の爆撃機に対する迎撃機(爆撃機駆逐機)として当初は運用されましたが、敵爆撃機が護衛戦闘機を伴っていた場合、迎撃する本機を守る為に単発戦闘機が必要になるなど本末転倒な事態となり、早々に昼間迎撃任務を解かれ、偵察任務等に回されることになりました。

Me410 内部

本機はちょっと過大評価されてないかい? と個人的に思う事ありまして、例えばセガ・サターンの傑作シミュレーション「ADVANCED WORLD WAR 千年帝国」では、強力な対地攻撃力とP-51にも負けない対空能力値が与えられていたと記憶していますが、ちょっとそれは無理があるんじゃないかなあ……と思っています。

続いては珍しい機体です。


Fa330 バッハシュテルツェ
なんと表現したら良いのか、回転翼機とも回転翼凧ともジャイログライダーとも言われていますが……。ドイツの潜水艦で運用された、Fa330バッハシュテルツェです。

無動力の機体を潜水艦で曳航し、風を受けて翼が回転することで揚力を発生させる仕組みの航空機です。潜水艦の偵察能力を拡張するために開発されましたが、連合軍の制空権下で飛行させるのは危険であり、限られた地域での運用に限定されたため、目立った成果は挙げられていません。

珍しい機体なのですが、実機は結構残っていて、コスフォードの他にも様々な所で展示されています。置くだけならコストもかからないので(なにせ維持に手間がかかるエンジンが無い)、引き取り手も多かったんでしょうか。

微妙なドイツ機が続きましたが、次はなかなかの傑作機です。


Fi156 シュトルヒ
多目的に使われた連絡機、Fi156シュトルヒです。

本機は優れた短距離離着陸性能を持ち、連絡から偵察、要人輸送等様々な場面で活躍しました。

本機の活躍で最も著名なのは、幽閉されたイタリア首相ムッソリーニを救出したグラン・サッソ襲撃です。襲撃部隊を幽閉先のホテルがある山頂まで運び、帰路はムッソリーニを乗せて、僅か75メートルの滑走で離陸しています。

なお、艦隊これくしょんにも出てくる三式指揮連絡機は、シュトルヒ(ライセンス生産予定)との競争試作として開発された機体です。


さて、続いてはメイン(?)の英国機です。


アブロ リンカーン爆撃機
アブロ リンカーン爆撃機です。

第二次大戦中にランカスター爆撃機の後継として開発されましたが、完成は大戦には間に合いませんでした。

大戦後期の重爆撃機ということもあり、その巨大さは他の航空機を圧倒します。


リンカーンと五式戦闘機

その大きさたるや、リンカーンの翼の下に五式戦闘機が置いてあるくらいです。

リンカーン 機首

大戦に間に合わなかった本機ですが、マレーシアで発生したマラヤ危機等の旧植民地での軍事作戦に投入されています。


巨大なリンカーンにつづいては小さな機体です。

フォーランド ナットF1

イギリスのジェット戦闘機・練習機、フォーランド ナットF1です。

低コストな戦闘機を目指して作られた本機は、小型軽量にまとまっていますが、その為に航続距離や搭載量が不足し、イギリス空軍に戦闘機として採用される事はありませんでしたが、後に練習機型が採用される事になります。

戦闘機としてはインド空軍が採用し、印パ戦争ではパキスタン軍のF-86を撃墜するなど、戦果を挙げています。

ナットと人間

特筆すべきはその小型さで、上の写真を見ればその小ささが分かると思います。リンカーンと較べてみると、裏の五式戦闘機よりも小さいと分かると思います。展示物中、ナットより小さいのは桜花くらいではないでしょうか(Fa330は凧なので除外)。


デ・ハビランド モスキート

続いては木造機で知られる双発攻撃機、デ・ハビランド モスキートです。

本機は木造である事に加え、その高速性や実績で高い評価でも知られる機体です。


モスキート 前から

攻撃機以外にも、偵察機や夜間戦闘機としても使用され、第二次大戦における傑作攻撃機として知られています。

もっとも、木造である事が仇となり、高温多湿のアジアでは劣化に悩まされますが……。また、機体寿命そのものも短く、飛行可能な機体もあまり残っていないような……。


デ・ハビランド ヴェノム


傑作機の反動で一気に英国面が進むの巻。

デ・ハビランドのジェット戦闘機、ヴェノムです。ジェット戦闘機黎明期の作だけに、多分にレシプロ機の面影を引きずっております。

元々はバンパイアの能力向上型として開発されていましたが、再設計部分が多数あったため、バンパイアとは別の機体という扱いになりました。なお、元となったバンパイアは自衛隊でも研究用に1機購入され、現在も航空自衛隊の浜松広報館で見る事ができます。


ヴェノム 正面から

ヴェノムは前身のバンパイアと共に、世界各国で戦闘機として採用されており、イギリス海軍でも艦載型のシーヴェノムが開発されています。

ホントは上から見た写真があると良いんですが、狭い所に置かれているので全体像を抑えた写真が撮れなかったのが残念です。

続いては、戦間期の機体でマイナーではあるものの、重要な機体です。


ホーカー ハインド
戦間期の軽爆撃機、ホーカー ハインドです。

原型となったホーカー ハートは、1928年に初飛行した軽爆撃機で、当時の戦闘機よりも高速な為に大量生産され、派生型は各国空軍で使用されました。

ハインドはハートの後期の仕様で、イギリス空軍最後の複葉軽爆撃機でした。


ハインド 爆弾架

翼の下を見ると、爆弾架が多数設置されてますが、大戦機と比べると華奢で小さく感じます。


次は開発したのはアメリカですが、イギリスやカナダでも多数使われた航空機です。


PBY カタリナ

アメリカのコンソリデーテッドの飛行艇、PBY カタリナです。

日本の二式飛行艇のような四発飛行艇を見ていると小さく見えますが、戦後も長く消防機等で活躍した機体です。太平洋戦争が始まる頃には、後継機としてマーチン PBM飛行艇が生産開始されていましたが、戦時中にPBMが取って代わる事はありませんでした。


カタリナ 左から

優美な二式飛行艇と異なり、小型故の精悍さがあり、なかなか好きな機体です。

カタリナを製造していたメーカーの1つであるカナディア社は、現在はボンバルディアとして続いており、消防用飛行艇の製造販売を行っています。


スピットファイア
ハリケーン

説明不要ですね。第二次大戦を代表する英国機、スピットファイアとハリケーンです。両機は英国内の色々な博物館で見ることができます。


続いてその他の国の機体です。

FMA IA58 プカラ

アルゼンチンが60年代に開発した軽攻撃機、FMA IA 58 プカラです。

対ゲリラ戦等の非正規戦での運用が想定された、いわゆるCOIN機で、この機体はフォークランド紛争の際にイギリス軍が鹵獲したものです。

ゲリラ相手の非正規戦では低速なターボプロップ機は使い出がありますが、フォークランド紛争では地対空ミサイルで武装したイギリス陸軍に有効な攻撃が出来ず、本機の戦果はヘリ1機撃墜に留まっています。

機体の状態は良く、コスフォードでも損傷した機体を見る事ができました。敵機でも物持ちが良いイギリスです。

プカラ 左手から

先進国の軍隊を相手にするには荷が重いCOIN機ですが、安価な事から途上国では一定の需要があります。もっとも、最近はこの手の航空機もジェット化が進んでいます。

微妙な航空機ではあるものの、優美なデザインで私は好きです。


P-51 ムスタング

色んなとこで見ることが出来ますね。アメリカのノースアメリカン P-51ムスタングです。

設計はアメリカですが、エンジンはイギリスのロールスロイス マーリンを搭載しています。マーリンエンジンとセットで、イギリスのあちこちで見れました。


ロールスロイス マーリン

こう、目立つとこにドヤっと置いてあるのが如何にもイギリスです。

さて、ウォープレーン館も目ぼしいものは紹介できたと思います。次は冷戦館です。

つづく



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