以前アップした動画の話になります。
ゆっくりで学ぶ、自衛隊装備 「衛星単一通信携帯局装置」
この動画ですが、記事中にもあるように映像面で取っ付き易く、「こんな装備もあるのよん」という紹介的な意味で作ったのですが、以下のようなコメントが散見されました。
携帯電話とどこが違うの?
このようなコメントが意外と多く、携帯電話と無線通信機の違いを認識されていない方が多いことに軽いショックを受けました。しかしながら、現代社会においては誰もが小型で便利な携帯電話を使っており、わざわざあんな大きな無線機を自衛隊で使っていると知ったら疑問に思われるのも無理はないのかもしれません。
そこで今回は、携帯電話と自衛隊の無線通信機はどう違うのかについて、簡単な電波の話も交えて書いてみたいと思います。
膨大なインフラが必要となる携帯電話
携帯電話と自衛隊の無線機の最大の違いとも言って良いのがインフラ利用の有無でしょう。一般的に無線機は無線機が2台あれば通話は可能です。しかし、2台の携帯電話間で通話をする場合、その間には膨大なインフラを経由することになります。以下にその概念図を示します。
上図のように2台間の通話であっても、非常に多くの施設・装置に頼らざるをえないのが携帯電話です(念のため書きますが、概念図ですのでかなり端折ってます。更に制御装置等があります)。特に数を要する施設は基地局で、現在の携帯電話は電波の出力が大きくても600mWで、一つの基地局がカバーできる範囲(セル)は半径十kmが限界となっています。
基地局の例(原著作者:Starbacks)
携帯電話の利用者が多く、電波の障害となる建物が多い都市部では「マイクロ・セル」と呼ばれるセル半径が数百メートルの基地局が多く設置されており、これが基地局の数を膨大なものにしています。膨大と言うだけでは、どれくらいの数の基地局が必要かイメージが付きにくいと思います。具体的な基地局の数については総務省が集計を出しており、そこから携帯電話の基地局のデータを以下に引っ張ってきました。
2009年10月における基地局数
このように第三世代携帯用の基地局だけで10万を超えており、携帯電話より出力が小さいためにセルが小さいPHSは17万も基地局を抱えているのが現状となっております。
これら莫大な設備を抱える携帯キャリアは多大な設備投資を行っており、平成20年度のNTTドコモは携帯事業に6,013憶円の設備投資を行っております。防衛省の年間の装備品等購入費が5,000憶円ほどですから、この金額がいかに膨大なものかが分かると思います。
投資の問題に留まらず、これらのインフラは非常に脆弱で、例えば2001年の米国同時多発テロの際、ニューヨークへの通話が(通話の殺到により)繋がりにくくなったことはよく知られていますし、有事の際はインフラに対する破壊工作による不通も考えられます。有事での活動を前提としている自衛隊にとり、有事での可動が担保されていない限り、そうそう使えるものではありません。
余談になりますが、東京近郊在住の方は普段から携帯電話関連の施設を意識せずに見られているかもしれません。代々木にあるNTTドコモ代々木ビルは15階から上は、携帯電話用の設備とアンテナを収容する機械室で占められており、新宿近辺のNTTドコモの通話を支える施設となっております。これだけも携帯電話を全国に行き渡らせるのに莫大な投資が必要かが分かるでしょう。
NTTドコモ代々木ビル(原著作者:Wiiii)
なお、自衛隊の無線機でも以前紹介致しました衛星単一通信携帯局装置は通信衛星というインフラを使用しますが、それでも携帯電話と比べればずっと簡素なものとなります。もっとも、無線機でも他とは若干異なるカテゴリに属する装置なんですけども、話が大きくズレてしまうのでここらへんは割愛致します。
軍事用として求められる機能の有無
85式野外無線機を背負う隊員
さて、インフラに関する話はなにも自衛隊の無線機に限った話ではなく、警察無線や航空無線、アマチュア無線等でも同じことが言えます。ここではインフラ以外の自衛隊が求める軍事用無線機の機能について述べたいと思います。
自衛隊の無線機である以上、敵の妨害や傍受への対抗策を備えております。例えば、現在85式野外無線機の後継として配備が進められている新野外無線機には、周波数ホッピング機能が搭載されております。これは周波数を変えながら通信を行う機能で、一度敵が傍受に成功してもすぐに周波数が変わる為、完全な傍受や標定が困難になる機能が備わっています。また、無線機には妨害時の対妨害モードもあり、妨害に対して一定の対抗策ともなります。
近年制式化されている自衛隊の新しい無線機の多くにはシステムへの連接性が備わっています。例えば、新野外無線機にはGPSと接続して自分の位置を自動的に送信する機能といった携帯電話でもお馴染みの機能や、基幹連隊指揮統制システムへの連接機能も備える等、自衛隊のシステムの一部としての機能が付与されています。
戦場はもっぱら野外な上、寒冷な降雪地からイラクの砂漠まで自衛隊の無線機は使われます。降雨への防水機能や酷寒酷暑での稼働が求められる上、衝撃への耐性も求められます。その為、無線機は頑丈な箱型となっております。
仮に貴方の携帯が壊れたとします。それを携帯ショップに持っていったとしても、そこで修理されることなく工場送りにされて、戻ってくるのに最低でも数日はかかるでしょう。しかし、自衛隊の無線機は各機能毎に部品化されている為、故障原因の特定や交換が容易になっており、整備員や整備部隊での修理が可能となっております。
ざっと述べただけでも、これくらいの機能が求められております。その他にも様々なものがありますが、キリがないのでこのへんで割愛させて頂きます。
このように無線機一つとっても自衛隊と民生品に大きな違いがあり、まして携帯電話とは多くの点で異なっていることがお分かりになったと思います。貴方が携帯で通話する際、莫大なインフラを支えている人達がいることをたまには思い出して頂ければ幸いです(あっ、軍事のオチじゃねえ)。
<参考文献等>
竹田義行 監修「改訂版 ワイヤレス・ブロードバンド時代の電波/周波数教科書 (インプレス標準教科書シリーズ)」インプレスR&D
総務省電波利用ホームページ「無線局情報検索」
株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ「第18期 有価証券報告書」
「FOMAを支えるドコモタワーに潜入」IT media 2003年9月19日