11月に行われた防衛技術シンポジウムのレポートが遅れ申し訳ありません。
現場で展示されていた資料が後日、防衛省技術研究本部のホームページにて配布されると伺っていたため、資料入手してから再構成すればいいっか、と思って伸ばし伸ばしにしていたら、もう年末になってしまいました。幸い、先日技術研究本部のページで資料が公開された為、現場で伺ったことや撮影した写真、公開された資料の内容も合わせてレポートしたく思います。
紹介のその前に
さて、今回「次世代近接戦闘情報共有システム」を紹介するにあたり、一度おさらいを行いたいと思います。
前回の記事「携帯電話と自衛隊無線機の違いについて」で基地局の有無が無線機と携帯電話の違いであることを説明いたしました。インフラに頼らない無線というのは、確かに有事を想定する自衛隊では重要なのですが、無線機単体ではどうしても通信距離が短くなってしまいます。
また、通信距離の問題の他にも障害物の問題もあります。皆さんもビルの奥や地下室に入ったら携帯電話が圏外になって使えなくなったことがあると思います。これは電波が障害物により減衰したり反射することで受信が困難になる為ですが、これと同じ現象が自衛隊の無線機でも発生致します。
では、上で挙げた通信距離の問題、障害物の問題を解決するにはどうしたら良いでしょうか?
最も簡単な答えは、基地局を作って中継させることです。
「携帯電話と自衛隊無線機の違いについて」を読まれた方はこの答えに対してツッコミたくなると思います。基地局の費用、基地局の圏外の問題、基地局が使えなくなった際の問題等、様々な点でご指摘があると思います。ですが、ここでいう基地局は建設するものではありません。誤解を恐れずに言うと、人間自体が基地局になるのです。技術研究本部ではそのようなコンセプトで「次世代近接戦闘情報共有システム」の研究を行っています。
無線機のウェアラブル化
「次世代近接戦闘情報共有システム」ですが、システムではなく無線機単体としては、ウェアラブル無線機と呼ばれています。つまり「身につける無線機」です。
防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」より引用
従来の「ゴツイ携帯電話」の様な形状から、上の画像の様な小さい箱型形状になりました。この小型化により、無線機を体に装着することが可能になりました(まあ、従来もやろうと思えばできますけど……)。この無線機単体では使用できませんので、下の写真の様にヘッドセット等の音声入出力装置、ヘルメットや戦闘服に取り付けるアンテナを装着することで無線機として使用することになります。
従来の無線機のように「携帯する」のではなく、無線機やアンテナを体に装着する、つまりは「身につける」ことで隊員の行動に制約をかけることなく無線通信ができます。
では、このような無線機のウェアラブル化がどうやって「通信距離の問題、障害物の問題」を解決するのでしょうか。
隊員自身がネットワークの一部になるアドホックネットワーク
ちょっと話を変えましょう。近年、PSPやニンテンドーDSの携帯ゲーム機を無線LANで接続して多人数プレイする人を街中で多く見かけるようになりました。これで使われている技術はアドホックネットワークと呼ばれるもので、ネットワークの中心となるサーバーやインフラを介さずに端末だけでその場限りの無線ネットワークを構築することができます。「通信距離の問題、障害物の問題」を解決する鍵がここにあります。
無線機のウェアラブル化により、隊員自身に無線機を装着することで言わば隊員そのものが無線端末となります。ここで隊員同士がアドホックネットワークを構築することにより、問題の解決が可能です。
例えば、2つの無線機間の距離が離れすぎて通信ができない場合でも、以下の図のようにアドホックネットワークを構築していれば、間に別の無線機(隊員)を中継させることで通信距離の延長を図ることができます。先程述べましたように「基地局を作って中継する」ことを無線機を基地局代わりにして中継することで実現します。
また、隊員同士でネットワーク化されている為、下の資料の様に隊員を中継することで、電波が障害物に邪魔されて届かない隊員も通信が可能となります。
担当者の方に伺ったところ、この様なアドホックネットワークを実現する為にウェアラブル無線機には自動的に最適なネットワークルーティング(ネットワークの経路と思ってください)を選択し、隊員の移動等でネットワークが一部欠けてもすぐにネットワークを再構築するプロトコルが実装されているとのことです。隊員は操作することなく、装着しているだけで自動的にネットワークが構築されるのです。
このようなウェアラブル無線機やアドホックネットワークを実現した技術要素として、ソフトウェア無線技術があります。昨年の防衛技術シンポジウムレポートで紹介致しました「将来統合無線機」の技術の延長線上にあるものです。
防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」より引用
上図の様に、最初は無線機能のソフトウェア化から研究を始め、共通アーキテクチャの適用を経て、将来統合無線機という形で車載向け等で実用的な研究に供される形になり、更に小型化が進んで隊員に装着できるまでになりました。ウェアラブル無線機は将来統合無線機と同じように、データや映像の送信も可能であり、映像の共有を隊員間で行う実験等も行われております。無線機やアンテナ、更にはカメラ等も含めて「次世代近接戦闘情報共有システム」が構成されることになります。
戦闘に限らず、組織の成功の如何は、情報の伝達や共有のスピードや効率に由る所が大きいです。このような研究が装備化に繋がることで、自衛隊の能力向上に貢献することになるでしょう。
参考資料
防衛省技術研究本部 「ウェアラブル無線機の研究 ~携帯型ソフトウェア無線機の実現について~」
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