2013年5月8日水曜日

潜水艦用高張力鋼 NS鋼について(前編)

ここ数年、潜水艦に関する話題がちょくちょくと増えていますね。

海自の潜水艦技術、豪へ提供検討 連携強化狙い防衛省【朝日新聞】(2013年1月27日)

【其山史晃】防衛省が海上自衛隊の潜水艦の技術を、オーストラリア海軍の新型潜水艦開発に提供することを検討していることが分かった。潜水艦の技術は極めて秘密性が高く、中国海軍の動向を念頭にアジア太平洋の友好国との連携を強めるねらいがあるとみられる。
中国海洋進出に抑止力、豪が潜水艦12隻建造へ【読売新聞】(2013年5月3日) 

【ジャカルタ=梁田真樹子】  オーストラリア政府は3日、「国防白書」を発表した。太平洋海域で米中の角逐が深まる中、中国の挑発行為などに対する抑止力を高めるため、新型または改良型の潜水艦12隻の建造を目指す方針を示した。
海自潜水艦 20隻以上に【読売新聞】(2010年10月22日)

防衛省は21日、16隻体制で運用している海上自衛隊の潜水艦を20隻以上に増やす方針を固めた。

上記のニュースのように、海自の潜水艦増勢だけでなく、オーストラリアの潜水艦増勢と、次期潜水艦として日本の潜水艦技術が供与されるだの、輸出されるだの様々な報道がなされている昨今です。

しかし、オーストラリアは何故日本の潜水艦技術に注目するのでしょうか?

オーストラリアは以前、スウェーデンの技術協力を得て、コリンズ級潜水艦を建造しましたが、コリンズ級は技術的な問題が多発したために、協力先としてのスウェーデンを避けたいのかもしれません。通常動力潜水艦の建造技術を持つ国は世界でも限られ(アメリカはもう作ってません)、スウェーデンがダメなら、旧西側諸国が頼れる潜水艦輸出国は現状、ドイツくらいになってしまいます。今まで輸出実績が無く、政治的に困難が予想される日本の名前を出したのは、ドイツと天秤にかけるフリをして、交渉を優位に進めたい腹じゃないかと疑いたくなりますが、真相は伝えられる報道からは分かりません。

潜水艦は秘密の部分が多く、巷に伝わる情報は他の兵器と比べ少ないものです。オーストラリアも、コリンズ級の二の轍を踏まないように、少しでも情報が欲しいのが本音じゃないでしょうか。

しかし、潜水艦の主要構成品のうち、かなり性能情報が明かされているものが一つあります。それは、船体を構成する鋼材です。日本の潜水艦は、鋼材の性能だけ見るならば世界トップクラスにあります。

今回は、海上自衛隊の潜水艦で使われている超高張力鋼、NS鋼を紹介してみたいと思います。




艦船と鋼と溶接

艦船と鋼の関係を考える上で、鋼をどう繋ぎ合わせて船体を作るかは重要な問題です。艦船と比べ小型な戦車では鋳造で構成品を作ることも可能ですが、艦船ではリベットか溶接によって、鋼材同士を繋ぎ合わせる必要があります。

第一次世界大戦頃になると、アーク溶接が艦船の建造・修理に使われるようになり、大戦後の1929年に建造されたドイッチェラント級装甲艦では、船体が全面溶接構造となり、従来工法と比べ排水量1万トンに対し500トンの重量軽減を達成し、巡洋艦級の船体に戦艦級の武装を施すことを可能としました。


ドイッチェラント級装甲艦

ドイッチェラント級の重量軽減に貢献したのは溶接技術の進歩だけでなく、溶接に適した鋼材の開発も重要でした(ディーゼル機関採用については割愛)。ドイツ海軍は第二次世界大戦でも、潜水艦を全電気溶接で大量に建造するなど、高い溶接技術を艦船建造に生かしました。

第二次世界大戦でのドイツ潜水艦に使われていた高張力鋼のSt-52は、戦争中の1943年に日本にも技術が伝わり、八幡製鐵所で試作が試みられましたが、戦争中に完成することはありませんでした。しかし、St-52は戦後の護衛艦建造にも使われるようになり、後のNS鋼などの艦船用高張力鋼の礎になりました。



潜水艦に求められる高張力鋼の特性


さて、潜水艦に使われる高張力鋼に求められるものとは何でしょうか? 防衛省の「先進鋼技術の研究」の政策評価書を見ると、求められる特性が書かれております。

  • 非常に高い水圧が加わる深海を航行し、かつ戦闘時においては水中爆発等の衝撃的な荷重が加わる潜水艦の耐圧殻には、耐力(引張り、圧縮などに対する強さ)及びじん性(ねばり強さ)が高く、かつ構造物として建造するために厚板として溶接が可能な高張力鋼が使用される。
  • 鋼材を潜水艦の建造に使用するに際しては、単に鋼材の耐力が高ければよいものではなく、その鋼材を使用した潜水艦建造のための溶接が可能であることも必要である

耐力(引張り・圧縮)、及び靭性(粘り強さ)が高いことが求められています。

耐力とは、物体に0.2%以上の永久ひずみ(物体の初期状態と比較して、応力を加えた後も残る変形量)が生じる応力のことを指します。「NS鋼」の”NS”以降に続く数字は、平方ミリメートルあたり何キログラムまで耐力が保証されているかを指し、NS110の場合は平方ミリメートル当たり110kgfまで耐力が保証されています。

靭性とは、クラック(ひび)の入り難さ・クラックの進みにくさを指し、靭性が大きければ、物体が粘り強さを持っていることになります。

しかし、耐力と靭性の2要素は、一般的に相反するものとされており、これを高いレベルで両立させることは難しいとされます。耐力だけならば、潜水艦に使われるものと同等の鋼材が橋梁等でも使われていますが、それらの靭性は潜水艦用の鋼材より遥かに低いとされています。

現実に、アメリカのシーウルフ級原子力潜水艦の建造において、HY-100(平方インチあたり100キロポンドの耐力があることを指す。NSに換算するとNS70相当)の溶接部にクラックが発生するなどの問題が発生しており、耐力と靭性の両立が難しいことが窺われます。


(後半へ続く)


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