2015年1月16日金曜日

日本の防衛費過去最高を記録。近隣国と比較してみよう

14日に来年度予算が閣議決定されましたが、防衛費は3年連続の増額で過去最高となる4兆9801億円になりました。

これについて、中国政府の報道官が釘を差した事が報道されています。

安倍内閣が14日、閣議決定した来年度予算案で、防衛費は4兆9801億円で過去最高となりました。これについて、中国外務省の洪磊報道官は14日の記者会見で次のように述べ、日本政府をけん制しました。

「日本の軍事や安全保障分野における政策は、ずっとアジア諸国と国際社会が注視している。それは日本が平和発展の道を歩むかどうかの指標だからだ」(中国外務省 洪磊報道官)

出典:中国外務省、日本の防衛費拡大をけん制

最近の日中関係改善の動きを受けてか、好意的ではないものの、日本の軍事・安全保障政策を注視するという抑え気味のトーンです。過去に日本の防衛政策を批判する際はもっと刺激的でした。2013年度の防衛白書が公開された際の中国国防部報道官の発言を見てみましょう。

耿報道官はさらに、「日本は数年来、さまざまなことを口実に軍備を拡充して戦力を増強し、他国との合同軍事演習を頻繁に実施している。また、日本の指導者はたびたび無責任な発言をして、第2次大戦時の侵略の歴史を覆そうと企図しているが、こういった動向はアジアの隣国や国際社会に強い憂慮と警戒を引き起こさざるを得ない」と指摘。日本側に、侵略の歴史を反省して平和的な発展への道を歩み、実際の行動でアジアの隣国の信頼を得るように促した。

出典:中国国防部、日本の防衛白書に「強い不満と断固たる反対」を表明―中国

ここで報道官は日本が軍備を拡充していると主張していました。同様の発言は中国政府関係者や中国メディアから時折聞こえてきます。軍拡にはそれなりのお金が必要となりますが、現実に中国が言うような軍拡を日本はしていたのでしょうか? それを確かめる為、ここ最近の日本の防衛費の推移を、近隣の中国、韓国と比較して見て行きましょう。



単純な比較が難しい防衛関連費

各国の防衛費を比較する前に、各国の防衛費の考え方について注意しなければなりません。一言で防衛費と言っても、その単純な比較は難しいのです。と言うのも、各国の安全保障に対する考え方や組織の違いから、公表されている防衛費の内容は国によって大きく異なっているのです。

例えば、戦前の日本では現在の海上保安庁に相当する組織が無く、海軍が領海警備や治安活動を行っていました。現在のイギリスでも領海警備は海軍が行っておりますが(英沿岸警備隊は救助専門)、日本やアメリカ、中国、韓国等では海上保安庁、沿岸警備隊に相当する組織が領海警備を担っています。領海警備も海軍で行っているイギリスと厳密に防衛費を比較するなら、日本は海上保安庁の予算も防衛関連費として計算しなければ現実に即していないかもしれません。

そして、中国は他国と大きく異なり、防衛費がかなり特殊で分かりづらい組まれ方をしています。中国では公表される国防費の内訳に、装備の生産・購入費、研究開発費、準軍事組織である人民武装警察の費用等が含まれておらず、実質的な防衛費は公表値の2倍から3倍あると見られています。下の図のように、公表される国防費とは別枠で、軍事・防衛に関する様々な経費が組まれています。

中国国防費の概念図

このように、各国で公表される防衛費を一概に比較しただけでは、実態が見えてこないのです。



日米中韓の防衛費比較

ここまでで各国の国防費の比較が難しい事がご理解頂けたと思います。この記事では比較に使う国防費については政府公表値を用いず、国際的に評価の高いストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のSIPRI 軍事支出データベースを基にして、説明したいと思います。

まず、日米中韓の防衛費について、SIPRIが公開している2000年から2013年までの推移を見てみましょう。比較の為、全てドルに換算した額で表しています。

日米中韓の防衛費の推移

アメリカの圧倒的な防衛費が他を引き離していますが、中国も日韓を引き離している事が分かります。アメリカが全世界に戦力が展開しているのに対し、中国はほぼ極東地域に戦力を配置されていると考えると、日本周辺に投入可能な米中の戦力差は、金額ベースの差よりも縮まると思われます。

先のグラフでは防衛費の金額の推移を表していましたが、防衛費の変化を分かりやすくするため、2000年時点の各国の防衛費を100として、2013年までの変化をグラフ化してみましょう。


2000年を100とした、日米中韓の防衛費の推移

このグラフでは中国が飛躍的な伸びを見せており、防衛費は2000年から2013年までで8倍以上に増加しています。

また、中国の飛躍的伸びに隠れていますが、韓国の防衛費増加のペースも大きなものです。2000年比で約2.5倍にまで増加しており、額ベースでも日本の約7割と、日本と肩を並べる規模と言ってもいいでしょう。

他方、日本は2000年以降概ね横ばいです。2014年と2015年のデータはSIPRIの調査に反映されていませんが、ここ3年の日本の防衛予算の伸びは円安が進行している為、SIPRIのドル換算データ上は横ばいか減少になるかもしれません。

アメリカは2001年の同時多発テロ以降、対テロ戦争で防衛費は2倍以上に増えましたが、近年は米軍のイラク撤退もあり減少傾向です。今後、イスラム国関連で動きがあれば、また増額に転じるかもしれません。



身を切っての軍拡(?)の日本

ここまでで2000年以降の日本の防衛費が横ばいなのに対して、中国の防衛費が8倍以上伸びている点をご理解いただけたと思います。予算も増えずに軍拡はまず無理だという事は説明不要でしょう。

しかしながら、中国メディアが伝えている「日本の軍拡」では、全通甲板を備えた護衛艦「いずも」や、水陸両用車を配備した水陸両用団の創設等を実例として挙げています。ところが、それらの新装備や新部隊の導入前後に、自衛官の大幅な削減や、戦車や火砲等の正面装備が大幅な削減を受けている事を触れていないか無視しているものばかりです。ここ10数年の自衛隊の変化は、中国が主張するような「軍拡」ではなく、任務の変化に伴う「再編」と言うべきものでしょう。

近隣国の軍拡に際しては、様々な手段でバランスを取る事が平和の達成に重要になります。防衛費を見れば、極東地域で相対的に日本の軍事力が低下しているのは明らかなのですから、「日本の軍事力強化」とされるものが再編に過ぎず、むしろ各国との協調を重要視している事をもっと国際的に強調しても良いのではないでしょうか。



【関連書籍】

茅原郁生「中国軍事大国の原点―鄧小平軍事改革の研究」

先に引用した中国国防費の構造等の基礎的なデータも豊富ですが、中国が現在の軍事大国となる原点を80年代の鄧小平による軍改革に求め、その改革と残された課題が主要テーマとなっております。軍組織・制度に多くを割かれており、分からない事があったらまず頼ります。


竹田純一「人民解放軍―党と国家戦略を支える230万人の実力」

巨大な組織である人民解放軍を知るための、最もコンパクトにまとまった本だと思います。軍の組織から政治との関係、陸海空軍と宇宙開発、兵器輸出と幅広いテーマに対応。現在の人民解放軍を知るのに良いと思いますが、出てから7年経ちますので、そろそろ続刊が欲しいところ。


浅野亮、山内敏秀「中国の海上権力 海軍・商船隊・造船~その戦略と発展状況」

中国絡みの海上紛争で話題に上るのは、中国海軍と中国海警、そして中国の民間船舶と実に多くのアクターが存在します。この本では、中国海軍に留まらず、商船隊や造船能力と言った、中国の海のパワーについて論じております。


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